「飄々と生きるカナオの存在が 生きるヒントになればいいな」 (橋口亮輔監督)

「ハッシュ!」(2001)から6年ぶりとなる橋口亮輔監督の新作「ぐるりのこと。」は、木村多江とリリー・フランキーを主演に迎え、決して離れない夫婦の10年にわたる軌跡を丁寧に紡いだラブ・ストーリー。そこで名古屋を訪れた橋口亮輔監督とリリー・フランキーにインタビューを敢行! 仰天名古屋エピソードも飛び出した裏話をお届け!!
赤の他人だった3人が一瞬つながる物語を「ハッシュ!」で描いた橋口亮輔監督は、その編集作業中に「今度はつながった2人(夫婦)の物語を描こう」と思ったのだそう。ところが、その矢先に自身が鬱になってしまい1年の空白期間を経ることに。
「自分を欝にしたのも人だけど『もう一度がんばってみよう』という気持ちにさせてくれたのも人。人と人ってめんどくさいけど、結局、希望や生きる意味はその中にしかないんですよね。それがこの映画の根底に流れているんです」
そう語る橋口監督は、本作の主人公の職業でもある法廷画家をはじめ、モノや人を綿密に取材。その出会いやひとつひとつの体験が「パッチワークのように物語を形成している」と振り返る。そこから生まれたのがカナオというキャラクター。頼りなさげで女にだらしないダメンズだけど、うつになった妻の翔子(木村多江)を決して見捨てず、じっと見守り続ける。
「僕は、翔子のように生真面目で、決まり事や自分に課したハードルをクリアできないと『なんでできないんだろう』と自分を責めるタイプ。それはある意味、正論なんだけど、なかなか通っていかないのが現実で。その現実にくじかれて、我慢を強いられてしまうんですね。そんな風に自分を追い詰めたり、突き詰めたりせずに、ひょうひょうと人生を渡っていけたらなぁとの思いがあったので、あえて自分の中にまったくないカナオを主人公に据えたんです。彼の存在が、生きるヒントになればいいなとね」 |
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「撮影よりもきつかったリハーサル そのおかげで木村多江さんとの時間が 日常になっていた」(リリー・フランキー)

そのカナオ役に抜擢されたのが、ベストセラー小説「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」の作者で、イラストレーターのリリー・フランキー。もちろん映画は初主演となる。
「すごい丁寧に映画を作る橋口さんが、俺に頼むなんてどうしたんだろうと(笑)。もちろん最初から断るつもりはなかったし、協力できることがあれば協力したいと。けど『ぜひ、やらせて下さい』というのもなんか変だし、一呼吸置いてみようと。演技に関しては、きっと俺が出てもどうにかできる計算があってのことだと思ったから、心配はしていませんでした。何より、橋口さんがどういう風に映画を撮っているのか近くで見たいという好奇心のほうが大きかったかな」 |
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撮影前には「撮影よりもキツかった」とリリーが明かすリハーサルの日々が待っていた。
「朝から夜までず〜っと稽古場で、翔子とカナオが30歳ぐらいの時から映画は始まってますけど。20歳ぐらいまでさかのぼって、ふたりの出会いからどういう話をしていたということまでやっていたし。夫婦でヤルのヤラナイのって話すシーンも何回やったかわからない。でもそれが監督の演出なんですよね。昔から一緒に居るという架空の記憶を刷り込まれることで、あの会話が日常になる。映画に出演するのは俺にとって非日常だけど、木村さんと日常会話をするのは、クランクインした時点で日常になってましたね」
夫婦の会話で言えば、カナオが妻の口紅にこだわるシーンがやけにリアル。やっぱり男は気になるものなのだろうか?
「俺はむしろ口紅よりも、家の中でハイヒールとか履いて欲しいタイプ(笑)。一応、監督に提案してみたんですけど却下されました」 |
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リアルな日常にユーモアを織り交ぜつつヘビーな題材を丁寧に描出した橋口監督は「役と実生活が微妙に混ざり合う感じを目指した」と明かす。
「あくまで台本の台詞を言っているんだけど、そこにリリーさんの価値観や人への接し方が映り込むんですよね。木村さんにも『今まで生きてきてどうなのか、これからどう生きていくのか考えていきましょう』と話をして撮影していた。考えることで自然とお芝居に感情が反映されていくんですね。見かたを変えれば、これは僕自身のドキュメンタリーとも言える。不思議ですけどね」
そう。紛れもなく法廷画家カナオと妻・翔子の物語なのだが、リリー・フランキーも「こんな人なのかも?」と思えるほど自然体に存在している。そこで、思わず素に近い感情が飛び出したシーンを聞いてみると。
「たくさんありますよ。いちばん印象的なのは台風のシーン。錯乱した翔子が何か一生懸命言っているんですけど、実際にこういう状況に直面したこともあるし、似たような台詞をその時の彼女にも言いましたね」 |
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めんどうくさいけど、いとおいしい。 いろいろあるけど、一緒にいたい。

最後は、リリー・フランキーのコメントで締めくくろうと思う。
「ポスターに書いてある『めんどうくさいけど、いとおいしい。いろいろあるけど、一緒にいたい。』という言葉が象徴的だと思うんですけど。絶対に離れないちゃんとした繋がりを持った夫婦を橋口監督が描いたのでそこを見ていただきたいのと。映画でも描かれているように、バブル以降、日本人が少しずつおかしくなって、ねじ曲がっていることにも気づかないぐらい変なスタンダードが成り立っている。女性誌とかを見てても、浮気した、嫌なことあった、じゃあ別れる! って、1度駄目になっただけですぐリセットボタンを押すことが、恋愛のスタンダードのように書かれているけれども、本当にそうなのかなって思うんですよ。ちゃんと人と繋がって、いろんな事を乗り越えていかないと絆はできないし。絆を結べて初めてカナオと翔子の夫婦のような、この人がいてくれるという安心感や豊かさが貰える。みんなが求めてるのはそこなのに、忘れてしまいそうな事が、この映画で確認できると思います。ぜひ観て下さい」
(取材・文/ライター 大西愛) |