「家族だからこそ、本当の気持ちを話せないことがある」 映画『ひとよ』白石和彌監督インタビュー

関西ウォーカー

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『狐狼の血』(18)や『凪待ち』(19)など、バイオレンスやアウトローを描くことの印象が強い白石和彌監督が「いつかは撮らねばならない」と感じていたのが「家族」というテーマ。最新作『ひとよ』は、子どもを守るために夫を殺害した母と、残された3人の兄妹たちの15年後の再会を中心に、血縁だからこそ素直になれずにぶつかり合ってしまう家族の心情を繊細な距離感と圧倒的な熱量で描いた新境地。この作品に監督が込めたメッセージとは? 

家族、特に母と子をテーマに据えた、映画『ひとよ』白石和彌監督


■田中裕子の出演がなければ、この作品はできなかった。


原作は、劇団KAKUTAによる同名の舞台(原作者の桑原裕子もスナックのママ役で出演している)。15年前のある夜、家庭内暴力から子どもを守るために夫を殺した母こはると、たった「ひとよ(一夜)」の出来事で人生が激変してしまった3兄妹。子を思う強い母性と、三人三様の母への思いを抱える3兄妹が、15年後に再会した時、この家族は、再びつながることができるのか。

物語の柱となる重要な母親役に、監督は田中裕子を据えた。出演が決まらなかったら企画自体も流そうという覚悟で挑んだオファーだった。「ずっと女の情念を演じてこられていた裕子さんに、女優としての底のなさを見せつけられていたので、ダメ元でオファーしました」。最初は断られたそうだが、最後には「そこまで言ってくださるのなら」と2年ほどかけて、やっと企画が本格始動。

出演が決定した後も、田中裕子と監督は直接会うことはなかったそうで「脚本を読んで、このセリフはどうしてこうなっているのかと質問がくるんです。それを直してまた出してを繰り返し、まるで脚本という名の往復書簡でした」と監督。念願の初対面は、衣装合わせのときだったとか。「普段あまり緊張はしないんですけど、この時ばかりは緊張しました。でも、撮影が始まるとやわらかな印象で、やっぱり映画女優! 共に時間を過ごせて本当によかったです」。

母と兄妹。それぞれの感情が絡み合う。(C)2019「ひとよ」製作委員会


■白髪からネクタイまで、田中裕子のアイデアを取り入れた「こはる像」


冒頭、おにぎりを作って子どもたちに食べさせるシーンがある。すでに夫を殺害していた母・こはるが、罪を告白する重要なシーンだ。「この時、裕子さんのネクタイがちょっと曲がっているんですよ。シーンのテストを何度か繰り返していた時に『そのネクタイの曲がり、いいですね。確かに夫を殺害してから、雨を払ったりだのなんだのしていたらネクタイも曲がりますよね。この状態でネクタイを固定しましょうか』と言ったら『監督、もう縫い付けてあります』とおっしゃったんです! その計算の仕方というか、ああ、もう参りました!という感じでしたね」と田中裕子の役作りに凄みを感じたという監督。「実は、白髪もそうなんです。撮影に入る前から仕事をおさえて髪の毛を染めるのをやめています、と、1年かけて地毛の白髪を準備してくださった。こちらの思いの大きさを感じとって、自ら準備をしてくださったんだと思います」。

■「3人のシーンを本当の3兄妹にしてくれたのは松岡茉優だと思う」


事件から15年後に母に出会う3兄妹。主演の佐藤 健はフリーライターとしてエロ記事を書く次男・雄二を、鈴木亮平は、吃音で人との距離をとってしまう長男・大樹を、松岡茉優は事件によって夢をあきらめながらも、母を慕うスナック勤務の妹・園子を演じる。

複雑な感情を抱えて母に挑んでいく次男役にはぜひ佐藤 健を、と熱望した監督。その理由は「スター俳優でありながら、まだその階段をぐんぐん駆け上がっていて、これから日本の映画界をしょって立つ俳優になっていくでしょうし、クールに見えて並々ならぬ情熱をかかえていて、皆を魅了している。それがどんなものなのかを体感してみたかったんです。また、雄二という役は、最初は母親にちゃんとコミュニケーションが取れず、ひどいことを言ったりするのだけど、後半になるにつれ、実は誰よりも母親のことが大好きで、兄妹のことも誰よりも考えている。でも、自分が母の期待に応えられていないことにもイラついて、熱いものを持っているわけじゃないですか。そのイメージが、健くんの恥ずかしがり屋で熱を表に出せない感じにマッチするんじゃないかと思って」と役と佐藤の魅力がリンクすることもひとつだと監督。役柄上、派手なオラオラ系の衣装をまとい、エロ記事のライターをやりながらも、本当は人一倍繊細というアンバランスさは、スクリーンからにじみ出ている。「佐藤さんは現場ではすごくフラットで、これだけのメンツが揃っているから、普段よりも自分自身の役作りに専念できたのかも」と撮影中の様子を振り返った。

