銭湯と言えば、富士山を思い浮かべる人も多いだろう。それら銭湯に描かれる背景画は、ペンキ絵と呼ばれ、その歴史は大正元年までさかのぼる。発祥は、東京の神田猿楽町にあった「キカイ湯」とされる。そこに背景画として描かれた富士山が東京周辺で人気となり、ペンキ絵が広まった。
そんな銭湯ペンキ絵も時代とともに変化し、進化を続けている。銭湯企画第三弾では、人気銭湯建築家、今井健太郎氏が手がけるペンキ絵の魅力について触れてみよう。
日本初の丸いペンキ絵が登場
日本初の円形ペンキ絵があるのは、今井さんが2011年にリニューアルを手がけた目黒区・文化浴泉だ。ここでは、現代名工に選ばれるペンキ絵師、中島盛夫氏が描いた赤富士と逆さ富士が見られる。
「文化浴泉ではリニューアルの際、予算の関係でタイルは当時のままを残すことになりました。しかし、オーナーさんから要望でペンキ絵が欲しいということになり、円形のペンキ絵を配置するデザインを考えました」と今井さん。
丸く描いたペンキ絵をもともとあったタイル壁に設置しているのだが、それがうまくマッチして、浴室にモダンな雰囲気を生み出している。今では、銭湯の顔とも言える人気のペンキ絵だ。
葛飾北斎の生地!浮世絵の富士山を眺める銭湯
墨田区・御谷湯では、ペンキ絵で浮世絵の富士山が描かれている。手がけたのは現役ペンキ絵師最高齢の丸山清人氏。
「御谷湯さんがある地域は、海外観光客も多い浅草とスカイツリーの中間で、また葛飾北斎の生地としても有名です。そこで浮世絵をモチーフした富士山がいいのではと思い、北斎の描いた富士山をペンキ絵に起用しました」。
湯船に浸かりながら、北斎の見た風景を大きな画面で眺められる贅沢な空間に仕上がっている。
縁起の良いペンキ絵!ご利益気分な銭湯
文京区のふくの湯は、2011年、風水を用い七福神をモチーフとした「ご利益気分な銭湯」として今井さんがリニューアルを手がけた。浴室には七福神など縁起の良いモチーフを起用し、ご利益気分が味わえる空間を演出している。
まず、男湯と女湯は、「弁財天」と「大黒天」の2種類の浴場が週ごとに入れ替わる。それぞれの壁に描かれているペンキ絵は、銭湯ペンキ絵師を代表する丸山清人氏、中島盛夫氏が手がけており、薬湯の「弁財天」に丸山氏による鮮やかな富士山、人工ラドン温泉の「大黒天」は中島氏による赤富士が描かれている。
また、両空間を隔てる木製の仕切りには、ペインティングユニット・Gravityfreeが七福神をモチーフとしたポップなペイントを施してい内の銭湯の中でも、これほど多くのペンキ絵を楽しめる空間は他にない。
さらに注目したいのは、狩野派の襖絵を彷彿とさせる絢爛豪華で緻密なタイル画だ。湯船に映り込み、金箔のような鮮やかな金色を生み出している。実はこのタイル画、1cm角のタイルでグラデーションを作り、金色を表現しているそうだ。
「タイル画は、デザインする際にマス目に色を配置します。そこから、タイル職人がそれらをパズルのように組み合わせて絵を完成させていきます」と今井さん。
「ご利益というコンセプトから金のイメージを作ろうとしました。でも、金色のタイルはコストも高いし、視覚的にもギラギラしすぎてお客様が疲れてしまう。そこで、黄色のグラデーションを使うことで神々しい金箔のようなイメージに仕上げました」。
黄色のグラデーションは心地よい色合いに仕上がっており、湯船を金色に染め、ご利益がありそうな気分にさせてくれる。ノスタルジーとは別の魅力を感じる新感覚の演出である。
銭湯でペンキ絵のライブペイントを開催
銭湯に癒しのエッセンスを加える魅力的なペンキ絵。ただ眺めるたけでなく、今井さんは、それらの制作過程を見せるイベントも開催している。
きっかけは、2007年、戸越銀座温泉のリニューアルの際に施工中の銭湯を一般開放し、ペンキ絵の公開制作を行う「湯フェス vol.1」にさかのぼる。
「はじめは、多くの人に銭湯というものを知ってもらいたいという気持ちでペンキ絵のライブペイントイベントを始めました。商店街でチラシを配り呼びかけたところ、面白がって多くの方が見に来ました」と今井さんは当時を振り返る。
ペンキ絵師の中島盛夫氏とGravityfreeが参加し、楽器の生演奏に合わせながら約5時間で壁画を仕上げたそうだ。湯フェスには、1日で約500人の人が公開制作を見に来たという。
「音楽や互いの絵にインスパイアされ、絵師達もノリノリでペンキ絵を描いていきました。そのライブ感というのも面白く、銭湯の魅力を伝える良い手段の一つではないかと感じています」。
様々な銭湯でイベントを続けていくうちに、湯フェスの内容は進化したという。
千代の湯での湯フェスでは、オーナーさんの奥さんがフラダンス教室に通ってたことから、ライブペイントとフラダンスのコラボイベントも生まれたそうだ。こういったイベントを行うことで、銭湯を通じての地域コミュニティの広がりにも期待ができる。
また、今後も銭湯文化を広めるイベントの開催を予定しているという。来年には、外国人向けの別プロジェクトも進行していると話す。2020年に向けて、都内の銭湯は外国人の利用者が増える見込みだ。富士山などのペンキ絵を眺める体験も外国人にとっては、日本の文化に触れる貴重な体験になるに違いない。
銭湯に欠かせない存在となったペンキ絵は21世紀の銭湯にも受け継がれ、さらに進化している。湯船に浸かりながら、山並みや海などの癒しの風景を眺めるのも銭湯の粋な楽しみ方かもしれない。【ウォーカープラス編集部】
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