伝説のカルト映画『追悼のざわめき』の松井良彦監督による18年ぶりの新作『こんな事があった』が、2025年9月13日(土)より新宿K's cinemaほか全国順次公開される。前田旺志郎さん、窪塚愛流さん、井浦新さんら実力派俳優が集結し、東日本大震災から10年後の福島を舞台に、離散した家族と青春を奪われた若者たちの姿を描く。
母は被曝死、父は除染作業員――17歳の少年が抱える“行き場のない怒り”の行方は?
物語の舞台は2021年夏の福島。17歳のアキラ(前田旺志郎)は、母親を原発事故の被曝で亡くし、罪の意識に苛まれる父親は除染作業員として家を離れ、家族はバラバラに。アキラを心配する友人の真一(窪塚愛流)も、震災後のPTSDを抱えた母親と、彼女をどうすることもできない父親・篤人(井浦新)との関係に悩み、深い孤独を抱えていた。
予告編の「ひどい、ひどい10年だった」というアキラのセリフが、彼らの失われた時間を物語る。ある日、アキラはサーフショップを営む小池ミツオ(柏原収史)らと出会い、閉ざしていた心を徐々に開いていく。以前と違う様⼦のアキラに真⼀も「あいつ、⾒つけたんですよ、何かを」と安堵する。
ところが⼀変、不穏な⾳楽と「被曝許容量を超えた。私の仕事は終わった。私も終わった」というアキラの声とともに、癒えることのない傷痕と⾏き場のない怒りを抱え、苦しみもがく⼈々の姿が次々と映し出されていく。そして、「あいつらに仕返し…」と呟き⼀点を⾒据えるアキラの姿で幕を閉じる。
「ゴーストタウンをこの目で見て…」前田旺志郎が福島で体感した“現実”
主演の前田旺志郎さんは、役作りのため福島を訪れた際の衝撃を忘れられないという。「バリケードで入れない場所や、建物がそのまま残っているゴーストタウン等をこの目で見て衝撃を受けました。正直なところ今の福島がどのような状態になっているのか僕自身知りませんでした」
同じ日本で生まれ育った人たちが今も苦しんでいる現実。前田さんは続ける。「到底、当事者の方たちに及びませんが、僕はこの作品を通してその痛みを、どこにぶつけたらよいかわからない怒りを少し体感しました」
窪塚愛流さんにとっても、震災の記憶は鮮明だ。「当時のことは自分でもとてもよく覚えていて、悲しい出来事だったり、憎しみの感情を呼び起こすことだけど、松井監督は、そういうことだけではなく、あの出来事を、これだけは知っておいてほしいという意味で、映画を通して僕に教えてくれました」
18年の沈黙を破った松井良彦監督が今、伝えたいこと
松井良彦監督といえば、1988年公開の『追悼のざわめき』が海外の映画祭で上映禁止となるなど、今なお伝説として語り継がれる存在。寡作ながら、一作一作に魂を込める監督が、前作『どこに行くの?』(2007年)から18年ぶりに新作を世に送り出した。18年という長い沈黙を破って、なぜ震災と原発事故をテーマに選んだのか。そこには監督の強い思いがあった。
「私には、今もずっと思い続けていることがあります。それは、今現在も福島だけでなく日本自体が、原子力緊急事態宣言のもとにあるということです。つまり、まだ何も終わっていないのです。にもかかわらず、ほとんどの日本人の記憶の中で原発事故は、希薄なものとなっています。これはとても危ないことであり、決してそうであってはならないことなのです」
震災から14年が経過し、日本は前へ進んでいるように見える。しかし本当にそうだろうか。K's cinemaの番組編成を務める家田祐明さんが、本作へ寄せたコメントが胸に突き刺さる。
「異形の花を摘んだ少年がそこにいる。その花を眺め、何を思うのか。差別のない美しい国作りに余念のない人間どもめ。“こんな事があった”ことを彼方に追いやり、笑顔を振りまきながらせせら笑い、善意の面を下げ、異形の花を踏みにじるお前たちに、『こんな事があった』は、鉄槌をかましてくれよう」
忘れることは、なかったことにすることではない。今もまだ震災、原発の被害に苦しんでいる人がいる。その事実に目を向け、考え続けることでしか、本当の未来は築けない。松井監督は「そんな今、この現状だからこそ、一人でも多くの皆さんに本作を観て、考えていただきたいと思います」と訴える。
映画『こんな事があった』概要
前田旺志郎 窪塚愛流
柏原収史 / 八杉泰雅 金定和沙 里内伽奈 / 大島葉子 山本宗介 / 波岡一喜 近藤芳正
井浦 新
監督・脚本:松井良彦
企画・製作:松井良彦 プロデューサー:窪田将治 江守徹 ラインプロデューサー:宮下昇
撮影監督:髙間賢治(JSC) 照明:上保正道 録音:浦田和治 藤本賢一 美術:畠山和久
美術(福島班):山本伸樹 特殊造型:松井祐一 ヘアメイク:東なつみ スタイリスト:森内陽子
助監督:山口雄也 YAMAOKA 音楽:菅沼重雄 編集:藍河兼一
制作プロダクション:フェイスエンタテインメント 制作協力:ふればり
配給・宣伝:イーチタイム
2025年/日本/モノクロ/130分
(C)松井良彦/ Yoshihiko Matsui
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