現世とは別にある、あやかしがはびこるもう1つの世界「幽世(かくりよ)」。そこに幼い頃に迷い込んでしまった夏織は、幽世で貸本屋を営む変わり者のあやかし・東雲に拾われ、人間の身でありながらあやかし達と暮らしている。そんな夏織は、ある日、行き倒れていた少年・水明と出会う。現世で祓い屋を生業としているという彼の目的は「あやかし捜し」。あやかしに仇なす存在とはいえ、困っている人を放っておけない夏織は、ある事情で力を失ってしまった彼に手を貸すことにするのだが…。切なくも優しい愛情にまつわる物語。今回は第2話です。
2話
幽世の町並みは、古めかしくて不思議で――とっても綺麗だ。
建物は木造の家が多い。商店の軒先には、所々が錆びた看板が下がっている。漢字とカタカナしか使われてないレトロな手書きの看板。そこには「八百屋」や「肉屋」などの普通のものに加えて「目玉専門」だの「人肉アリ〼」だのと怪しげな文言が躍っている。通り沿いにある格子窓からは暖かな照明の灯りが漏れ、中から賑やかな笑い声が聞こえてくる。大通りには、客寄せの元気な声が響き渡っていて、だいぶ人通りも多い。商店の品揃えは、新鮮な野菜や果物に加えて、奇妙な鳴き声を上げる動物やら、薬草類、不気味な文様の反物まで、現し世ではなかなか見られない品が取り揃えてある。
町を照らすのは、ガス灯の灯り。普通ならば、ガスを燃やして発光するそれは、幽世においてはガラス部分に蝶が入れられている。その蝶の名は「幻光蝶(げんこうちょう)」という。
「幻光蝶」――それは、幽世にしかいない霊体の蝶だ。気ままに宙を舞い、光る鱗粉を撒き散らす姿は名のとおり幻想的だ。ある程度時間が経つと、燃え尽きるようにして姿を消してしまうので、幽世には蝶をガス灯に補充する「蝶守り」という職業がある。町では、「蝶守り」が竹籠いっぱいに蝶を入れて運ぶ姿がよく見られ、それは、この世界における風物詩と言ってもいいだろう。
ついでに言うと、幻光蝶は光るだけではなく、ある特徴で知られている。
「夏織ちゃん、おかえり。あらあら。今日も蝶にモテモテだねえ」
「ただいま。灯りいらずで、助かってます!」
ふと行き会った蛇髪のお姉さんが、提灯を手に羨ましそうな声を上げた。
私の周囲には、たくさんの野生の幻光蝶が集まってきている。けれども、お姉さんには近づきすらしない。そう、この蝶は人間の下に集まる習性があるのだ。
ふわり、ゆらりと飛び交う野生の幻光蝶を引き連れて進む私は、幽世の町でもかなり目立つ。そんな私に、あやかしたちは気軽に声をかけてくれる。
「稀人の嬢ちゃん。後で、お野菜おすそ分けに行くからね。玄関、開けておいておくれよ」
「はあい! いつもありがとう!」
「夏織ちゃん、週末うちに遊びにおいで。新作のお菓子があるから」
「わあ、楽しみ! にゃあさんと行くね」
笑顔で、のっぺらぼうの奥さんと言葉を交わす。通りの向こうにある、奥さんが営む和菓子屋のお菓子は絶品で知られていて、早朝から行列ができるほどだ。奥さんは、私を何かと気にかけてくれて、新作のお菓子を作るたびに、いつもごちそうしてくれる。
……そういえば、小さい頃は幻光蝶が大嫌いだったなあ。
周りに集まる蝶を見て、ふと昔のことを思い出す。
当時は、幻光蝶が集まること――それ自体が、私がこの世界では異物である証明のような気がしていた。自分に親切にしてくれる彼らと「違う」存在であることが堪らなく嫌だった。幻光蝶を追い払おうと、泣きじゃくりながら暴れたことは何度もある。
……まあ、それも昔の話だ。大人になった今は、それほど気にならなくなった。
便利な照明代わり。そう割り切ってしまえば、綺麗な蝶であることに変わりないのだ。
「稀人のお嬢ちゃん。ほら、これ持っていきな」
「わ、ほんと? ありがとう!」
大通りを通っただけ。たったそれだけなのに、私の腕の中は品物でいっぱいになってしまった。小走りで、待っていてくれたにゃあさんに追いつく。
「またいっぱいもらったわね」「いいでしょう」なんて話しながら、幽世の町を行く。
――うっかり生者が迷い込むと、命を落としかねない場所、幽世。けれども、しぶとく生き延びて居着いてしまった人間を「稀人」と受け入れ、大切にしてくれるのも、幽世のひとつの顔だ。
著:忍丸 イラスト:六七質/『わが家は幽世の貸本屋さん -あやかしの娘と祓い屋の少年- (ことのは文庫)』(マイクロマガジン社)