郵便配達員には「担当エリア」というものがあり、日々その地域に密着して郵便物を配達して回る。もちろん自然とその地域の人たちとも顔見知りとなって次第に情報通となっていくのだが、変な噂を耳にすることもある。本作『浮遊する首』は「日暮れ時に高架の上に人の首が浮かぶ」という噂を聞いたH支店に勤務するハルさんの体験談である。
ハルさんは“ちょっと難しいお客様”からクレームを受けていた。「手紙が来ないのよ!捨ててんじゃないの?」とご婦人は激怒していた。このご婦人は先月転入してきたばかりで、少しばかり話が長い。いつも配達員を捕まえてはクレームやら嫁の悪口やらを言いまくっていることですでに名を馳せていた。そんなアグレッシブなご婦人が急に怯えた感じで、先述の噂についてハルさんに話してきたのだった。
ハルさんはこの話を聞いたときに不審に思うところがあり、ちょっとネットで調べてみた。するとある情報がヒットし、「やっぱりなあ…」と少し思うところがあったのだが、あえてこの件には反応しないことにしていたのだった。しかし、このご婦人は、毎日高架を目にしていくうちに、日に日に弱っていった。「日暮れ時に高架の上に人の首が浮かぶ」という怪奇現象の噂、この真実とは一体…!?
郵便配達員たちは毎日、町の隅々まで郵便物を配達して回っている。そんな現役の郵便局員が、実際に経験した不思議な話や怖い話を漫画化したのが『郵便屋が集めた奇談』である。この漫画の作者は、現役の郵便局員である送達ねこ(@jinjanosandou)さん。同僚たちが体験した話を漫画化していくうちに、送達ねこさんのもとには他局からも体験談が届くようになっていった。本作について送達ねこさんに詳しく話を伺ってみた。
――「オカルトと思いきやサイコ寄りの“人怖”だった...お見事です」「嫁の計画通り…」「嘘も方便ですね」などの感想が届いていましたね。ある意味、オカルトより怖さを感じる話でした
作中に登場するご婦人は攻撃的な姑さんで、保育園の送迎にお隣の子を乗せないお嫁さんを責めていました。お嫁さんは万一事故があっては…と考えていたのですが、わかってもらえそうにないので「園で乗り合い禁止になったんです。前に事故があって…」と嘘の説明をします。これが今回の「日暮れ時に高架の上に人の首が浮かぶ」という怪奇現象のはじまりでした。
恐ろしい噂を聞き日に日に弱っていく姑さん。お嫁さんに、姑さんを追い詰める意図が初めからあったかはわかりませんが、弱々しくなった姑さんに満足しているのは、最後のハルさんへのセリフに表れていると思います。
――作中で登場する先輩局員が発した「クソ客なんかに潰されんなよ」という言葉に重みを感じました。
先輩は、姑さんのせいでハルさんが食事も取れなくなっているのを苦々しく思っていました。現場では、顧客から過剰に要求されることがあっても断れない立場に職員が置かれることがあります。先輩局員はこれまでもお客様対応の名のもとに心身を壊された同僚を見てきたこともあって、この発言となったのでしょう。
――送達ねこさんもそういったお客様に対応したことはありますか?
はい。実際に窓口で、女性職員が男性客に粘着され、その男性が来局した時は他の職員が後ろから交代して、なんとかしのいでいた例があります。私もその男性と話したことがあるのですが「彼女は嫌がってる芝居をしてるだけ。本当は俺と話したがっている」と憤慨するばかりで意思疎通が難しいと感じました。昨今、お客様であっても理不尽な言動・要求には毅然とした態度を取ろうという社会意識の高まりを感じます。接客対応者の尊厳を守るためにも、組織全体での対応が必要と思います。
ちなみに文頭でご婦人が出していた「手紙が届かない」というクレームだが、不着の調査で差出人にまでわざわざ確認をしたところ、「そもそも手紙を出していない」という結果に終わった。人騒がせなご婦人である。
『郵便屋が集めた奇談』は、読者から「こういう不思議で怖い話って好き」「けっこう背筋がゾクッとしたけど、めちゃくちゃおもしろい…!」と好評だ。日本のどこかの町でひっそりと起こっている“怪異”を覗き見してみよう。
取材協力:送達ねこ(@jinjanosandou)
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