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サッカー日本代表75年史
釜本邦茂、木村和司、カズなど、サッカー日本代表発展の歴史を、年表と共にたどる。これであなたも日本代表通!?
68年五輪で第3位入賞 勝てば「奇跡」と言われたサッカー弱小国・日本
「アジアの王者」と世界に認知されるまでに!
1930年に極東選手権で中国と同位優勝を飾り、サッカーで初の国際タイトルを獲得した日本代表。しかし36年のベルリン五輪でのスウェーデン戦のように、世界の強豪国に勝っても「奇跡」と言われ続けた。そんな屈辱を晴らすべく、釜本邦茂、木村和司、三浦知良らが奮闘!日本は着実にレベルアップをしていき、アジア王者に輝いたりワールドカップ3大会連続出場を決めるなどして、世界の評価は激変した。今では海外のリーグで活躍する日本人選手の姿は珍しくないほどになっている。サッカー後進国から世界の強豪国へ。06年ドイツ大会では、勝ち点1で予選敗退を喫したものの、サッカー日本代表の挑戦は、まだまだ続く!
68年五輪で第3位入賞し、世界を驚かせた
3年Jリーグ開幕
93年Jリーグ開幕がサッカーレベル向上の起爆剤に
1936年
世界をあっと言わせた!五輪初の出場で
強豪・スウェーデンに奇跡の大逆転

日本代表が五輪に初出場したベルリン大会。その初戦で優勝候補スウェーデンと対戦した日本は、序盤から体格や技術などすべての面で圧倒されて、前半に2点を献上…。しかし後半、日本が逆襲!49分、62分にゴールを決め、終了5分前に逆転ゴール!スウェーデンを撃破したこの一戦は「ベルリンの奇跡」と呼ばれているが、ホント奇跡。
1968年
釜本のスーパーゴールで
日本サッカー史に燦然と輝く大記録樹立!

日本史上最高のストライカーと言われる、釜本邦茂。この稀代の点取り屋が大爆発したのが、メキシコ五輪だ。決勝トーナメントに駒を進めた日本代表は、準々決勝のフランス戦で釜本の“右45度”シュートが火を噴き3−1で快勝。3位決定戦でも釜本が2得点を挙げる活躍で地元メキシコを粉砕!日本に国際大会初のメダルをもたらした。
釜本は大会通算7ゴールで得点王も獲得!
釜本は大会通算7ゴールで得点王も獲得!
1985年
木村は蹴る前、「少し遠いと思った」という
木村は蹴る前、「少し遠いと思った」という
木村和司の40メートルFKが炸裂するも
韓国に敗れ、ワールドカップ予選突破ならず…

かつて 「日本が最もワールドカップに近づいた日」と言われた85年メキシコ大会アジア予選、韓国戦。日本が勝てば初の本大会出場というこの大一番に、国立競技場は6万人以上の観衆で初の超満員を記録した。試合は日本が2点をリードされた43分、木村和司がゴール前40メートル付近からFK!ゴール左隅に突き刺さった!
1992年
地元開催のアジアカップで
日本代表、初のアジアNo.1の座に輝く!

日本サッカー新時代のスタート。この言葉が最もふさわしいのが92年のアジアカップだ!カズやラモス瑠偉らスタープレーヤーを擁した日本代表は、決勝トーナメントで持ち味の組織力が全開!決勝では3連覇をねらう強敵サウジアラビアを相手に、大会MVPを獲得した高木琢也のゴールで1−0の勝利。悲願のアジアカップ優勝を飾った。
1993年
日本中が熱狂し、悲しみに涙した!
敗戦よりもつらかった「ドロー」

10月28日、アメリカ大会アジア最終予選、日本×イラク。勝てば悲願の本大会出場となる日本は、1点リードで迎えた後半ロスタイム、イラクのショートコーナーから痛恨の失点…!土壇場で本大会出場を逃したこの「ドーハの悲劇」に、日本中が悲しみに包まれたが、テレビ視聴率は40%を軽く超え、日本に「サッカー」が浸透した最初の戦いでもあった。
ゴン中山の号泣も、記憶に新しいのでは?
ゴン中山の号泣も、記憶に新しいのでは?
1996年
サッカー王国ブラジルを1−0で撃破!
アトランタ五輪「マイアミの奇跡」

38年ぶりの五輪出場となったアトランタ五輪の初戦は、王者ブラジルとの対戦だった。開始からブラジルの猛攻を受けた日本は、GK川口の神がかり的セーブでしのぎ続け、72分、アウダイールとGKジダが接触してこぼれたボールを伊東が抜けめなく押し込んだ。ロベルト・カルロスやベベットらを擁する「最強」ブラジルを破る歴史的1勝を挙げた瞬間だった!
1997年
マレーシアのジョホールバルで悲願成就!
マレーシアのジョホールバルで悲願成就!
「野人」岡野が決めた!ワールドカップ初出場
日本中が揺れた「ジョホールバルの歓喜」

ドーハの悲劇から4年。フランス大会最終予選に臨んだ日本は、プレーオフでイランと激突!「今度こそ」と日本中が願うなか、延長後半13分、「野人」岡野雅行が決勝ゴール!日本が悲願の本大会出場を達成した。再三のミスで岡田監督から「岡野テメエ、コノヤロー!」と怒鳴られながらも決めた岡野は、一躍時の人になった!
1999年
小野、高原、稲本ら「黄金の世代」が大記録!
なんとワールドユースで準優勝!

