ライブ業界にもマーケティングを。ファンとつながるイベントプラットフォーム「TIGET」の挑戦

東京ウォーカー(全国版)

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「TIGET(チゲット)」はイベント主催者が簡単に、チケットを販売できるイベントプラットフォーム。イベントの規模に関わらず利用でき、累計イベント掲載数は30万を超える。TIGETを運営する株式会社grabss(グラブス)の取締役CMO・前田裕司さんは「ただチケットを扱うサービスではない」と話す。最大の特徴は、イベント主催側がファンと直接コミュニケーションがとれること。TIGETが誕生したきっかけや、ライブイベント業界のマーケティング、マネタイズについて話を聞いた。

株式会社grabss取締役CMOの前田裕司さん【撮影=藤巻祐介】


ファンとつながる“プレイガイド”

――まずはサービスの概要を教えてください。
【前田裕司】2013年にチケットの「取り置き・予約管理サービス」としてスタートしました。代表的なサービスは、「セルフサーブ型」といって、アーティストやイベント主催者が自分たちでイベントページを作成して、誰でも簡単にチケットやグッズを販売できます。またチケットを購入した人に直接コミュニケーションがとれるのでマーケティングにも活用でき、自分たちの手で販売活動をコントロールできることが特徴です。

【前田裕司】また最近は「委託販売」という形でも、サービスを提供しています。チケットの作成から販売、入金管理などを主催側から委託されてチケットを販売するサービスで、大手プレイガイドはこの方法をとっています。他社と違う点は、TIGETの委託販売ではイベント主催者が、チケットを買ってくれたお客様に直接連絡ができることです。

【前田裕司】通常の委託販売では「何枚売れたのか」はわかっても、「誰が買ったのか」というデータは、主催者はなかなか得られません。だからイベントを行うときに、前にイベントに来てくれた人に対して施策を打ちたくても打てません。お客様に対してマーケティングができるので、ある意味でセルフサーブ型のメリットを委託販売というモデルにも持ち込んでいるような形で展開をしています。

「TIGET」は電子チケットの発券のほか顔認証チケット、定価リセール、委託販売などさまざまなニーズに対応したチケット販売ができる【撮影=藤巻祐介】

――TIGETを立ち上げたきっかけは?
【前田裕司】弊社はかつてクラウドファンディング型の芸人支援サイト「芸人ラボ」(現在は閉鎖)を運用していました。芸をしてファンの方にお金をいただく、極端な例なら引っ越しを手伝ってお金をいただくなど、いろいろな使い方ができるサービスです。

【前田裕司】代表の下平(誠一郎)がお笑いのイベントに行くことが多く、当時、受付の際に観客の情報を紙で管理しているのを目にしました。10年ほど前は、メールやSNSのDMなどで「チケットを取り置きしてください」と、芸人さんに連絡するのが主流でした。でも芸人さんは忙しいので、メールが来ても忘れてしまうこともあります。会場に行って「取り置きをお願いしていました」と伝えても「リストにないです」と言われることもある。そんなやりとりを見た下平は「デジタルの力で簡単に解決できるじゃないか」と思い、チケットの予約サービスを立ち上げました。だからチケットを販売するサービスを作ろうとしたのではなく、現場の課題をデジタルで解決したいという想いがベースにあります。

――最初は芸人の方に使用される機会が多かったのですね。その後どのように広がっていったのでしょうか。
【前田裕司】それまでメールやDMでチケットをやりとりしていて、芸人さんも主催者も観客も面倒だと感じていました。だから「TIGETを使うとめちゃくちゃ楽だよ」という口コミで、まずはお笑い界隈で広がりました。

【前田裕司】ある日、急にアイドルイベントが増え始めたんです。調べてみると、アイドルライブのMCとして芸人さんが出ていて、TIGETのことを話してくれたのだとわかりました。当時はいわゆるアイドル戦国時代。今以上にアイドル業界での引き合いがあり、爆発的に広がりました。

コロナ禍に一度はあきらめたライブ配信サービス開始

――サービス開始からの10年を振り返ってみて、ターニングポイントになった出来事は?
【前田裕司】コロナ禍にエンタメ業界は大きな打撃を受けましたが、実は弊社はそのタイミングで一気にお客様が増えました。コロナ禍前は、TIGETはチケットの予約・取り置きサービスで、お客様が会場に行ってチケット代を支払っていました。だからビジネスとしては、全然成り立っていない……むしろサーバー代のほうがかかってしまうほどでした。

【前田裕司】コロナ禍になると、そもそもライブができないという事態になり、私たちは最初の緊急事態宣言が出た約2週間後に「TIGET LIVE」というライブ配信サービスを立ち上げています。それにより認知が広がり、さらにコロナ禍が明けても非接触が求められるようになったため、チケットの事前決済というサービスが浸透しました。

