雑誌『日経トレンディ』の「2023地方発ヒット商品」の大賞を受賞するなど、注目を集めている「今治のホコリ」をご存知だろうか。日本有数のタオル産地として有名な愛媛県今治市にある、西染工株式会社が開発したキャンプ用着火剤だ。今治タオルの染色過程で出る廃棄物だった綿ぼこりを転用したという同商品は、なぜヒットへといたったのだろうか。「今治のホコリ」の生みの親である、西染工の商品事業部長・福岡友也さんに話を聞いた。
――ヒットのきっかけは何だったのでしょうか?
【福岡友也】2022年2月に発売後、4月ごろにキャンプ雑誌で取り上げていただいたんです。それがきっかけでSNSでも情報が拡散し、地元テレビ局からキー局まで取材依頼がありまして。こちらから何か仕掛けていった、という感じではなかったのですが、とんとん拍子で認知していただける機会が増えたという印象です。
――こんなにヒットすると予想されていましたか?
【福岡友也】ここまでとは思っていなかったので、“うれしい想定外”でした。「今治のホコリ」は、弊社で新規に立ち上げたアウトドアブランド「THE MAGIC HOUR(マジックアワー)」の第1弾商品なのですが、このように注目を浴びることとなり、それがひとり歩きしていった、という感じですね。
――「今治のホコリ」は、どのようないきさつで生まれたのでしょうか?
【福岡友也】コロナ禍に時間ができ、私自身、趣味だったキャンプなどへ行く機会が増えまして。そのときに思いついたんです。ただ、実際にちゃんとした「商品」になりうるかはわかりませんでしたので、取れたての(工場で廃棄されている)綿ぼこりを袋に入れてソロキャンプに持って行き、何度も試してみました。
――「これは商品としていける!」と確信されたのは、どういった点だったのでしょうか?
【福岡友也】染色したタオルを乾燥させる際に出る綿ぼこりは、弊社にとっては廃棄物であると同時に、漏電などで起こる火花が引火すれば火事になってしまう危険性のあるものでもあります。なので、工場から離れたところに置き場を設けるなど、常々取り扱いには注意していました。ただ、逆転の発想で「火花で火がつく」ということは、火打ち石の火花で簡単に引火して燃え広がり(火がつき)やすいということだと考えました。そして「簡単に火がつく」ということは初心者やファミリーキャンパーでも使いやすい、ということだと思ったんです。実際、(保護者が付き添いながら)お子さんがやってみたら、火花が出せるとすぐにつくので喜んでくれるんですよね。
【福岡友也】ですが、「火がつきやすい」だけで、薪に火が移らなければ意味がありませんので、1回の分量などはいろいろと試しました。1回10グラムでだいたい4~5分の燃焼時間があり、そのくらい時間があれば薪に燃え移るということもわかりましたので、発売へと踏み切りました。
【福岡友也】また、コロナ禍に何度もキャンプへ行くなかで、(コロナ禍前からよく行っていた)キャンプ場の来場者が今までより圧倒的に増えていまして。しかも、ファミリー層も増えており、いわゆる「アウトドアブーム」というのを肌で感じたんです。そういった実感も、商品化の後押しになったと思います。
――「着火剤」には、ほかにも“燃えやすい”と謳われているものがたくさんあると思いますが、「今治のホコリ」には、どのような利点があるのでしょうか。
【福岡友也】たとえば、着火剤としてよく使われるほぐした麻より、「今治のホコリ」は綿なので燃焼時間が長いです。また、麻を使う場合は麻ひもをほぐして使われている方が多いと思いますが、それだとそもそも、ほぐすのに時間がかかります。ほぐし済みの麻も販売されていますが、封入量の少ない商品が多い印象です。
【福岡友也】また、着火剤には石油系のものが多いのですが、石油系は燃やすと黒い煙が出たり、特有のニオイがしたりします。ですが、「今治のホコリ」は綿なので黒い煙が出ることもありませんし、ニオイもほとんどありません。アウトドアを想定して開発しましたが、発売後に、それまで着火に新聞紙を使われていたという方から「灰もニオイも出ないので家の中で暖炉の火をつける際に重宝している」というお声をいただき、“なるほど”と思い、そういう面でもお役に立てているのかと、うれしかったですね。
――カラフルな色合いも映えますし、魅力的ですよね。あのカラフルな色は、染めているのでしょうか?
