シェイクスピア全37作品の上演を目標に掲げたシリーズで、5作品を残して逝った演出家・蜷川幸雄。昨年、長く舞台を共にしてきた吉田鋼太郎が、その5作品を演出する2代目彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督に就任した。主演も兼ねる第1弾は、日本ではめったに上演されないシェイクスピアの“問題劇”だ。
舞台はギリシャ・アテネ。貴族のタイモンは執事の助言、哲学者の皮肉を無視し、誰にでも気前よく金品を与え、破産。友人たちが自分の金目当てだったとわかり、人間不信に陥る。引きこもった森で、タイモンは大金を掘り当てるが…。
蜷川演出のシェイクスピア・シリーズで吉田とともに重要な役を演じてきた、藤原竜也、横田栄司らに加え、若手実力派の柿澤勇人がシリーズに初参加する。舞台と同じパワフルさ全開で会見に臨んだ吉田。蜷川からバトンを引き継ぐ責任とその思いが強く熱く感じられた。たまに関西弁が混じる口調は、住吉区長居で過ごした子供時代と関西出身の奥さんの影響のよう。会見のまとめと個別取材を紹介する。
まずは会見からレポート。
【意気込み】
「今も蜷川さんの作品を楽しみにしてくださっているお客様もたくさんいらっしゃいますので、蜷川さんとずっとお芝居をやらせていただいた僕が、非常に非力ですが、蜷川さんの魂を受け継いでお客様にお見せしようと思っております。ほんとに責任重大です、はい」
【作品について】
「シェイクスピア・シリーズで蜷川さんが残した5本はなかなか難物が多くて。特にこの『アテネのタイモン』は、ほぼ日本で上演されたことがない作品なんです。いわゆる悲劇、喜劇、歴史劇というジャンルのなかで、これは問題劇と言われていて「尺には尺を」とか「終わりよければすべてよし」と一緒にされることがよくあります。シェイクスピアが、書きたい放題、筆の赴くままに書きなぐった感がある作品で、非常にダイナミックなんですね。細かい矛盾とか疑問とか何か所かあるんですけども、それはシェイクスピアに時々あることで、それを補ってあまりあるダイナミックさがあり、実際上演してみると非常におもしろい作品です。
前半は非常に明るい華やかな世界で、友人たちと好意と善意で付き合っていたタイモンが、無一文になって、後半には恨みと憎しみと憎悪と呪いで死んでいくという、極端な話なんです(笑)。最後も投げっぱなし(笑)。でも逆に、投げっぱなしにされたお客様がなにを感じるか、ちょっと楽しみなところも。今回上演し終ると、いつまたやるかわからない作品なので、ぜひこの機会に観ていただきたいなと思っております」
【藤原竜也・柿澤勇人について】
「僕は藤原君のことをシェイクスピア、あるいはギリシャ悲劇など古典をやる俳優として、大変評価しているところがあります。今度の役は哲学者という役名ですけれど、とにかく毒を吐き散らす男の役で、ピッタリなんです(笑)。それから、ずっと蜷川さんのもとで一緒にお芝居をやって来た仲間なので、彼がいてくれると僕は非常に心強い。横田(栄司)君にも同じことが言えます。
柿澤君は蜷川さんととても芝居をやりたがっていて、結局実現しないまま亡くなられてすごく残念がっていたんです。「デスノート」で一緒になった時、すごくストレートな、しかもものすごいエネルギーのある俳優さんだなと思って。ちょっと怖いぐらいのパワーを持ってる。これ、シェイクスピアにぴったりなんですよね。彼もやりたいという希望があったので、じゃぜひということで。今回もすごく猪突猛進型の軍人の役。それがもう彼にピッタリ」
【シェイクスピア作品の魅力】
「普遍的ですよね。600年前の芝居なのに、今やってもなにも古くない。シェイクスピアが描いた登場人物の気持ちと、今の人たちの気持ちはなにも変わらない。しかもそれがとても大きくダイナミックに、感情の火柱がすごく太く書いてあるので、わかりやすいですよね。
で、役者にとってはとてもハードルが高いんです。セリフは多い、難しい、大きな声を出さないと成立しないシーンもたくさんある、体も使わなきゃいけない。なるべくなら避けて通りたい作家なんだけども、でもいざやってみると、大変な分、演り終えたあとの達成感、それからシェイクスピアをやったことによって成長したのではないかと必ず思えるんですね。そういう意味では俳優にとっても、お客様にとっても、あり得ないような優れた本だと思います」
【メッセージ】
「蜷川さんのお芝居のファンの方ももちろん、蜷川さんのお芝居を観たことがないという方にも観ていただきたいです。シェイクスピアというと、敷居が高い、難しいというイメージを持っていらっしゃる方も多いかと思うんですけども、決してそんなことはなくて。蜷川さんも一生懸命、そうじゃないんだよと努力をしてらっしゃいました。例えば、小栗 旬君や松本 潤君に出てもらって、彼らを観に来るという目的でいいから、とにかく1回来てくれと。そうしたらシェイクスピアがおもしろいとわかってもらえるからと。
ほんとにその通りで、決して難しい、わかりにくいものでもなく、むしろドキドキワクワク、そして観終ったあとは、これからもぜひ観たいなと思っていただける作品になると思います。僕らは、いいお芝居というのは一生の宝物になると思ってやらせてもらっています。心にずっと残るもの。特にシェイクスピアは、いいお芝居ですので、この機会にそれを確かめていただければと思います。非常にエンターテインメント性のある、おもしろい芝居です。藤原竜也くんもたくさんしゃべってます。ぜひ、観に来てください!」
続いて、個別取材でのインタビューを。
Q:テレビ出演が増えて、変わったことは?
「取り巻く環境はだいぶ変わりましたね。いろんなところで声をかけていただきます。それは大変うれしいです。そして、たくさんの方が見ていらっしゃるので、プライベートでも、あまりヘンなことも言えなくなり、ヘンなこともできなくなり、ということになってますね(笑)」
Q:若い女の子からもキャーキャー言われるようになり…
「それはちょっと抵抗がありますね。それはおかしいもん(笑)。年配のファンの方々とは、割とすんなり溶け込めます。おばちゃんらとは、親近感があるので。若い子は戸惑います」
Q:大阪の印象は?
「懐かしい感じがします、やっぱり。空気感も人も。子供のころ、御堂筋線の長居駅の近くに住んでたんですけど、歯の矯正をしていて、1週間に1回、淀屋橋で降りて、阪大病院に通ってたんです。あの辺の空気感がすごく懐かしい。今歩いてもあんまり変わらないから、淀屋橋あたりへ行くと大阪に帰って来たなぁと感じます。僕が住んでた長居は、田んぼとか畑ばっかりだったんで、今行ったらまったく面影がない。逆に全く変わっていない中之島辺りや日銀とか、あの辺が懐かしい感じがしますね」
Q:今後やりたい役は?
「シェイクスピアでは年相応になって来たんで『リア王』とかはやりたいですね。あと、テレビでも映画でもいいんですけど、時代劇もやりたいです。今、減ってきてるんでね、時代劇が。今の子も着物が似合わない美しい体形になってるんですよね。だから、なんか時代劇を見てても落ち着かない感じ。多分、僕らの世代ぐらいまででしょ、日本人体形なのは(笑)。辻 萬長さんとか、木場勝己さんとか、そういうオジさんたちがまだ元気なうちに、本格的な時代劇をやってみたい。僕、武田信玄が好きなんで、ぜひやりたいと思っています」
【関西ウォーカー編集部/ライター高橋晴代】
高橋晴代