映像化不可能と言われ続けた沼田まほかるのベストセラーミステリー小説「ユリゴコロ」が映画化。監督を務めるのは「君に届け」(2010)「近キョリ恋愛」(2014)「心が叫びたがってるんだ。」(2017)など、青春映画を数多く手がける熊澤尚人。近年の作品とは違うミステリーの挑戦した熊澤監督だが、「勝負作になった」と本作を振り返る。映像化不可能と言われ続けたミステリー作品に挑戦した理由、役者陣の渾身の演技についてなどを語ってもらった。
本作は、沼田まほかるが2011年に発表した同名小説が原作。亮介(松坂桃李)が実家で見つけた一冊のノート。そこには殺人を心の拠りどころにする女・美紗子(吉高由里子)の手記と、美紗子と出会う男・洋介(松山ケンイチ)との壮絶な愛の物語が記されおり、ノートに残された記憶を軸に過去と現代が交差するミステリー。吉高由里子、松坂桃李、松山ケンイチら人気と実力を兼ね備えた俳優たちが集結した。
熊澤監督は原作小説を読んだとき、作品に魅了されたと同時に映画にしたい題材だと思った。それはキャラクターの背景や心情をしっかり描くことで、映画にする醍醐味があると感じたそう。「美紗子という殺人者は許してはいけない。でもそういう負をもっている人間でも、人を愛したり思いやったりする気持ちが生まれたとき、どうなるんだろうと。この矛盾に強く惹かれました。あと、亮介の血の葛藤の話も映画にしたいと思える題材でした。よくぞ、この原作の映画化を僕にオファーが来たなと(笑)すごく感謝しています」
映像化不可能と言われた本作。これまでも映像化を断念したチームの話を熊澤監督は耳にしていた。小説ならではの仕掛けが映像で表現しづらい部分があり、熊澤監督も苦労したと明かす。「小説だから成り立っている仕掛けが多いから、映像にすると謎がバレてしまう。そうなると映画にする場合、ミステリーの仕掛けをやめるしかないって。そう決めてから映画用の構成を考え直して、新しいものをつくりはじめたけど、これが難しかった。4年前に原作を読んでましたが、台本づくりに3年ぐらいかかりましたね」
原作の世界観を映像化するときにどのようなポイントを意識したのか。熊澤監督は原作の魅力でもあるゾクゾク感を大切に映像化に着手した。「引き込まれる感じを映画でも意識しました。だからなのか、集中できるので観終わるとすごく疲れる(笑)その分、濃密な作品になったかな。美紗子の心情、洋介と亮介の感情など、観た人によって思ったことが違うから、鑑賞後にあそこがどうだったとか話ができる映画。実際にすごく良い映画に仕上がったと感じてて、僕の中でも勝負作になったと思います」
本作は熊澤監督が近年手掛けた青春映画とは180度違うミステリー作品。しかし、熊澤監督は青春映画の経験が本作で強く影響したと話す。それは純愛というポイント。「美紗子と洋介って純愛なんですよね。僕は今まで青春映画を多く手がけてきて、愛にまつわる話って結構やってるんです。自分でも知らぬ間にスキルアップしてたのかな、今回のような難しい大人の純愛を描くことが自分でも楽しかった。あの2人を素敵に描くことができて、今まで恋愛作品をいっぱいやってきてよかったなと思いました」
美紗子を演じるのは吉高由里子。殺人が心の拠りどころになってしまう女性を演じ、新境地を開いている。熊澤監督は吉高なら美紗子を演じれると信じ、オファー。いざ現場で吉高の演技を目の当たりにすると狙い通りだと思ったそう。「吉高さんは初日から自分なりの美紗子をつくってきた。それを見て全然大丈夫だなって。そこから吉高さんの美紗子を見るのが楽しくて。ゾクゾクする顔も妖艶な顔も切ない顔もバッチリでした。吉高さんがこうやったら絶対素敵だとイメージしていた以上の表情がいっぱい撮れました」
吉高のシーンの中で、ダムでのシーンが印象的だったと話す熊澤監督。美紗子の辛い心情を表したこのシーンは、雨の都合で限られた時間内での撮影となった。その分、吉高には集中力が求めれる状況で、彼女にとっても想像を超える過酷な撮影になったはずと振り返った。「別れを告げられる瞬間、地獄を見たような顔をするんです。共感できないはずの美紗子にちゃんと入り込める。この作品がすごく良い作品になったのは吉高さんの力が大きい。ドラマやバラエティで見せる吉高さんとは全く違いますよ!!」
美紗子を演じる吉高を受け止めるのが松山ケンイチだ。美紗子と運命の出会いをする洋介を演じている。近年の活躍で俳優としての凄みを身につけた松山なら、吉高の演じる美紗子を必ず受け止めてくれるはずとオファーした。「吉高さんの芝居をきちんと受け止めてくれました。美紗子と洋介は小説では運命的な出会いをするわけですが、どうやったらお芝居で出せるのか難しいなと思ってましたけど、映像で観ると、たしかに運命的な出会いをするんです。演技でそれを表現できている。松ケン、改めてすごいなって思いました」
俳優をリスペクトしている熊澤監督。若手俳優が多い映画では演出について細かくアドバイスするそうだが、本作ではあまりアドバイスはしていないそう。「吉高さんが大変な役なので、もう少し言おうとしたこともあるけど、吉高さん、松山くん、松坂くんは大人で力のある俳優さんだから細かく言わなくても伝わる。自分なりにこれはこうだと思ってやってくれるんです。今回の俳優さんたちとの映画作りは、青春映画では味わえない、楽しみがありましたね」
熊澤監督がこれまで手掛けた作品とは一線を画す本作。さまざまな感情、心情が混ざり合う難しい原作を、濃密な大人の愛の話に仕上げることができたのは、俳優陣の魂を込めた演技と熊澤監督の手腕だと、この作品を観ればわかるだろう。
【関西ウォーカー編集部/ライター山根 翼】
山根翼