家主と一緒に暮らす手のひらサイズのかわいい動物たちの日常を描いた「のこのこ うちのコ」。この作品を手掛けたのは、今や海外からも注目を集めているキャラクターデザイナー・いじまさおりさん。「のこのこ うちのコ」の魅力は見ているだけで癒やされるかわいさに加え、思わずクスッと笑ってしまうような、ちょっぴりシュールな視点があるところ。そんな自由気ままなキャラクターたちはどのように生まれたのか?いじまさんに創作のきっかけやキャラクターに込めた思いについて話を聞いた。
希望の仕事だったはずが…。挫折を経験したことで見えてきた自分が本当にやりたいこと
いじまさおりさんは、1991年生まれで静岡県浜松市の出身。大阪芸術大学の芸術学部キャラクター造形学科を卒業後、ファンシー文具メーカーで6年間デザイナーとして勤務。その後、SNSでイラストの投稿を始め、イラストレーターとしての活動をスタートさせた。だが、現在に至るまで、すべてが順調だったわけではないようで…。
――キャラクター制作に携わるようになった経緯やきっかけなどを教えてください。
大学在学中、就職活動を始めたころに漠然と「絵を描く仕事がしたい」とは考えていました。キャラクターが付いたペンをふと思い出し「あのようなかわいい文具を作る仕事がしたい」と思ったんです。その後、大学の先生に「こんな文具メーカーがあるから、受けてみたら?」と勧められ、ファンシー文具を扱う前職の会社を受けることにしました。
ご縁があってそのファンシー文具メーカーに入社し、小・中学生向けの文具デザインを担当することになりました。プロフィール帳や自由帳、鉛筆、消しゴムなど、カラフルでキラキラしたかわいらしい文具にオリジナルのキャラクターを描いていく、まさに自分の夢が叶った仕事でした。ところがそのころ、「アナと雪の女王」や「妖怪ウォッチ」など、大ヒットしたキャラクターの商品が大ブームに。業界全体が版権キャラクターを使った商品開発にシフトしていき、オリジナルキャラクターを作る機会がどんどん減ってしまったんです。
私自身、どうにか会社の方向性に合わせたデザインを続けていましたが、いつの間にか「自分は何を描きたいのか」がわからなくなってしまって…。商品分析を重視する会社だったこともあり、自分のエッセンスがどんどん削ぎ落とされていくように感じ、次第に苦しくなってしまいました。そして、「自分の本当の気持ちを無視し続けるのはもう限界」と思い、退職を決意しました。
――それはたいへんでしたね…。でもそこからどのように、再びキャラクター作りがスタートしたのですか?
退職後は、しばらく自分の時間をゆっくり過ごしていましたが、時間が経つにつれて「やっぱり絵が描きたい」という気持ちがどんどん湧き上がってきて、SNSにイラストを投稿し始めました。そうしているうちに、自分のタッチが徐々に確立されていったんです。やがて、「オリジナルキャラクターをまた作りたい」という気持ちが強くなり、そこで生まれたのが「ポテト」というキャラクターでした。でも、ポテトがSNSで注目されたときに、ある既存キャラクターに似ていると指摘され、泣く泣く封印することに。
この出来事をきっかけに、改めてキャラクターについて深く見つめ直しました。20年、30年と長く愛され続けている人気キャラクターをピックアップして、徹底的に分析・検証するうちに、「子どもでも描けるような、シンプルでわかりやすいキャラクターを作りたい」という気持ちに。とにかくシンプルさを大切にして、“顔だけでも勝負できる強さ”を意識し、キャラクター作りに再び取り組むようになりました。
ついに「のこのこ うちのコ」が誕生!キャラクターたちに込めた思いとは?
最近のキャラクターには、ちょっぴり不憫だったり、かわいそうだけどかわいかったり、そんな要素を持つものが多いと感じていたいじまさん。「でも私は、もっとポジティブで前向きなキャラクターを描きたかったんです。自分自身も楽しく描けて、例えば、ちょっとつらい夜にそばにいてくれるような、心がふっと軽くなる存在を作りたいと思いました」。その結果、手のひらに乗るほどの大きさで、勝手に家に住みついて暮らしている“ふくの神”「のこのこ うちのコ」が生まれることとなった。
――「のこのこ うちのコ」に登場するのは、どんなキャラクターたちですか?
「マフィン」(犬)
「大好きな犬をキャラクターにした、前身『ポテト』を進化させた存在が『マフィン』です。首に巻いているふろしきには、春は鼻炎薬、梅雨の時期は頭痛薬といった具合に、季節に合わせた“おくすり”が入っているんです。マフィンはとても忠実な性格で、“家主の役に立ちたい”という優しさを持っています」
「ととん」(シロクマ)
「モデルは私の父。太い眉毛がそっくりです(笑)。ととんはとにかくのんびり屋で、必要なときにしか動かないズボラさが魅力。趣味は500円玉集め…ですが、父は実際には集めていません!(笑)」
「ぽんず」(ビーバー)
「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を意識した“丁寧な暮らし”に憧れているけれど、ちょっとズボラな性格。実は私自身に似ているところがあるんです。モノはすぐ散らかしてしまうし、新しいことにはすぐ飛びつくけど、長続きしないとか…(笑)。説明書を読まずに感覚で組み立てちゃうところはそっくりですね」
「すんちゃん」(モグラ)
「感情をあまり表に出さない、左利きで手先がとても器用なモグラ。メガネを外すのをとても恥ずかしがります。“すん”とした無表情からこの名前がつきました。実は、三姉妹の末っ子である私の妹がモデル。小さいころ、外出先で絶対にメガネを外さなかった姿がとても印象に残っていて、そんなシャイさをとりいれました」
「コルク」(子猫)
「『うちのコ』の中で一番最後に生まれたキャラクターが『コルク』です。元気で甘えん坊な、明るい末っ子タイプ。誰かと誰かの間に挟まっていたい性格は、私のもう1人の妹と、実は母にも似ているんですよ。とにかく『かまって~!』という感じが愛らしいキャラクターです」
――どのキャラクターも“かわいい”が満載ですね。制作の過程で壁にぶつかったことや、印象に残っているエピソードなどはありますか?
