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本庄一、ブラジル人コンビで初切符/北埼玉(07/26)
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第90回全国高校野球選手権北埼玉大会(25日、本庄一4−3上尾、大宮公園)15地区で決勝を行い、北埼玉大会は伊藤ディエゴ投手、奥田ペドロ内野手(ともに2年)の日系ブラジル人選手がいる本庄一が、24年ぶりの出場を狙った上尾に4−3で競り勝ち、春夏通じ初の甲子園出場を決めた。東千葉大会は木更津総合のエース・田中優投手(3年)が東海大望洋を5安打13奪三振で2−0の完封勝ち。5年ぶり2度目の代表となった。これで全国55代表のうち45代表が決定。26日は西東京、南埼玉、南神奈川など7地区で決勝が行われる。
マウンドに殺到する本庄一ナインの中心で、伊藤は言葉にならない叫びをあげた。「KOHSHIEN!!」。その存在を知った12歳から思い描いてきた夢を、ついに自分の右腕でつかみとった。
この日は八回から2番手で登板。九回には連打と併殺崩れの間に1点差に迫られたが、最後の打者を左飛に打ち取り、エースの意地を見せた。
「日本で野球をやりたい。プロになりたい」と1年半前、幼なじみの奥田とともに地球の裏側から本庄一に留学した。最初に立ちはだかったのはやはり、言葉の壁。ベンチからの指示や、須長三郎監督(51)がなぜ怒鳴っているかも分からなかった。
片言の英語でコミュニケーション。だがすぐに、サンパウロ州の野球アカデミー「セントロ・トレイナメント・ヤクルト」で、スピーディーで状況に応じた高度なプレーを習得した2人は、日本人部員の手本になった。祖国を離れた寂しさは、ブラジルの家族とのインターネットのチャットでまぎらわした。
準決勝まで打率5割の奥田は3打数無安打だったが、堅実な守備でもり立てた。今年3月、母・ローザさん(55)が脳腫瘍(しゅよう)で10時間の手術。奥田も故郷サンパウロで2カ月看病し、春季大会は欠場した。「甲子園に出たらお母さんを呼んでやる」と須長監督は約束したが、奥田は「体が心配。無理しないで」と日本語で思いやる。
早大時代は阪神・岡田監督の1年先輩で、秀明を監督として85年センバツに導いた須長監督は、本庄一では6年目。「岡田に会うたびに『いつ甲子園にくるんですか』といわれていました」と大願成就を喜ぶ。群馬県と境を接する本庄市からの甲子園出場は初めて。8月5日の初戦、開星(島根)相手に、再び歴史のページを開く。
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