音のある世界とない世界をつなぐものとは?スターバックスのパートナーが語ったこと

東京ウォーカー(全国版)

2025年7月上旬、ANAグループの総合トレーニングセンターANA Blue Baseにて開催された「第20回 心のバリアフリーセミナー」に、スターバックスのパートナー(従業員)が講師として招かれ、「共感で 紡ぐ人とのつながり」〜誰もが居心地よく過ごせるために~をテーマに登壇した。


ANAグループでは共生社会の実現に向けて、さまざまな心身の特性や考え方を持つすべての人々が相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合えることを目指して、2015年から「心のバリアフリーセミナー」を開催している。今年11月15日(土)から、日本で初めて開催される「東京2025デフリンピック」を見据えて、今回のセミナーに招かれたのは、東京・渋谷にある店舗から佐藤八寿子さん・優瞳さん親子と、nonowa国立店元ストアマネージャーの田中さんの3名。セミナーの参加者は、会場とオンラインを合わせた約200名のANAグループ社員。その様子をお届けする。

不便はある、でも不幸ではない

スターバックスでは、役割や年齢、障がいの有無、性別、個人の価値観にとらわれず、個々を象徴する文化から、一緒に働く仲間を「パートナー」と呼ぶ。全国のパートナー約6万人のうち、聴覚に障がいのあるパートナーも、日々、店舗で活躍。ともに聴覚障がいのある八寿子さん・優瞳さん親子は、4年ほど前からバリスタとして働いている。

会場からの拍手と共に、穏やかな表情で登壇した八寿子さん。聴覚障がいのある両親のもとに生まれた八寿子さんは、「生まれながらの、ろう者です。音のない世界で育ってきました。ろう者であることは、不便はありますが、不幸ではありません」と、日常の生活について語り始めた。

「不便とは、例えば電車が止まった時、あるいは突然会議が始まる時など、緊急に何かあった時です。今、何が起こっているのか、知るのに時間がかかるんですね。生活面においては、普通に生活できています」

佐藤八寿子さん


しかし、聴覚障がいのある人に対する理解が進んでいないと感じることもあるそうだ。

「スターバックスに入社する以前、社員寮生活をしていた時のことです。買い出し当番に行こうとすると、『聞こえないから一人で行くのは危ない』と言われたことがあります。聞こえないからできないと考えるのは、ろう者に接する機会が少なく、ろう文化への理解がまだ深まっていないのかもしれません」

過剰な気遣いは必要なく、気軽に普通のやり取りをしてほしい。八寿子さんはセミナーを通してそう伝えていた。

ろう者は、「手話」という異なる言語を使う人

八寿子さんの言う「ろう文化」は、聞こえないことを障がいではなく文化としてとらえると、その世界観が見えてくる。八寿子さんは、音のない世界で、手話で会話し、視覚的に情報をとらえ、視線などを活用したコミュニケーションをとる文化の中で暮らしてきた。それは、八寿子さんにとって当たり前のこと。聞こえる人が音のある世界で暮らしてきたのと同様に、特別なことではないのだ。

それは、言語についても同様だ。八寿子さんの母語は、日本手話。「聴者が日本語を使うように、ろう者も手話を自然と使っています」と八寿子さん。

日本の手話にも「日本手話」と「日本語対応手話」があり、八寿子さんが母語とする日本手話は、日常生活や文化の中で自然にはぐくまれてきた手話。日本語対応手話は、日本語の語順に合わせた手話だ。

今年6月、国会で「手話施策推進法」が施行され「やっと国に、手話が言語であると認められ、うれしく思っています」と笑顔を見せた。


「日本手話にも、 “眉上げ”や“うなずく”といった動きが文法に使われるなど、日本語と同じように体系があります。また、聴覚障がいのある人の中でも聞こえなくなった時期や聞こえの程度、通ってきた学校などによって手話への触れ方や使い方がさまざまです。こうした背景の違いがあることを知っていただけたらうれしく思います」

聞こえる聞こえないにかかわらず、一人ひとりが歩んできた道が豊かな多様性を生み出している。

互いを思いやるコミュニケーション

しかし、手話が使えない聴者はどうコミュニケーションをとったらいいんだろう…と臆病になるかもしれないが、八寿子さんは、気負わず、柔軟なコミュニケーションをとってもらえたらうれしいと語る。

「手話は、目で見る言語です。ろう者は視覚を通して情報を集めるので、手話がなくても、筆談や身振りなどを含めた柔軟なコミュニケーションができると、互いに安心して話せると思います。もちろん手話も使っていただけたらうれしいです」

日本語、英語、フランス語…世界には多くの言語があるが、誰もがそれらを流ちょうに使えるわけではない。そんなことを心に留めて、多様な背景を持つ人に寄り添ったコミュニケーションを心掛けたい。例えば、優瞳さんは、うれしかった出来事としてこのように語った。

「カフェで、耳が聞こえないことを伝えると、スタッフさんが席までドリンクやレシートを持ってきてくれ、“ゆっくり楽しんでくださいね”とメッセージが書いてありました。そうした心配りがとてもうれしかったです」

優瞳さん


聴者である田中さんも、聴覚障がいのある友人と出かけた時のことを振り返る。

「スマホのメモ機能でスタッフさんに質問を見せると、スマホの端末に打って答えてくれました。私が通訳に入っても、しっかりと友人を主語にコミュニケーションをとってくれたことがうれしく、対等に、丁寧に向き合ってくれた姿勢に心が温かくなりました」

手話ができなくても、お互いを思いやる行動で気持ちを伝え合えば、心地よい瞬間が生み出されているのだ。

スターバックス コーヒー nonowa国立店の元ストアマネージャー・田中さん


3人の話が終わると、会場の人たちはみな、両手を挙げ、ひらひらと揺らすように動かしていた。これは、拍手を表す手話だ。八寿子さんたちの想いが、少しでも届けられた証なのかもしれない。

「NO FILTER」。これは、スターバックスのインクルージョン&ダイバーシティのメッセージ。先入観や思い込み、偏見を持たず、すべての人をありのままに受け入れ、一人ひとりが自分らしくいられるようにという想いが込められているという。小さな気づきの中に、未来へのヒントがあるのかもしれない。

※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

注目情報