GT-R一色で大盛り上がり!20周年記念の「NISMO FESTIVAL」開催

2017年11月28日 13:14更新

横浜ウォーカー

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一年間ニッサンモータースポーツ活動を支えたファンへの感謝祭「NISMO FESTIVAL at FUJI SPEEDWAY」が、11月26日、富士スピードウェイにて行われ、多くのモータースポーツファンでにぎわいをみせた。「NISMO FESTIVAL at FUJI SPEEDWAY」は、メーカー主催によるモータースポーツファン感謝祭のはしりと言われ、今回で20回目。記念すべき大会となった。

GT-Rに関わったドライバーが大集合!

快晴で暖かい陽気となったこの日の富士スピードウェイには、朝7時ごろから熱心なファンが多く来場。オープニングのステージイベントには、2017年戦った日産系の選手と監督が一堂に会した。

選手を代表してニッサンのエース、松田次生選手が登壇。

「今年の前半は本当に苦戦し、長いトンネルに入っていました。ですが、メカニックの懸命な努力と皆様の声援で、最終戦でポール・トゥ・ウィンを飾ることができました。来年はこの場で、ファンの皆様にチャンピオンの報告ができるよう頑張りたいと思います」と力強く挨拶。会場は暖かい拍手で包まれた。

20回目を迎える今回は、過去の日産を支えたゲストドライバーとして、高橋国光氏、土屋圭市氏、エリック・コマス氏、萩原修氏が参加。

10時30分頃から行われたトークショーでは、星野一義氏や長谷見昌弘氏と共に、懐かしい話がいくつも飛び出し、大いに盛り上がった。

また、現在SUPER GTやスーパー耐久のチームを率いるタレントの近藤真彦氏が、20年前のレーシングスーツを来て登場。「20年前のスーツだけれど、着れたんですよ。すごくないですか?ちょっと年のせいかおなかまわりはキツイけれどね」と冗談を交え会場を沸かせていた。

モータースポーツの歴史に輝く「GT-R」の名を肌で感じる

今回のNISMO FESTIVALは、「GT-R」に絞ったコンテンツが多数用意。特に14時30分ごろから行われた「RACING GT-R HERITAGE RUN」では、長谷見昌弘氏がハコスカGT-R、

高橋国光氏がケンメリGT-R、

土屋圭市氏がGr.A時代の「STP TAISAN GT-R」、

近藤真彦氏が1995年のル・マン24時間レースに参戦した「NISMO GT-R LM」、

エリック・コマス氏が1999年のJGTC参戦マシン「PENNZOIL NISMO GT-R」(R34)、

のハンドルを握りデモンストレーション・ランを実施。ファンの歓声を浴びていた。

また、SUPER GTシリーズやスーパー耐久、ブランパン耐久シリーズで活躍するGT-R、フェアレディZ(Z34)によるレース「NISMO GT」も開催。

手に汗握るバトルは、GT500に参戦する「MOTUL AUTECH GT-R」がポール・トゥ・ウィンを飾り、エースの貫禄をみせつけた。

レーシングカーがバスの真横を走る!体験イベントも盛りだくさん

レースやデモンストレーション走行以外にもさまざまな体験イベントが行われた。

会場ではほかにも注目コンテンツが多数用意されていた。バスでコースをはしり、その横をレーシングカーが走り抜ける人気の「サーキットサファリ」は、間近に走るレーシングカーに子供たちは大興奮!

チーム監督やNISMO松村COOによる裏話などと相まって、参加者の笑顔が印象的であった。

ステージでは、レースクイーンのステージのほか、ロック・バンド「モノクローム」による迫力の生演奏も開催。

パドックでは協賛各社による車両展示やグッズ販売も行われ、アウトレット価格で販売しているもの等は、開場早々に売り切れるものもあった。

R32のレストアサービスに注目!

パドックの出展ブースで注目を集めていたのは「NISMOヘリテージ」コーナー。

これは1994年11月に生産完了したスカイラインGT-R(R32)の補修パーツを2017年12月1日より再生産・販売するというもの。ゴム製部品のほか、電装系パーツ、マニュアルやエンブレムなどが予定されている。

展示スペースではGT-Rユーザーはもちろんのこと、これから憧れのGT-Rに乗りたい人も含めて、多くの愛好家が係員に対して「アレを作って欲しい」「いくらぐらいかかるのか?」などの質問をしていた。また、今後R33やR34にも実施していく予定とのこと。愛車を長く乗るためのサポートサービスに注目していきたい。

NISMO片桐社長「日産ファンの熱い応援に感謝」

イベントフィナーレでは、歴代のレーシングカーが並ぶ中、ニッサン・モータースポーツ・インターナショナルの片桐社長が挨拶。「SUPER GTの500クラスは、シーズン開始当初は他社と比べても競争力が劣っておりました。そのような中でも各チームスタッフが懸命な努力を尽くし、レース毎に競争力を改善し、その結果GT-R勢で年間合計4回表彰台に上がることができました。そして23号車においては、最終戦までチャンピオン争いを繰り広げてくれました。残念ながらチャンピオンを獲ることができませんでしたが、最終戦ではポール・トゥ・ウィンを獲得してくれました。苦しい中で最後来年に繋がる結果を残せたのも、日産応援団を始めとした日産ファンの熱い応援があったからです。本当に感謝します。ありがとうございました。」と挨拶。来年への雪辱を誓った。

GT-Rをテーマに20回目を迎えた「NISMO FESTIVAL」。「GT-R」というブランドが多くのファンによって愛されているのを実感するとともに、期待の大きさ、ブランドの重みを感じる一日であった。来年の「NISMO FESTIVAL」の開催が楽しみであると同時に、今後のGT-Rの進化・発展にも注目だ。【横浜ウォーカー】

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