キャラクターが誕生するまでは、とてもスムーズでした。自分自身や家族をモチーフにしていたこともあって、描いていてとにかく楽しかったんです。うちの家族はケンカも多いけれど仲がよくて、その空気感がキャラクターにも自然と反映されているのかもしれません。
ただ、SNSでの投稿を始めてから、フォロワー数の伸び悩みという壁にぶつかりました。なかなか反響が得られず、自信をなくしてしまって…。自分でも「納得のいく絵が描けていないな」と感じていた時期でもありました。そんなとき、ソニー・クリエイティブプロダクツのプロデューサー・田中さんが「絶対に人気になると信じています!」と、いつも温かい声をかけてくださって。その応援が本当に心強かったです。もちろん夫をはじめ、家族もずっと見守りながら応援してくれていました。
そんなふうに、周囲の励ましに支えられながら投稿を続けているうちに、少しずつ反応も増えていきました。でも、フォロワー数がずっと8000人台で止まっていた時期は、正直長かったですね。それでも、「何か1つでもバズれば、ほかの作品にも目を向けてもらえるかもしれない」と信じてコツコツ投稿を続けていました。そして、Instagramにあるリール動画をアップした時に、フォロワー数が一気に1万2000人まで増えたんです(「お仕事…行ってしまうのですか…?」というコメント付きで投稿されたインスタグラムのリール動画は、現在271万回以上再生)。本当に、“継続は力なり”だと実感しています。自分のタイミングを信じて進んできたからこそ、今に繋がっているのだと思います。
――ご自身の創作において、特に影響を受けた事柄や体験はありますか?
やはり、前職のファンシー文具メーカーでの経験がとても大きかったと感じています。あの時の経験が、今の創作活動にも本当に生きているんです。特に、「自分がよいと思うキャラクター」と「相手(お客様)がよいと思うキャラクター」のバランスを取れるようになったのは、前職でその考え方をしっかり学ばせてもらったからこそです。ほんの少しの表情の違いや、手の位置、しぐさ1つでキャラクターの印象が大きく変わるということなど、細かな部分にも注意を払うことの大切さを現場で実感しました。
また、当時は版権キャラクターを扱う仕事もしていたので、キャラクターをどう守っていくか、グッズ化された際のレイアウトや見せ方なども含めて、今の仕事に直結する知識やスキルをたくさん学べた、とても大切な時間だったなと思います。今手掛けているグッズ制作の際にも「このデザインならこう展開できる」と具体的に考えられるのは、あの経験のおかげです。自由になった今だからこそ、当時学んだことの価値がよくわかりますし、本当にありがたかったなと、しみじみ思います。
誰かの人生にそっと寄り添い続ける、長く長く愛されるキャラクターを目指して
2025年4月、世界各国・地域からさまざまなコンテンツを有するライセンサーが出店する「香港国際ライセンシングショー」にも、「のこのこ うちのコ」はブースを出展し、海外からも注目を浴びた。「正直、海外ウケを狙っていたわけではなかったので、今回たくさんの商談に結び付いたことはとてもうれしかったです。思いがけず多くの方に興味を持っていただき、反応のよさを実感しました」と、驚きを語ってくれたいじまさん。
――これから「のこのこうちのコ」をどのように育てていきたいですか?
たくさんの人のそばで、長く愛されるキャラクターになってほしいと思っています。私の夢のひとつは、「30年、40年前に買った“うちのコ”のぬいぐるみを今でも大切に持っています」と言ってもらえること。ずっとそばに置いてもらい、人生の一部として一緒に歩んでいけるようなキャラクターになれたらうれしいです。リラックマやみかんぼうやのように、誰からも愛される存在になってほしいですね。
――今後の活動について、挑戦してみたいことや目標があれば教えてください。
「のこのこ うちのコ」のキャラクター全員のLINEスタンプをリリースしたいと考えています。また、7月に開催される国際的なアートイベント「デザインフェスタ」では、新しいグッズを発表できたらうれしい。これからも、一つひとつの作品を大切に制作しながら、フォロワーも増やしていきたいです。さらに、線画にも挑戦してみたいですね!
2025年7月17日(木)には、いじまさんが愛してやまない“柴犬”をメインキャラクターにした絵本『ムクとブーのスーパーマーケット』(PHP研究所)が刊行されるという。「柴犬の『ムク』と、自信満々なお化けのキャラクター『ブー』が登場するお話です。ムクとブーがスーパーマーケットで買い物をする様子を描いているのですが、買い物中はもちろん、帰り道でもさまざまなハプニングが起こります。また、スーパーにはたくさんの商品があるので、“探し絵本”のような仕掛けも取り入れました。読み手のお子さんが、『あれはどこにあるかな?』と探しながら読み進められる内容になっているので、ぜひ楽しんでいただけたらうれしいです」とメッセージを寄せてくれた。
誰にとっても、まるで“うちの子”のような愛着が生まれるのが魅力の「のこのこ うちのコ」。毎日の暮らしや日常の延長にいるような、そばにいてほっとできる癒やし的存在のうちのコたちの、今後の活躍に注目だ。
取材・文=近藤鈴佳、水島彩恵
撮影=島本絵梨佳
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