【福岡友也】いえ、あれは染色したタオルを乾燥させた際に出る綿ぼこりなので、あとから染色するようなことはしていません。綿ぼこりそのままの色合いですし、着火しやすくするといった加工も一切していません。
【福岡友也】また、そのときに出た綿ぼこりを使用するので、同じ色合いになることもありません。個々によって、変わります。色の組み合わせは、私がやるとどうしてもアースカラーなど地味になってしまうので(笑)。鮮やかで美しい配色が上手な20代の社員に任せています。ちなみに、その美しい色合いを全面的に出したいと思い、透明なケースを選びました。弊社はもともと染色業ですので、その特色は出したいなと思ったんですよね。
――ちなみに、社内で「今治のホコリ」の商品化について反対の声などはなかったのでしょうか。
【福岡友也】実は、けっこうありました(笑)。綿ぼこりはもともと廃棄物ですから、「ゴミを売るんですか?」と言われましたね。また、キャンプをしない人にとっては魅力を理解してもらいにくいこともあり、わりとネガティブな声は多かったです。ですが、私としてはある程度いけるという確信もありましたので、なんとか商品化へとこぎつけました。
――逆に、消費者からは、どのような反響がありましたか?
【福岡友也】もちろん、多くの方に好意的に受け止めていただいたのでヒットにつながったと思うのですが、一部の方からはパッケージがプラスチックであることについて「(サスティナブルな商品なのに)エコじゃない」というお声もいただきました。これについては、そのとおりではあるのですが、湿気を含むと燃えにくくなってしまうため、湿度に影響されないための品質保持と持ち運びの利便性の点からパッケージはプラスチックを採用しました。
【福岡友也】一方、リフィル(詰め替え用)は紙袋で販売するという企画にしていました。リフィルも「今治のホコリ」と同じタイミングで企画していましたが、同時に発売してしまうとリフィルのほうが安価ですし、趣旨をご理解いただけないままリフィルのほうが売れてしまうのではという懸念がありました。なので意図的に、商品の認知が上がってきた(発売から)約半年後くらいに販売をスタートさせました。
――リフィルも企画されていたとは、開発当初からSDGsもしっかり意識されていたのですね!発売開始から2年になりますが、売り上げはいかがでしょうか。
【福岡友也】ピーク時よりは若干落ちていますが、それでも売り上げは高水準で推移しています。いまだに新規のお問い合わせをいただくことも多く、ありがたいですね。
――今後、何か新たな展開はお考えになっていますか?
【福岡友也】引き続き、(「今治のホコリ」を輩出した)アウトドアブランド「THE MAGIC HOUR」に力を入れていきたいと考えています。同ブランドは、「地球環境に配慮した製品づくり」をコンセプトにしていますので、そういったところに賛同いただける方や、「今治のホコリ」のようにキャンプ初心者の方やファミリー層へ向けて、これからも使いやすいキャンプグッズを販売していけたらと考えています。
インタビューの中で「西染工は20年ほど前から全社を挙げて、省エネ対策など環境への取り組みを行ってきた」という話も。もともと、環境への意識が根付いていた同社だからこそ「今治のホコリ」が生まれたのだと腑に落ちた。SDGsとアイデアが結びつくと、素晴らしい商品が生み出せるということを証明した「今治のホコリ」。優れた商品開発力を持つ西染工は、これからも躍進を続けるだろう。
この記事のひときわ
#やくにたつ
・「廃棄物」もアイデア次第で商品化できる
・デメリットは視点を変えればメリットになることもある
取材・文=矢野 凪紗