コロナ禍にライブ配信サービスが必要と直感。リアルイベントのチケット販売のことは一度忘れて、ライブ配信サービスに注力したという【撮影=藤巻祐介】


――2週間で立ち上げるのは大変だったのでは?
【前田裕司】ほぼ不眠不休です(笑)。早くにサービスを提供できたのには理由がありまして、実はコロナ禍前からライブ配信サービスをしようと考えていたんです。だからもう大枠は組んでいる状態でした。

【前田裕司】ただ、コロナ禍前はライブ配信を提案しても、あまりいい反応は得られませんでした。当時はDVDやBlu-rayを販売して収益をあげていたので、配信するとその売り上げがなくなってしまいます。また、もしもアーティストが歌を間違えたら、それも全部残ってしまう。課題が多く、一度はあきらめかけたのですが、半年ほどでコロナ禍になり、多くの方に利用いただけるようになりました。

――一度はあきらめかけたサービス。コロナ禍だったとはいえ、すぐに切り替えて取り組むことができたのでしょうか?
【前田裕司】もちろん葛藤はあり、決断するのは簡単ではありませんでした。ただ、売り上げが10分の1以下になり、海外の状況を見ていてもすぐには収束しないだろうと思いました。TIGETというサービスだけでなく、エンタメ業界も潰れてしまうかもしれないと感じたのです。エンタメ業界の人が何を望んで、何があれば潰れずに済むのかと考えたとき、ライブ配信だと直感しました。

――コロナ禍にはDXも進み、いろいろなことが変わりましたね。
【前田裕司】コロナ禍前は電子チケットの話をしても「紙チケットがあるからいらない」「電波がなかったらどうするんだ」という声が多かったです。しかし今では半分以上が電子チケットになりました。コロナ禍がこの業界を5年は進めたと思っています。

コミュニケーションできる=マーケティングできる

――アーティストや芸人の方々がファンと直接コミュニケーションできるTIGETの機能は、ライブイベント業界の成長にどのように貢献していると考えていますか?
【前田裕司】まだまだ貢献が足りていない、というのが正直なところです。コミュニケーションできるという機能の本質はマーケティングです。私は今までWebメディアにいたり、ITサービスを立ち上げたり、いろいろな業界で10年近くマーケティングに携わってきました。ライブイベント業界に関わり始めて最初に驚いたのが、みなさんマーケティングという観点をほとんどお持ちでないことです。

【前田裕司】ECサービスなら、1回買ってくれたお客様に対して、2回、3回と買ってもらうためのコミュニケーションをとりますよね。一方でイベントに来たお客様に対しては、ライブが終わったらコミュニケーションも終わり。そこでTIGETの直接つながることのできる仕組みを、エンタメ業界のみなさまにマーケティングに活用していただきたいと思っています。

ライブイベント業界の現状について語る前田さん【撮影=藤巻祐介】


――現在の機能をマーケティングにうまく活用できている方、できていない方とは分かれていますか?
【前田裕司】完全に二分されているのが現状です。マーケティングに関心がない方もいらっしゃいます。一方でデータを見て定期的にメールを配信して、たとえば「2回目の人にはこういう特典があります」「3回目の人はこういう特典です」というように、しっかりと施策を打たれている方もいらっしゃいます。肌感覚ではありますが、やはりマーケティングを行っているアイドルの方などは、どんどん成長して大きくなっているという印象があります。

――ファンとつながることができるという点では、ファンクラブと近しい部分があると感じました。
【前田裕司】そうですね。ただ、ファンクラブはECでいう定期購入会員みたいなもの。実際はそこにいたるまでのプロセスが具体的になっていないように思います。いいパフォーマンスをすることはもちろん一番大事ですが、物と同じでいい商品を作ったからといって、必ず売れるというわけではありません。

【前田裕司】熱狂的なコアファンがいて、そこにいたる前のライトファンや潜在的なファンがいます。後者もしっかり見ないと、コアファンや新しいファンはなかなか増えません。特にエンタメ業界は、ほかにも選択肢がたくさんあります。Netflixやスマホゲームなど、時間を潰せるものは世の中にたくさんある。以前は毎日ライブに行っていたけど、コロナ禍になって行かなくてもいいと思ったという方も当然いらっしゃいます。ライブイベントは行くのに時間もお金もかかります。来てもらうまでの消費が高いビジネスなので、マーケティングがより重要なのです。

アーティストと一緒に成長、ビジネスを拡大

――事業として、これまで苦労したこと、壁にぶつかったことなどはありましたか?
【前田裕司】TIGETは長年、中小のイベントで使っていただいてきました。最初はまだ売れてないライブアイドルで小さいライブハウスだったのに、ホールになり、アリーナになり、ついに日本武道館で――となると、チケットの売り方も変わります。また、広告やプロモーション、会場の運営など、私たちに求められる支援の形も変わります。そういった変化に苦労することはありますが、私たちもアーティストの成長に食らいついていきたいですね。

