出版各社が続々と本を“無料で全文公開”!ヒットを生む新たな手法に

東京ウォーカー(全国版)

「最新刊の本が無料で全文読める、それもWEB上で」。こんなことが現実に起きているって、信じられるだろうか。iPadやキンドルなどの端末の発売で電子書籍が普及の兆しを見せるが、それに対抗するかのように“本を売る”販促手段の一つとして、発売前の書籍の全文公開を、各出版社が相次いで導入しているのだ。

そもそもの発端は、NHK出版が09年に実施した「フリー <無料>からお金を生み出す新戦略」(クリス・アンダーソン著・1890円)の全編無料公開キャンペーンだ。1万人限定で発売前にPC上で本文全編が無料閲覧できた。宣伝部の木村さんによると「本の内容が“フリー(無料)のビジネスへの活かし方”だったのでそれを実践した」と言い、本書が本国アメリカでの発売時に同様の販促を行っていたこともそれを後押しした。ただし書店などへの配慮から期間や人数の制限、プリントアウトの禁止を設定。もちろん発売前のダウンロードは“1万部売り上げが落ちるのではないか”という懸念もあったと言う。

しかし、当初の心配をよそに、実際の成果は「期間は12日間設定したのですが、ダウンロード数は43時間で1万人に達するほどの反響でした。本自体の売れ行きも9刷16万部と好調です」と言う。このキャンペーンがツイッターやブログなどで取り上げられ、ネット書店アマゾンでの売り上げにつながった。そこからマスコミに取り上げられて実世界でも広く知られ、書店での販売も伸びたのだろうと木村さんは分析する。

このようにクチコミで確実な販促効果を得て大成功したNHK出版。またクチコミだけでなく、無料公開で読んで本に興味を持った人、やはりPCでは読みにくいという人なども購買意欲を掻き立てられたのではないだろうか。そしてこれに続けとばかりに、今年に入って立て続けに出版社が全文公開に踏み切っている。

インプレスジャパンは、「できるポケット+ クラウドコンピューティング」(小林祐一郎&できるシリーズ編集部著・819円)を、PDFで発売前の2月8日〜15日の1週間公開。その理由を「WEBで話題のキーワードを扱った本だったから」と、編集担当の小渕さん。同社の会員登録が前提ながらも3000件以上があり、すでに重版が決定するなど本自体の初動も好調だと言う。

そして2月26日から文芸春秋、3月1日から角川書店と、大手2社が無料の全文公開を開始した。角川書店は3月10日(水)発売の「クラウド時代と<クール革命>」(角川歴彦著・740円)を発売日の11:00まで公開。登録などは必要なく、誰でも閲覧できる仕組みになっている。「全文無料掲載が目的ではなく、あくまで話題性を生むための手段。事実、現在リンク元としてツイッターが10〜15%を占めます」と販売部の菊地さんは言う。ネットを題材にした書籍なら話題になりやすいとの考えが当たったのか、3月4日現在のアクセス数は約2万だ。

一方で、文藝春秋は他社とは異なり、発売後の本をPDFで配布している。昨年10月に発売し、6刷2万9000部を売り上げている「生命保険のカラクリ」(岩瀬大輔著・819円)だ。配布は4月15日(木)までと期間が長く、人数制限がないうえに印刷も可能。これは前出「フリー」のアメリカでの全文公開を知っていた著者の、生活に密着した情報を紹介している自著でも実施したいという強い意向で実現した。3月4日の時点で約3万件のダウンロードがあり、ツイッターやブログでの反響も大きいという。販売部数への影響は現時点では不明としながらも「著者がネット生保の運営者なので、ネットの世界で知られた人物であることが反響の理由だと思う。この本の存在を、より多くの人に知ってもらえたのではないか」と飯窪編集長。

ネットの普及で揺れる出版業界が編み出した、新たな販促方法「無料の全文公開」。ただし、どの出版社も重要なこととして口をそろえるのが“本との相性”だ。やみくもに何でも全文公開するのではなく、“ネットに強い題材”“ネットに強い著者”など、ネットで話題になりやすい、なじみやすい本だからこそうまくいくのではないかということだ。WEBを敵対視するのではなく、販促の“ツール”として本の購買にどう生かしていくのか、今後の動きに注目したい。【東京ウォーカー】

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