世界中のゴルファーが目指すと言われるマスターズ・トーナメントで松山英樹が優勝し、日本中が湧いている。そこで今回、米ツアーの選手たちの強さの秘密を映像から探り、ゴルフスイングのメカニズムを科学的に解き明かすことに取り組んでいる「WEB講座・ゴルフスイング物理学」の小澤康祐氏に、松山のスイングの“すごさ”を説明してもらった。
最新のゴルフスイングを紹介した小澤氏の著書『「物理学」×「クラブの構造」で解き明かす ゴルフスイングの新事実』(KADOKAWA)、「WEB講座・ゴルフスイング物理学」と照らし合わせると、世界で勝てるプロたちが目指しているものと、松山プロの“共通点”とその“独自性”がより明確になるのではないだろうか。
トップで一瞬止まって見えることよりも「注目してほしいポイント」
松山選手のスイングの特徴をいくつか挙げたいと思います。最初のポイントについては、2019年に私のYouTubeページにアップした
動画
で解説した内容です。松山選手は2020年末にはじめて専属コーチをつけましたが、この部分は以前から今も変わらない部分であり、彼のスイングの成功のカギを握る重要なポイントとなっているのだと思います。
緊張した場面などで、バックスイングからダウンスイングへと切り返すときに、タイミングとクラブの動きが乱れることが起きます。これを防ぐために、「トップでいったん間(ま)を取らなくてはならない」と言うセオリーがあります。松山プロのトップは、一見したところ、静止するようであり、このセオリーを守っているように解釈しがちです。
松山選手ほど『止まって見える』プロは他にはあまり見当たりません。いったん動きを止めて、そこから改めて動き出すためには、筋力の意図的な出力が必要で、繊細なコントロールが求められる切り返しの局面で、クラブの動きに乱れが出る可能性が高まると考えられるためです。多くのプロたちは、クラブヘッドがまだバックスイング方向に動いているタイミングで、ダウンスイングの体の動きを始めています。バックスイング方向にクラブはまだ動いているため、体がその重さに引っ張られて伸ばされることで、筋肉がぎゅっと勢いよく縮む「伸張反射」という仕組みが働き、自然にクラブがダウンスイングへと折り返されることになります。このほうが「自分で戻そう」という操作が必要ないため、クラブの動きが安定するうえ、より大きな力を出すこともできるのです。
実は、松山選手もやはりこの「伸張反射」を使っていると私は見ています。一瞬止まったかと見えるタイミングの直後、左モモに乗っていくように沈み込む動きと同時に腕は脱力し、ヘッドが少し低い位置に動いてきます。それによって下半身と体幹から腕へとつながる適切な部分の筋肉に伸張反射が起きて、スムーズなダウンスイング〜インパクトへとつながっているのです。トップで静止し、そこからいきなりヘッドをボール方向へと戻していくような操作を加えているわけではないということを理解してください。
特徴を活かして最強のダウンスイングに近づけた
ここからは少し専門的な話をしてみます。「上から入るダウンスイング」から「横から入る」最近のトッププロたちが共通して行なっている「シャローな(より低い位置からヘッドがボールへ向かう)」ダウンスイング」へと、ここ数年の松山プロは修正を試みてきたと見る人が多いようです。低い位置からヘッドがボールへ向かうスイングには利点が多くあるためです。そのために、レイドオフと言われる「シャフトがターゲットラインよりも左を向く」状態を追求してきたように見る方がいるかもしれません。
しかし、切り返す前のシャフトをレイドオフにすると、実はダウンスイングのときにヘッドが手の軌道より高い位置に上がってきてしまい、結局スティープと呼ばれる「上から入るダウンスイング」になりやすくなるメカニズムがはたらくと私は考えています。以前の、トップで手の位置が高かった状態では、さらにスティープなダウンスイングになりすぎていたと考えられます。
一瞬の脱力によって沈み込み、伸張反射を使う体幹の動きと、レイドオフの状態からシャローなクラブのポジションを両立させるためにどうしたのか、というと、トップでの手の位置を以前より少し低い位置にし、より水平な円軌道を作れるように調整したと私は見ています。同じような対応をしている選手を挙げるならば、リッキー・ファウラーやローリー・マキロイでしょう。この調整によって、長いクラブでもシャローなポジションからインパクトすることができるようになり、正確性を保ちながら、飛距離を伸ばすことにつながり、今週の偉業につながった、と私は分析しています。