皿の上に表れる
人生の時々を楽しむシェフの生き様
フランス料理の世界で、オーナーシェフの店はもはや珍しくない。しかし意外にもその数が少ないのが銀座。その数少ない店の一つが「ル・マノアール・ダスティン」だ。
五十嵐シェフ自身が内装、家具、食器類まですべてを手がけた店内は、居心地がよく、日常とは別の世界に連れて行ってくれる。この店の醍醐味は、前菜「人参のムースとコンソメのジュレ、ウニ添え」、デザート「トマトのスープ」など、名前を聞いただけでもシェフの色が感じられる料理にある。「何もない皿の上に、一つの作品ができていくでしょ。それが面白いんですよ」と語る五十嵐シェフは、少年時代から何でも自分で作ることが好きで、大人になった現在も変わらぬ気持ちで料理を創作している。意外だが、初めからフランス料理を志そうと心に決めていたわけではなかったという。知人の紹介によってフランス料理の厨房へ導かれ、ホテルのレストランで基礎を学んだ後、25歳で渡仏する。
フランスでの初めの修業先、ノルマンディー地方の「ル・マノアール・ダスティン」は、修道院を改造した6テーブルだけのこぢんまりしたレストラン。「一日中料理のことだけを考えて過ごした1年。今考えると最高に幸せな時間でした」という言葉が示すように、五十嵐シェフの記憶に最も残った店だ。そこでは、地方の名産であるリンゴを大胆に使ったり、チーズはその土地で作られる3種類のみだったりと、地方色を惜しみなく出すフランスの精神に感銘したという。「僕を料理人として育てたのは特定の人ではない気がします。フランスに育てられたとでも言うのでしょうか…」。
フランスでの生活を心から満喫していた五十嵐シェフは、エビアンやボルドーでも修業を続け、弟の結婚というきっかけができるまでの3年半の間、一度も日本へ戻ることはなかった。
帰国後10年ほどはフランス料理店のオーナーからのオファーで料理長を務めることが多かったが、1993年に独立。神宮前に「アンフォール」を開店。その後1996年にオープンさせた「ル・マノアール・ダスティン」は、フランス修業時代の思い出のレストランから店名を取っている。フランスの初めの印象を形としたこの銀座の店に腰を落ち着けてからも、五十嵐シェフの料理人としての構想は留まらない。1998年にはワインカーヴを兼ねた「カーヴ・デ・ヴィーニュ」を同じ銀座に、03年には料理と共に評判の高かった自家製パンを専門に製造販売する「ヴィエイユ・モンターニュ」を八丁堀付近に開店。「オーナーの仕事が加わって、今までにはなかった煩わしさがありますけど、思ったことができて、今は今の楽しさがあります。料理、ワイン、パンというフランス料理のある程度決まった要素がそろって、やっとやりたいことができるようになったところかな」。
見た目も味も多彩な皿が、アミューズからプティフールまで続く五十嵐シェフのコース料理には、彼自身の歩んだ道が映し出されている。
東京大人のウォーカー(7月)
2005年5月26日 発売
銀座グルメ 人気店の秘密に迫る 掲載
最終データ更新日:2008年6月2日
*掲載内容は雑誌掲載時のデータをもとに構成しています。
定期的に更新を行っておりますが、
情報が変更になっている場合がありますので詳細はお店へご確認ください。