「舟を編む」(2013)で第37回日本アカデミー賞「最優秀作品賞」「最優秀監督賞」を受賞。その後、同作で米アカデミー賞「外国語映画賞」の日本代表に史上最年少で選出され、世界が注目する石井裕也監督。最新作「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(2017年5月27日公開)は、現代の東京を舞台に、不器用な男女が織りなす恋愛映画となった。原作は異例の売り上げを記録した最果タヒによる現代詩集。詩集を基に監督自身が脚本を手がけた本作について、石井監督にインタビューを行った。
本作は2017年の東京・渋谷と新宿を舞台に、看護師をしながら夜はガールズバーで働き、言葉にできない不安や孤独を抱えるヒロイン・美香(石橋静河)と、工事現場で日雇いの仕事をしながら、どこかに希望を見出そうとひたむきに生きる慎二(池松壮亮)が偶然出会い、不器用ながらもお互い惹かれ合っていく恋愛模様を丁寧に描いた作品。もがきながらも今を必死で生きる現代人の憂鬱を浮き彫りにした本作は、これまでの石井監督の作品とは一線を画すような作品になった。
プロデューサーから原作を紹介された石井監督。詩集の映画化は、石井監督にとってチャレンジングな試みだったという。「初めて原作を読んだとき、言葉に表せない、何かモヤモヤとした気持ちになったんです。悲しさ、虚しさ、寂しさ、そのどれにも分類されない複雑な気持ちに触れているように感じました。その気持ちを描くことを出発点にして、映画をつくると面白いんじゃないかと思いました」。
作品を見終わると、様々な感情が入り組んだ、言葉に表すのが難しい「何か」を観客はきっと掴むことになる。その「何か」は観客ごとに異なったもので、原作の読後感にも共通している。自ら脚本を手がけた石井監督も、初めて原作を読んだときの読後感を大事にしたと話す。「原作の詩集がもつムードのようなものを大事にして、脚本に落とし込みました。感情や気分の裏側、普段見えてこないものをどうにか見ようとしている眼差しみたいなものを意識して書きました。特に詩集は読む人によって印象が変わるものなので、それを映画するなら、同じように観る人によって印象が変わるものにしたかったんです」。
繊細で不器用な演技が胸を打つ2人の主人公も魅力的。注目すべきはヒロインの石橋静河。石橋凌と原田美枝子の娘として話題だが、演技経験が浅い新人だ。石井監督は、撮影の3ヶ月前に彼女と対面した際、何も響かないし何も返ってこない素人だと感じたそう。しかし、この異例の抜擢は必然だったと話す。「この映画を全く新しいものにするためには、美香をまだ誰も見たことがない彼女が演じるべきだと考えました。彼女のどうしたらいいかわからない素直さが美香という人物となり、東京の生々しさをよりリアルに表現することができました」。
もう一人の主人公・慎二を演じる池松壮亮は、3回目の起用ということもあり石井監督も全幅の信頼を寄せている。左目が見えないが生きるうえで何か希望を見つけ出そうと必死にもがく慎二を、池松は実に繊細に演じている。石井監督は脚本を書いている時点で、慎二は池松に演じてもらうと心に決めていたと明かした。「彼がもつイメージを基に当て書きしたわけではなく、新しい池松壮亮を僕も見たくて、彼のイメージを飛び越えたキャラクターに仕上げました。彼のとびきり魅力的な『目』を印象的に映し出すこともできました」。
主人公たちの置かれている環境や境遇も、胸が痛くなるほど生々しい。現在の東京に生きる人をリアルに映し出しているのも本作の魅力である。渋谷・新宿での撮影は、まさに今の東京をそのまま切り取っている。石橋と池松が街を歩くシーンでは、実際に街を歩く2人をそのままカメラが追い撮影されたが、周りの人が気付かないほどに自然体。石井監督は、街中での撮影は苦労が多かったと話す。「独特な緊張感を持って撮影していました。とにかく緊張を強いられる状況での撮影だったんですが、それが功を奏して、今の東京のリアルな気分を撮れたと思います」。
本作では東京で生きる人を描いているが、作品の軸にあるものはほかの都市で生きている人にも共通している。石井監督は、本作の舞台を東京にした理由を、あくまでもシンボリックなだけと話す。東京というフィルターがあれば、現代社会に生きる人の“生きづらさ”を表現できると思ったそう。「どこに住んでいても、多少なりとも『生きにくさ』を感じていると思います。東京は少し過剰なだけ。生きることの苦しさ、その先のある兆しを描きたかった。どうすることもできない、生きづらさを感じながら今を生きている人に観てほしい。そういう人の力になるんじゃないかと思いながら作りました」
無理をして前を向く必要はないと話し、何か満たされていない人に届けばいいと、真っ直ぐな目で本作について話す石井監督。“不器用だが、どこか愛おしい”現代を生き抜く人たちにとって、深く胸に突き刺さり、共感できる作品となった。
【関西ウォーカー編集部/ライター山根 翼】
山根 翼