【第29回】新しい一歩を控える鉄板スパゲティ発祥の店「喫茶ユキ」

2017年9月19日 17:30更新

東海ウォーカー 加藤山往

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名古屋市には、卵を敷いた鉄板にナポリタンをのせて出す店がひと際多い。“鉄板スパ”や“鉄板ナポリタン”とも呼ばれるこのスタイルを生み出したのは、名古屋市東区・車道商店街にある「喫茶ユキ」だ。

旅行先でヒントを得て誕生した、スパゲティの鉄板のせ

同店の看板メニュー「イタリアンスパゲティ」(650円)は、イタリア旅行をきっかけに誕生したものだ。「喫茶ユキ」の創業者である丹羽清さんは、喫茶組合の催しでイタリアを訪れ、本場のパスタを味わった。しかし、会話しながらゆっくり食べていると、途中で料理が冷めてしまう。そして、翌日の食事は鉄板焼きのステーキだったのだが、ステーキは最後のひと口まで熱々のまま。こうして清さんは、ナポリタンをステーキ用の鉄板にのせて出すアイデアを思い付いたそう。

熱々の鉄板による効果は、料理が冷めにくいという特徴に加えて、完成間際に流し込まれる溶き卵にも影響する。具材で使われるタマネギの甘味や豚肉の旨味を、全体に広げていくのは溶き卵である。溶き卵はケチャップと混ざりつつ、客の前で徐々に加熱され焼き上がっていく。こうして自然に味が変化して、飽きずに最後のひと口まで味わえるというわけだ。

「喫茶ユキ」は、1957(昭和32)年に創業した店だ。それ以前には紳士服の店を営んでいたのだが、既製服の店が増えたため飲食に転身。清さんはアルコールが苦手だったため喫茶店にした、という経緯らしい。店名は、愛を注ぐ息子の名前から1字をとって「喫茶ユキ」。同店はそれ以来、変わらぬ場所で60年間営み続けている。ただし、清さんは亡くなり、妻の静枝さんは体調を崩してしまったため、今は長男の嫁にあたる洋子さんが1人で店を守っている。

継ぎたいと望む、店名の由来になった本人

洋子さんが、清さんの長男である久幸さんと結婚したのは30年ほど前。久幸さんはサラリーマンとして働いているため、洋子さんが清さん夫婦の店を手伝うことになった。「こういう商売はどうしても浮き沈みがありますから。『安定してるほうがいい』って、久幸さんをサラリーマンにしたのだと思います」と洋子さん。その久幸さんは、もう2年ほどで定年退職を迎えるそう。「主人は今の仕事を引退したら、店をやりたいって話しています。それまで私1人ですが、どうにか守っていかないと」。

洋子さんは創業者夫婦に直接メニューの作り方を教わっている。「鉄板のスパゲティを食べたいって来てくださるお客様が多くて。私が作ったイタリアンスパゲティを食べて『変わらずおいしいね』って言っていただくと、ホッとします」と洋子さんは嬉しそうに笑う。しかし、かつて3人で営んでいた店を変わらず1人で回すのは難しい。そこで、営業時間を制限し、料理メニューは人気のあるものに絞って続けることにした。

「イタリアンスパゲティ」とならぶ、もう1つの人気メニューが「自家製ハンバーグ」(750円)だ。量を控えめにした「イタリアンスパゲティ」に、1つ1つ手作りで仕込んだハンバーグをのせて、デミグラスソースをかける。ご飯、味噌汁、漬物も付く、満腹感の高い定食メニューである。「凝ったものじゃなく、家庭的な料理ですよ」と謙遜する洋子さん。「初めて注文したお客さんは、スパゲティも付くんだ、と驚かれますね」と続ける。「喫茶ユキ」は、やはり「イタリアンスパゲティ」の店なのだ。

ノスタルジックな空間で過ごせる最後の期間

看板料理で知られる「喫茶ユキ」だが、喫茶店らしく「コーヒー」(300円)にも注目したい。同店のコーヒーは、酸味やコクがしっかり主張する一方、後味はさっぱりとしている。キリマンジャロ銘柄に似ているように感じるが、余韻はひと際やさしい印象だ。そんな感想を伝えると洋子さんは「昔から付き合いのある問屋さんから変わらず仕入れていて、私は分からないんです。その味は清さん夫婦が決めた味なんだと思いますよ。コーヒーマシンの調整ダイヤルも、触らないようにしています」と苦笑する。

実は近々、同じ通りの30mほど北に移転することが決まっている。理由は名古屋市の区画整理事業。仕方がないとは言え、同じ場所で60年間続けてきた「喫茶ユキ」にとっては大きな変化だ。「新しい店は新築になりますから、このままの雰囲気を残すのは難しいかも知れませんね。でも主人や建築士の方とは、できるだけ残したいねと話しています」。

歴史ある店の移転リニューアル。完成は2018年の春あたりが目処らしく、昔ながらの雰囲気そのものを楽しめる期間は、2018年2月ぐらいまでだろう。新しい店で以前の雰囲気をどれだけ残せるか、また、数年後に久幸さんが店に入ってどうなるのか。この店での営業期間が残り少ないことに寂しさを覚える一方、新しい「喫茶ユキ」への期待のようなものも感じる。【東海ウォーカー/加藤山往】

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