ムーミンの物語に込められた価値観を、自然の中で体感できる場所がある。埼玉県飯能市にある「ムーミンバレーパーク」だ。運営するのは、フィンランドのMoomin Characters Ltd.とライセンス契約を結ぶ、株式会社ムーミン物語。2023年10月に代表取締役社長に就任した小幡匡志さんは、コロナ禍を経た今、あらためてパークの役割を問い直し、新たな挑戦を続けている。
キャラクターの魅力、IPとしての可能性、そして地域とのつながり。ムーミンバレーパークが目指す理想のテーマパーク像について、小幡さんに話を聞いた。
コロナ後の試行錯誤と、“ムーミンらしさ”を届ける場所
ーー社長に就任された当時の状況から今にいたるまで、振り返ってみるといかがですか?
【小幡匡志】1年半前に就任したときは、コロナが明けて少し経ったころでした。テーマパークという存在が当たり前でなくなっていたなかで、「この場所の価値ってなんだろう?」ということを、あらためて問い直すタイミングだったと思います。余暇の過ごし方が一気に多様化して、お客様のニーズも大きく変化していました。そうしたなかで、私たちが大事にする価値をちゃんと届けられているのか。お客様の声を丁寧に聞きながら、一つひとつ試行錯誤し、チャレンジを重ねてきました。
ーー少しずつ手応えも出てきたと?
【小幡匡志】最初から成果が見えるわけではなかったですが、時間をかけて「こういう方向性でいいのかもしれない」と思える感触が生まれてきました。実際に、少しずつ変化も感じています。
ーームーミンバレーパークが大切にしている世界観について、どう考えていますか?
【小幡匡志】ムーミンの物語には、冒険心や寛容さ、勇気、多様性を受け入れる姿勢、そして自然を大切にする心といった価値観が込められています。それをこのパークで、どうすれば感じてもらえるか。アトラクションだけでなく、装飾や空間の雰囲気、スタッフの接し方まで含めて、「この場所にいるとムーミンの物語の世界に包まれる」と思ってもらえるように意識しています。
ーー「北欧」というテーマの中でも、ムーミンは特別な存在なんですね。
【小幡匡志】北欧というと、どうしても少しふんわりしたイメージになりがちですが、そのなかでムーミンというブランドは、非常にわかりやすい軸を持っています。認知度も高いですし、「ムーミンがいるから飯能に行こう」と言ってもらえる存在。そういう意味で、この施設は地域を盛り上げる起爆剤にもなれると思っています。
ーーサービス精神旺盛なグリーティングだと感じましたが、そこにはどんな工夫や想いがあるのでしょう?
【小幡匡志】「とても平和なグリーティングですね」とよく言っていただきます。キャラクターとゲストの距離が近くて、しかも皆さんが譲り合いながら楽しんでいるんです。スタッフが作り込んだものではなく、お客さん同士の空気感が自然とそうなる。その雰囲気こそがムーミンらしさだと感じています。他のテーマパークとは違う、温もりのある交流がここにはあると思います。
キャラクターの力と、地域と共に歩むテーマパーク
ーームーミンというキャラクターの強みは、どこにあると感じていますか?
【小幡匡志】ムーミンって、すごく人間臭いんですよ。日常のなかにちょっとした冒険があったり、誰かとケンカしてまた仲直りしたり。物語を読んでいるうちに、気づくと「これ、今の自分の状況に似てるな」とか「このキャラクター、自分に似てるな」と思わせてくれる。それがムーミンの魅力だと思います。実際、私自身もこの仕事をするまではそれほど深く知らなかったんですが、読むたびに新たな発見があって、共感する場面がたくさんあるんです。ムーミンの物語のなかにある、日常のちょっとした冒険や、仲間との関わり、悩みや喜び、そういった一つひとつが、自分の暮らしと重なる瞬間がある。読者自身がそれぞれの視点で共感できるのが、ムーミンというキャラクター、作品の本当の魅力だと感じています。
ーー名言やフレーズがSNSなどでも話題になりますよね。
【小幡匡志】原作者トーベ・ヤンソンが、世の中への批評や自身の人生観を、あくまで自然に物語に落とし込んでいるんです。名言を狙って書いたというより、彼女の思想がそのまま言葉になっていて、それが時代を超えて共感されているのだと思います。
ーー地域との関わりについても詳しく聞かせてください。
【小幡匡志】もともと飯能には、トーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園があって、ムーミンと関わりのある土地だったんです。都心から1時間で自然豊かな環境に来られる立地も魅力的でしたが、何より「この地域全体で盛り上げよう」という空気があったことが大きかったですね。西武鉄道さんが駅を北欧風に整えてくれたり、市も一体となって盛り上げてくれたり。
ーーパークの建築にも地元の力が活かされているんですね。
【小幡匡志】建物には地元の西川材を2000本以上使っていて、施工も大手ではなく地元の工務店や建設会社が中心。融資も地域の信用金庫さん、地銀さんなど、すべて地域の金融機関に支えていただきました。ここは本当に、“地域の皆さんと一緒に作り上げたテーマパーク”なんです。
ーー自然との調和を大切にされている背景には、どんな考えがあるのでしょう?
