【第45回】変わらないことを目指す、“とんちゃん”の店「美奈登」(名古屋市瑞穂区)

東海ウォーカー

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さまざまな看板で飾られる「美奈登」。民宿の看板は初代の親戚が営んでいたものを貰ってきたそうだ(C)KADOKAWA


かつて商店街だったが、すっかり住宅地になった瑞穂区平郷町の界隈。最寄り駅からは徒歩15分ほどかかる立地ではあるが、1度足を運べば、やがてまた行きたくなる店。個性的で、不思議な魅力がある老舗焼肉店「美奈登」は、名古屋市でも指折りの“知る人ぞ知る名店”だ。

休業からの復活にあった人情噺


生の肉はタレをかけた状態で皿に盛られる。皿はそのまま取り皿として使用する(C)KADOKAWA


現在「美奈登」の主人を務めているのは川邊宏光さん。恥ずかしがりを理由に写真撮影を固辞する川邊さんだが、話を聞くと、店への思い入れは相当なものだ。「美奈登」の創業者・児玉愛治さんと、川邊さんとの間に血縁関係はない。川邊さんにとって「美奈登」は、“小さいころからお世話になっている親しい人の店”だった。川邊さんは幼いうちから何度も足を運び、よくしてもらったそう。

店内に貼られた値上げを案内する紙は、店内の煙によって、すっかり黒ずんでいる(C)KADOKAWA


時が過ぎて愛治さんが病で亡くなり、その妻である栄子さんが店を引き継いだが、あるテレビ番組で取り上げられたことをきっかけに多忙が極まり、当時70歳を超えていた栄子さんは無理がたたって体調を崩してしまった。こうしてやむなく休業としたのが、2012年あたりの話である。この時点で創業から50年は超えていた。

店内はカウンター席とテーブル席の2種類で、カウンター席の方が人気(C)KADOKAWA


昔から知っている児玉さんの店が休業になり、常連客から待望の声も聞こえてくる。そこで「力になれれば」と手を挙げたのが川邊さんだ。当時は別の稼業を営んでいたため、時間の融通ができた。そうして「美奈登」を切り盛りしているうちに、栄子さんから正式に継いでほしいと打診される。同時に出された条件は“スタッフを引き続き雇ってほしい”。「私は昔からの店を残したい一心でした。だからスタッフに残ってほしいというのは、願ったり叶ったりです」。川邊さんはそう言って目を細める。こうして、店長を務める沢村さんと力を合わせて店を切り盛りするようになった。

目当てにする客が多い、2人のおばあちゃん


【写真を見る】店の看板娘として人気の北川さと子さん(左)と成瀬良子さん(右)(C)KADOKAWA


「美奈登」という店の魅力を語る際、ことさら取り沙汰されるのは、コの字型のカウンターで接客を担当する2人のおばあちゃん、北川さと子さんと成瀬良子さんだ。腰こそ曲がり気味ではあるが、それを感じさせないほど素早く動き、客との受け答えもスムーズ。沢村店長が厨房で肉を盛り声をかければ、「あーい」と元気に返事をして客に運ぶ。客の前にある七輪の網をつぶさに観察し、汚れてくれば「そろそろ交換しようかね」と声をかけて交換する。見とれてしまうほど見事な働きぶりだ。

70歳を超える2人だが、受け答えはハキハキ、動きはテキパキとしている(C)KADOKAWA


2人に勤続年数を聞くと、成瀬さんは「12年ぐらい」、北川さんは「もう30年になるかな」と答える。どちらも川邊さんより長い。会話の流れで年齢を問うと「歳を言ったら、お客さん、けえへんくなるであかんがあ」とケラケラ笑う。北川さんは近くで豆腐店を営んでいたが、旦那さんが亡くなってから務めるようになった。成瀬さんの前職は仕出しだったが、客として来てから勧められて働きだしたそう。

壁に貼られたメニュー。時間帯や仕入の都合によって品切れもある(C)KADOKAWA


2人の接客を間近で受けられるカウンターは、さながらアリーナ席だ。店の半分程度はテーブル席になっているのだが、テーブル席が空いていても、カウンター席が空くまで待っている客までいる。「来てくださるお客さんの半分ぐらいは、2人も含めた雰囲気を気に入ってくださっているのだと感じますね。『おばあちゃんは元気?』なんて声もよくかけてもらえます」と川邊さん。

こだわりの味は初代の味を継続


「こめかみ」(370円)は希少な豚のこめかみ部分。ショウガに醤油をかけて焼く(C)KADOKAWA


「美奈登」の魅力はメニューのおいしさにもある。日によって好ましい質が確保できなければ、仕入れず品切れとする潔さだ。例えば「こめかみ」(370円)は、豚1頭から少しずつしかとることができない。これをショウガ醤油に和えてから焼き網にのせると、まず香ばしい香りが鼻をくすぐる。脂の少ない部位だが柔らかく、肉そのものの味わいはやさしい。ショウガ醤油との組み合わせはまさにベストマッチだ。

店の看板メニューでもある「とんちゃん」(300円)。八丁味噌を使った特製タレがかかる(C)KADOKAWA


店の看板メニューは「とんちゃん」(300円)だ。基本的には毎日仕入れているそうで、その新鮮さからかクセがほとんどない。特製タレには八丁味噌が含まれるそうだが、肉とのバランスを意識して調整してあるのだろう。味噌の味はそれほど強くない。なお、八丁味噌以外の内容については「初代が決めたレシピに従っていますので、企業秘密ということで」ときっぱり断られてしまった。

「牛さがり肉」(620円)は牛の横隔膜。いわゆるハラミよりも赤身は多いがとても柔らかい(C)KADOKAWA


牛の横隔膜の一部である「牛さがり肉」(620円)にも感動させられる。赤身が多く肉の味わいが強いのにも関わらず、食感は程よく柔らかく食べ応えがある。共通の特製タレも相まって、酒のツマミとしてもいいし、ご飯のおかずとしてもよさそうだ。肉の卸業者は初代のころから付き合いが続いているそうで、このあたりもやはり“昔からの店を残したい”という現主人の意図が感じられる。

店の雰囲気も、スタッフも、味も。「美奈登」は“変わらない”ことを個性にして、これからも客を迎え続けてくれる。【東海ウォーカー】

加藤山往

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