日本サッカーの明るい未来を予感させたワールドユース選手権。ユース代表の中核は小野伸二、高原直泰、稲本潤一ら「黄金の世代」だった。予選でイングランドなどを破る快進撃で決勝トーナメントに進出し、メキシコ、ウルグアイを連破!決勝でスペインに敗れたものの、日本が世界のトップに近づきつつあることを証明する大会になった。
2002年
ワールドカップ初の勝ち点、初勝利!
そして初の決勝トーナメント進出

初めてアジアで行なわれた日韓大会。日本は予選リーグ初戦、ベルギー戦で引き分けてワールドカップ初の勝ち点をゲット!続くロシア戦では、稲本潤一がゴールを決めてワールドカップ初となる歴史的「1勝」をゲット!!勢いに乗る日本は、続くチュニジア戦でも快勝!!!グループトップで予選を突破し、ベスト16入りを果たした。
決勝T一回戦はトルコと対戦し0−1で敗戦
決勝T1回戦はトルコと対戦し、1−0で敗戦
2004年
大ブーイングも、なんのその!?
ジーコJAPANがアジアカップで連覇達成!

政治などの絡みで、反日運動が盛んだった中国で開かれたアジアカップ。日本代表の試合は、多くの観客から大ブーイングが起こる異様な雰囲気だったが、そんな完全アウェーの状態でも、司令塔の中村俊輔を中心に予選リーグを突破した。決勝では地元・中国を相手に格の違いを見せつけ、2大会連続優勝。「アジア王者は日本」であることを世界に強く印象づけた!

●1930年
・極東選手権大会優勝
 優勝(初、1勝1分)
●1936年
・第11回ベルリン五輪
 ベスト8(1勝1敗、スウェーデ
 ンを破る)
●1951年
・第1回アジア競技大会
 第3位(1勝1敗1分)
●1954年
・第5回W杯スイス大会予選
 敗退(初出場、1敗1分)
●1956年
・第16回メルボルン五輪
 1回戦敗退
●1960年
・第7回W杯チリ大会予選
 1回戦敗退(2敗)
●1964年
・第18回東京五輪
 ベスト8(1勝2敗、アルゼンチ
 ンを破る)
●1965年
・日本サッカーリーグ発足
●1968年
・第19回メキシコ五輪
 第3位(3勝1敗2分、釜本邦茂
 が得点王獲得)
●1969年
・第8回W杯メキシコ大会予選
 グループリーグ敗退(2敗2分)
●1973年
・第9回W杯西ドイツ大会予選
 2回戦敗退(1勝3敗)
●1975年
・アジアカップ予選
 グループリーグ敗退(2勝3敗)
●1977年
・第10回W杯アルゼンチン大会
 予選
 グループリーグ敗退(3敗1分)
●1980年
・第11回W杯スペイン大会予選
 準決勝ラウンド敗退(2勝2敗)
●1985年
・第12回W杯メキシコ大会予選
 最終予選敗退(5勝2敗1分)
●1987年
・第24回ソウル五輪予選
 最終予選敗退(8勝1敗1分
●1989年
・第13回W杯イタリア大会予選
 1次予選敗退(2勝1敗3分)
●1992年
・日本代表初の外国人監督ハ
 ンス・オフト就任
・第10回アジアカップ
 優勝(初、3勝2分)
●1992〜93年
・第15回W杯アメリカ大会予選
 最終予選敗退(9勝1敗3分、
 ドーハの悲劇)
●1993年
・Jリーグ開幕
●1994
・第12回アジア競技大会
 ベスト8(1勝1敗2分)
●1995年
・インターコンチネンタル選手
 権
 1次リーグ敗退(2敗)
●1996年
・第11回アジアカップ
 ベスト8(3勝1敗)
●1996〜97年
・第16回W杯フランス大会予選
 予選突破(初、9勝1敗5分)
●1998年
・第16回W杯フランス大会
 予選リーグ敗退(3敗)
●1999年
・南米選手権
 グループリーグ敗退(2敗1分)
・ワールドユース選手権
 準優勝(5勝2敗)
●2000年
・アジアカップ予選
 予選突破(3勝)
・第12回アジアカップ
 優勝(5勝1分)
●2001年
・コンフェデレーションズカップ
 2001
 準優勝(3勝1敗1分)
●2002年
・第17回W杯日韓共催大会
 ベスト16(2勝1敗1分)
●2003年
・コンフェデレーションズカップ
 2003
 グループリーグ敗退(1勝2敗)
・第1回東アジアサッカー選手
 権2003
 準優勝(2勝1分)
●2004年
・第13回アジアカップ
 優勝(2連覇、5勝1分)
●2004〜05年
・第18回W杯ドイツ大会アジア
 予選
 予選突破(11勝1敗、世界一
 番乗り)
●2005年
・コンフェデレーションズカップ
 2005
 グループリーグ敗退(1勝1敗1
 分)
・第2回東アジアサッカー選手
 権2005
 準優勝(1勝1敗1分)