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3代目田邊竹雲斎の次男として堺市に生まれる。初代田邊竹雲斎より100年以上に渡って受け継がれる代々の技術を習得しながら、現代に生きる作家として、アート性の高い作品を制作している。国内のほか、アメリカ、スイス、ニュージーランドなど海外でも個展を多数開催。 URL: http://www.chikuunsai.com/ |
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3代続く竹工芸を受け継ぎながら
新境地を開拓する竹のアーティスト

千利休の影響もあり、全国的にも優れた作品を数多く生み出してきた堺の竹工芸。100年余り続く竹工芸の家元に生まれ、年少の頃から竹に親しんできた田邊さん。国内のみならず、海外でも積極的に活動する堺が誇る新鋭アーティストに語ってもらいました。

Q─堺と竹工芸には深い繋がりがあるらしいですね。

■田邊 竹工芸の始まりは千利休が大成した茶道で、茶室に置く花籠や茶道具として竹工芸が生まれました。今は少ないのですが、明治初期ごろの大阪には竹工芸作家がたくさんいたそうです。なかでも芸術の町として栄えていた堺には文化人がたくさん住んでいたらしく、私の曾おじいさんである初代田邊竹雲斎もその頃、堺へと移り住んできたそうです。素材の竹は、堺の周辺で採ったものを使っていましたが、現在は九州や四国から取り寄せています。
Q─田邊さんの制作される作品のテーマは?

■田邊 素材で悩むアーティストの方が多いなかで、私は小さい頃から親しんできた竹が、 |
なにかを表現するのにしっくりとくる素材だったんです。お茶の道具と花籠が中心だった初代から、2代目になると日本的な軽やかな作品を手掛けるようになり、私の父である3代目はアートとしてのオブジェ作品も創るように。竹の編み方も代々新しいものを生み出しているので、今では千種類近くあります。私は“つながり”をテーマに作品を制作しています。“人と人とのつながり”とか、代々の技術を受け継いでいかなければならないという“過去からのつながり”からきています。
Q─海外でも個展を開いているそうですね?

■田邊 これまでアメリカやスイス、ニュージーランドなどで展覧会を行ってきました。竹の工芸品を何千点と収集しているカルフォルニア州の実業家の方が、集めた作品で全米を巡回する展覧会をしたんです。それがすごく反響があったみたいで、それ以来アメリカで竹工芸品のコレクターが急増しました。向こうは本当にアートに対する関心が高くて、お金持ちじゃない一般の人でも作品を購入して家に飾ったりするんですよ。海外で展覧会を開くことによって日本の伝統美術を見直すことができました。
Q─最後に今後の目標をお願いします。

■田邊 単純に竹でもっと新しいものができたらいいなって思います。時代に合ったコンテンポラリーなアートを制作するのと同時に、代々の技術も後世に伝えていきたいです。人間って小さい頃にふれたものを大人になってもすごく覚えているもの。だから今の子供たちにも私が小さい頃に竹トンボや水鉄砲を作って遊んだようにもっと竹にふれあって、竹工芸に親しみを持ってもらいたいですね。

:: インタビューを終えて ::

今回は、個展でスイスへ出発する直前のお忙しい時期にインタビューさせていただきました。お父さんが3代目田邊竹雲斎、お母さんも漆芸家出身で結婚後に竹工芸をはじめたという竹工芸一家に生まれた田邊さん。お話をお伺いして、伝統を受け継いでいくっていうことは、守るだけではなくこれまでの技術にプラスαを加えていくことなのだなと感心しました。

(2006年6月9日取材)
取材・文/小林 宏

「つながり〜ホワイトホール〜」と名付けられた高さ約180cmもある田邊さんの代表作のひとつ。昨年12月に東京・銀座のギャラリーで行われた個展で展示された。 |
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「美術館に1ヶ月滞在して作品を制作した時には、毎日見に来る子供もいたんですよ」。招待された海外の美術館では、作品展示のほかに、講演や制作のデモンストレーション、ワークショップも積極的に行い、竹工芸を世界へ広めている。 |
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