母に冷たい言葉を突き付ける雄二。母の答えは?(C)2019「ひとよ」製作委員会


長男役の鈴木亮平について「亮平君のキャラクターの作り方の強さと同時に、器用さと不器用さを持ち合わせた感じが大樹にぴったり。エネルギーが内に向かう役でもあるから」と監督。鈴木は吃音を持つ役なので、自主的に指導を受け撮影にも挑んだ。

妹役の松岡茉優について「妹の園子は、人には強く当たるんだけど、実は一番自分の時間が止まっていて、母親がいなくなってから、ちゃんと大人になれていない。その感じは茉優ちゃんのキャラクターにぴったりだった」とはまり役であることを絶賛。3兄妹のシーンはとても自然で「階段で、『おめえもその一人なんだよ』とスリッパを健くんに投げつけるシーンも松岡のアドリブ」だったとか。「あの天才性! 兄妹の時間の埋め合わせや空間を埋める能力がとても高くて、この3人を兄妹にしてくれたのは茉優ちゃんのチカラが相当大きいと思います」。

 

3人がみな不器用な役どころだけに、セリフを通さず気持ちを伝える方法としてこだわった部分は「セリフを言うときって、次は自分の番だって準備をするんだけど、この3人にはよどみがない。セリフがない時もアクションや目線をしっかり計算している。それぞれのキャラクターに自分の感情を入れて演じている点は、うまい役者を集めた映画の強みかなと思いますね」。

ほか、やくざ役に千鳥の大悟、ドライバー役に韓英恵、大樹の妻役にMEGUMIなど、個性的な面々が名を連ね、その並びを観るだけでも期待度が高まる。

3兄妹の場面はとてもリアル。(C)2019「ひとよ」製作委員会


■疑似家族を描いてきた監督が、血縁のある家族を描く意味。


 これまで、警察やヤクザ、寄り添って生きるセックスワーカーなど、ひとつの世界で疑似家族のようにつながった世界を描き続けてきた監督が、今、血縁関係のある家族を描くことにこだわった理由はなんだろう。「今回の舞台はタクシー会社。タクシー会社の社員同士はアットホームな関係で、ある意味疑似家族なんですよね。でも、介護が必要な母を抱えた筒井真理子さん演じる事務員の弓の家族や佐々木蔵之介さん演じる運転手の堂下さんの過去の家族をみていると、血縁の家族ってみんな重いものを抱えてる。でも会社にいるときってみんな楽しそうじゃないですか。リアルでもそういうことってあるんじゃないかと思うんですよね。疑似家族なら、都合が悪いことがあるとそこからいなくなればいいんですが、血縁があると関係を清算できない。いなくなったとしても、またどこかのタイミングで戻ってこざるをえないというものがありますよね。血がつながっていないからこそ、『ちょっと今こんなことになってんのよ』と、血縁には話せないことも話せたり」と監督。

白石作品常連の音尾琢真も、こはるの甥でタクシー会社社長の丸井進役で登場。「後半、音尾君のセリフの中に、この物語のトリガーになっている部分がある」そうで、最後のカーチェイスの場面では、当初予定になかったクラッシュシーンも急遽取り入れたという。「家族だけじゃなくて、人はやっぱりクラッシュしないとコミュニケーションは始まらないという僕からのメッセージとして、こだわってやりました」。

タクシー会社のロケ地を探すのに5か月。「当て書きかと思うくらいの建物だった。この場所がなければこの作品はありえなかった」と監督。(C)2019「ひとよ」製作委員会


■監督自身の人生が動いた「ひとよ」とは?


  ある一夜(ひとよ)によって、がらりと変わってしまった家族を描くこの作品。監督にとって、人生が動いた一夜とは?

 「それは、『止められるか、俺たちを』(18)の門脇 麦ちゃん演じる吉積めぐみが、ゴールデン街に井浦 新さん演じる若松孝二に連れていかれて、『お前どんな映画を撮りたいんだよ、誰かぶっ殺したいとか、何か爆破したいとか、そういうものはないのかよ! そういうものを入れたら映画になるんだよ!』というようなセリフを言っていますが、あれは取材して聞いた言葉じゃなくて、僕がまさに若松さんに、二十歳のころ言われたセリフなんですよ。若松さんはずっと変わらない人だったから、弟子入りした人はみな言われてるはず。当時僕はぶっ殺したい奴なんていなかったんだけど(笑)、でもあの瞬間はワクワクしたんですよね。そして、今もまだそのワクワクした冒険は続いています」と若き名匠の機動力を師である若松考二に授かった夜のことを語ってくれた。

師・若松孝二監督から受け取った映画に対するワクワクした気持ちを今も持ち続ける白石監督。


映画『ひとよ』は11月8 日(金)よりTOHOシネマズ梅田全国公開

■映画『ひとよ』公式HP

https://hitoyo-movie.jp

製作幹事・配給:日活 

田村のりこ

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