これは郵便配達員が実際に経験した不思議な体験談である。いつも配達で伺う山口さんの家にはとても元気なポメラニアンがいた。配達員がいつもおやつやおもちゃを運んできてくれるため(実際は飼い主が注文して配達員は運んでいるだけ…)、ポメラニアンのココは配達員が大好きで、歓喜してお出迎えをしてくれるのだった。そんなある日、山口さんの家に書留を届けに行くと、ココの姿はなく、鳴き声も聞こえず、家中がシーンと静まりかえっていた。
「ココ、亡くなったんです」。山口さんは静かにそう言い、「私のせい」「私がココの名前を呼んだから」と自分を責めていた。一体何が起こったのか…?
かける言葉も見つからなかった郵便配達員だったが、ふた月ほど経ったころ、突然山口さんが明るい笑顔を浮かべていて、珍しく思い「何かいいことがありましたか」と尋ねてみた。すると、山口さんの身に世にも不思議なことが起こっていたのだった。少しためらいながらもその話をしてくれた山口さん。郵便配達員はどんな話を聞いたのか?
この漫画は実話をベースに描かれた体験談である。郵便配達員たちは毎日、町の隅々まで郵便物を配達して回っている。そんな現役の郵便局員が、実際に経験した不思議な話や怖い話を漫画化したのが『郵便屋が集めた奇談』であり、漫画の作者・送達ねこ(@jinjanosandou)さんも、現役の郵便局員である。同僚たちが体験した話を漫画化するうちに、送達ねこさんのもとには他局からも体験談が届くようになっていった。本エピソードについて送達ねこさんに詳しく話を伺ってみた。
――配達先のワンちゃんや猫ちゃんと顔なじみになることはよくあることですか?
実はワンちゃんをおびやかさないためにも、配達が難しそうな場合は郵便局員は近寄らずに戻ってくることになっています。それでも犬好きの局員などは、じゃれられて制服に毛をつけてニコニコ帰ってきますし、ポストから猫の手が伸びてタッチされそうになったり、交流を楽しんでいる者も少なくありません。
――送達ねこさんにも顔なじみの子はいますか?
私ではないのですが、ある配達員は「ノラ猫に用心棒されてる」といいます。彼には道で時々見かけるノラ猫がいるらしいんです。ある場所で、どうしてか気持ちが悪く、鳥肌がたって踏みこむのをためらっていたときに、いつのまにかその猫が彼を追い越していって前方を「シャー」と威嚇したそうです。そうしたら急に何かが晴れたように空気が変わって入りやすい場になったといいます。周りから笑われていましたが「俺は猫に守られている」と心強くしていました。作中のワンちゃんもそうですが、彼らは人間の気持ちを察したり、ときに人間にははかり知れない世界とつながっているような気もします。
――作中で「あの辺に犬を放し飼いしてる家はないはずだけどなあ」というセリフが出てきます。郵便配達員は街や住人のことをけっこう把握されているんですね?
たしかに毎日のように回るので、こまかなことに気づきやすいかもしれません。街のことは知ってこそ仕事の精度もあがりますし、把握することで各々の配達員の中でより大切な聖域になっていると思います。街を回りながら、窓辺に寄ってくるワンちゃん猫ちゃんの姿に癒やされている配達員もたくさんいます。配達地図とは別に、それぞれに心の地図があって、ホッとするピンを足してもらっているのかもしれません。
『郵便屋が集めた奇談』は、読者から「こういう不思議で怖い話って好き」「けっこう背筋がゾクッとしたけど、めちゃくちゃおもしろい…!」と好評だ。日本のどこかの町でひっそりと起こっている“怪異”を覗き見してみよう。
取材協力:送達ねこ(@jinjanosandou)
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