――TIGETの機能・サービスを使った、少し変わった事例があれば教えてください。
【前田裕司】チケット販売ページでグッズも販売できる「TIGET マーケット」というサービスがあります。グッズだけでなく写真や動画などのデジタルコンテンツを販売できるサービスとして始めましたが、ある日、出品商品を見ていると権利販売をしているイベントがありました。

「イベントを開催する方のアイデア次第で、どんどんおもしろい企画が出てくるのでは」と前田さん【撮影=藤巻祐介】


【前田裕司】たとえばお笑い業界で有名な「K-PRO」という企業が、イベントをするときにネーミングライツを販売されていました。それを私が購入すれば「前田 裕司プレゼンツK-PRO○○ライブ」というイベント名にできるんです。またプロの将棋イベントでは、1口30万円で個人スポンサーを募り、実際に売れていました。

【前田裕司】やはりチケットは単価も数も限られています。「お金だけもらってリターンがないのはやめてください」とお伝えしていますが、ネーミングライツやスポンサーは、在庫を抱えなくてすむのでリスクもありません。スポーツではネーミングライツやスポンサーは当たり前。エンタメ業界にも広がると、より盛り上がるのではないでしょうか。

――昨今のライブイベント業界について感じる課題や変化はありますか。
【前田裕司】コロナ禍を経て、リアルな体験の価値があらためて見直されるようになったことです。ライブや旅行など、リアルな体験が、制限されたからこそ大事だと気づいた方も多いのではないでしょうか。おかげさまで現在のライブイベント業界は活況です。

【前田裕司】ただ一方で、コロナ禍で業界を離れられた方も多い。ライブイベントが一気に復活してきたものの、人手不足は深刻です。今はどの業界も人手不足だとは思いますが、この業界はコロナ禍の影響もあり、特に若者に敬遠されがち。TIGETというサービスは、効率的にイベントを開催するためのサービスですので、人手不足にもある程度対応できるようにしたいと思っています。

ライブイベント業界の課題解決のために

――大手プレイガイドをはじめ、さまざまなチケット販売サービスが台頭しています。競合サービスとの差別化ポイントを教えてください。
【前田裕司】大きくふたつあります。まず弊社はエンジニアを抱えて自分たちで開発をしているという点です。もともと弊社はWeb受託開発も行なっている会社だったので、自分たちで考えたものをすぐに作ってサービスとして立ち上げられます。こういった開発力をお持ちの企業はなかなかないと思います。

【前田裕司】もうひとつは「PLAY-EXPAND(プレイエクスパンド)」というコンセプトの部分です。TIGETは、下平がお笑いイベントに行って「困っていることをデジタルの力で解決したい」と思ったのが始まりです。その想いは今もずっと変わりません。プレイガイドと言われることはありがたいですが、チケットを販売することにこだわっているわけではありません。デジタルやデータを使って、いかに簡単にイベントを開催するのか、もっとマネタイズできるのか、ということに関心を持っている会社です。アーティストやイベント主催者の活動をEXPAND(拡張させる)存在として、また、従来のプレイガイドが持つ役割からEXPAND(拡張した)サービスを提供する存在として、課題をいかに解決するのかを考え、幅広くサービスを提供していることが私たちの強みです。

サービスが成長してプレイガイドと比較されることも。差別化点として「PLAY-EXPAND」というコンセプトを語ってくれた【撮影=藤巻祐介】


――今後、特に強化していきたい機能や事業などがあれば教えてください。
【前田裕司】エンタメ業界の新しいマネタイズの手段を提供していきたいです。やはりチケットの単価を上げようとしても、1席100万、200万の席がどんどん売れるわけではありません。また、会場のキャパシティもあるため、販売する枚数にも限度があります。では、どうすれば労力をかけずに、在庫のリスクも減らしながら、ファンの方も喜ぶ方法でプラスアルファを生み出せるのか、というのがひとつ。

【前田裕司】機能としては、マーケティングという概念を考える必要がないレベルまでもっていきたいです。今はマーケティングのためのシステムがいろいろとありますが、マーケティングの知見のない方に使ってくださいと言っても難しい。ただボタンを押せばマーケティングができるというのが理想です。

――最後にTIGETの今後の野望、サービスを通じてかなえたい未来像を教えてください。
【前田裕司】今は海外のプロダクトが日本に来ることはあっても、その逆は少ないのが現状です。国内だけに留まることなく、世界に広げたいという想いはずっと持っています。まずは海外進出の第一歩として、2024年5月からタイでサービスを開始します(※5月7日にローンチ)。

【前田裕司】タイは若者が多く、コンサートが好きな国民性。今はライブ会場が少ないのですが、今後どんどん作られるようなので、エンターテインメント産業はもっと大きくなると思います。

【前田裕司】そしてタイを起点にアジア圏、欧米も含めて海外展開を図っていきます。サービスが海外に広がれば、日本のコンテンツやアーティストの方々が海外に進出する際にサポートができます。チケットを超えて、日本のエンタメが海外で広がるのを加速させたい、というのが大きな野望です。

取材=浅野祐介、撮影=藤巻祐介

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