【小幡匡志】ここは四季の移ろいがとても豊かで、それ自体が立派なコンテンツなんです。自然をどう活かしていけるかが大事で、花や植栽も我々にとっては大きな要素です。そうした自然の中で、どんな体験を届けるかを考えるとき、常に意識しているのはゲストの目線です。
私自身もそれを大切にしていますが、やはり現場で日々ゲストと接しているスタッフの感覚こそが重要です。ゲストが何を求め、何を感じたいと思っているのか。そうした声を受け取りながら、コンテンツづくりに活かしています。その人がそのときどう感じるかを意識しながら、さまざまなコンテンツを絶えず変化させていくようにしています。
自然と共鳴し、心に残る体験を。展望と理想のテーマパーク像
ーームーミンバレーパークの展望について教えてください。
【小幡匡志】いまは湖上の新しい活用にチャレンジしています。昨年、湖畔にテラスを設けて自然をより近くに感じてもらえるようにしたんですが、次は「湖の上そのもの」を楽しんでもらいたい。風や水の音、空の広がり…五感で自然を感じられる体験を常設化できないか模索しています。現在はナイトパスも販売し、シーズンごとに「湖上花火大会」も開催しています。水辺の体験はすでに少しずつ始まっていて、そこからさらに一歩踏み込みたい。ボートにとどまらず、湖上に滞在できる仕組みや空間設計など、新しい価値の創出に挑戦しているところです。
ーー小幡さんが考える理想のテーマパーク像について教えてください。
【小幡匡志】最終的には、「何もしないことが最大のコンテンツ」と言えるような場所にしたいと思っています。たとえば湖畔に座って、目を閉じて風の音や鳥のさえずりに耳を傾ける。それだけで、日常とは違う時間が流れる。この自然の中で、自分自身と向き合ったり、大切な人のことを思いやるような時間を過ごしてほしい。テーマパークと聞くと、大きなアトラクションや派手な演出を想像する方も多いと思いますが、私たちはそうではなく、もっと静かで余白のある体験を大切にしたいと考えています。
本当の意味で「心が動く体験」は、人によって違うものです。自然そのものを、人それぞれが持つ背景とともに受けとめて、自分自身を溶け込ませて楽しむ。そこには、明確な正解やゴールがあるわけではなく、“答えがあるようでない”というのがむしろ大切な要素だと思っています。ただ、それを実現するのは簡単なことではありません。「言うは易し」で、私自身、どこまでできているのかは常に自問しています。正直なところ、自分が退職するまでに完成するかどうかもわかりません(笑)。それでも、「心が動く体験がこの場所のコンテンツですね」とゲスト一人ひとりに言っていただけるようになるまで、突き詰めたいなと思います。
ーー最後に、これからムーミンバレーパークを訪れる方に向けて、メッセージをお願いします。
【小幡匡志】通年でシーズンごとにイベントを開催しています。ムーミンの世界観を感じられる空間で、自然と触れ合いながら、自分自身の気持ちや大切な誰かを思いやる時間を過ごしてほしい。そんな想いを込めて、私たちはこの場所をつくっています。ぜひ気軽に、楽しみに来てください。
ド派手なアトラクションがあるわけではない。だけど、ここには心をほぐす時間がある。ムーミンたちが大切にしてきた価値観と、そっと寄り添ってくれるような自然の風景。忙しい日々から少し離れて、静かで余白のある体験、心が動く体験をしたいと思ったら、ムーミンバレーパークを訪れてみてほしい。
取材・インタビュー=浅野祐介、取材・文=北村康行、撮影=藤巻祐介
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