第98回アカデミー賞ノミネート作品『センチメンタル・バリュー』を鑑賞。映画監督の父親と2人の娘の愛憎劇を描いた物語に心を揺さぶられる

東京ウォーカー(全国版)

2026年2月20日より全国公開された『センチメンタル・バリュー』は、仲のいい姉妹と長らく音信不通だった父との再会を通して“家族とは何か”を問いかける必見作。公開前に試写で観た本作の感想を紹介(以下、ネタバレを含みます)。

映画『センチメンタル・バリュー』メイン写真(C) 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE


【ストーリー】
オスロで俳優として活躍するノーラ(レナーテ・レインスヴェ)と、家庭を選び息子と夫と穏やかに暮らす妹アグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)。

ある日、姉妹がまだ幼かったころに家族を捨てて以来、長らく音信不通だった映画監督の父・グスタヴ(ステラン・スカルスガルド)が現れる。15年ぶりの復帰作となる新作映画『帰りたい場所』の主演をノーラに依頼するのが彼の目的だった。

父に対して怒りと失望をいまだ抱えるノーラは、その申し出をきっぱりと拒絶。ほどなくして、代役にはアメリカの人気若手スター、レイチェル(エル・ファニング)が抜擢される。

そんな中、撮影場所がかつて家族で暮らしていた思い出の実家であることを知ったノーラは、再び抑えきれない感情が心に芽生えていくのだった…。

【写真】俳優として活躍するノーラ(レナーテ・レインスヴェ)と、家族を捨てて出ていった映画監督の父・グスタヴ(ステラン・スカルスガルド)(C) 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE


レナーテ・レインスヴェ&エル・ファニングが女優役に挑み新たな魅力を開花!

監督を務めたのは、『わたしは最悪。』(2021年)の脚本・監督を務めたヨアキム・トリアー。これまでの作品同様、共同脚本家エスキル・フォクトとタッグを組み、トリアーが愛してやまない都市・オスロを舞台に物語を紡いだ。『わたしは最悪。』の成功を経て、トリアーは再びレナーテ・レインスヴェ(『わたしは最悪。』の主演)のために役を書き下ろすことを決意したという。最初に「姉妹」というテーマが浮かび、そこから親子、そして家族全体の物語へと広がったのだそう。

トリアー監督の『リプライズ』(2006年)、『オスロ、8月31日』(2011年)、『わたしは最悪。』は、「オスロ三部作」(オスロはノルウェーの首都)と言われており、それぞれが世界的に高い評価を得ている。中でも『わたしは最悪。』は、英国アカデミー賞(BAFTA)にノミネートの後、第94回アカデミー賞では脚本賞、国際⻑編映画賞にノミネートを果たした。

前作『わたしは最悪。』も好きだったが、ホラー好きの筆者としては『テルマ』(2017年)もおすすめだ。幼いころの記憶を封印された少女テルマが、成長の過程で経験する初めての恋をきっかけに、危険な能力に目覚めていく姿を描いた『テルマ』もぜひ鑑賞してもらいたい。

今回、トリアー監督と再びタッグを組んだのは、『わたしは最悪。』で主演を務め、第74回カンヌ国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したレナーテ・レインスヴェ。『オスロ、8月31日』で映画デビューを果たした彼女は、その後舞台経験を経て、ノルウェーの演劇賞であるヘッダ賞を受賞した経験を持つ。近年はA24制作の『顔を捨てた男』(2024年)、そして『The Backrooms』(2026年)が控えるなど、今最も注目される俳優の一人だ。

レインスヴェが演じるのは、オスロで俳優として活躍するノーラ。冒頭で、舞台に立つ直前に極度の緊張に襲われたノーラが、どうにかして舞台に立たずにすむ方法はないかと右往左往している姿が描かれる。ところが、ひとたび幕が上ると、圧倒的な芝居で観客を魅了してしまうのだ。この描写から一気に心をつかまれ、ノーラが何を抱えているのか、この物語はどこへ向かっていくのかが楽しみになった。

『わたしは最悪。』では恋人を裏切ったりうそをついたり、破天荒な行動が多い主人公をレインスヴェが演じていて、“この人どうなっちゃうんだろう?大丈夫かな?”とハラハラさせられたが、今回のノーラもわりと危なっかしいタイプの女性で、違う意味でハラハラさせられた。そんなノーラを、レインスヴェが表現力豊かに演じているので楽しみにしていてほしい。

俳優として活躍するノーラ(レナーテ・レインスヴェ)(C) 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE


家庭を選び、息子と穏やかに暮らすノーラの妹・アグネスを演じたのは、デンマークのNetflix映画『ビューティフル・ライフ』(2023年)で主演を務めて国際的な知名度を得たノルウェー出身のインガ・イブスドッテル・リッレオース。彼女はアグネス役で第98回アカデミー助演女優賞にもノミネートされている。

夫と9歳の息子とともに家庭を築き、穏やかに暮らすアグネスは、常に姉の心配をしていて、とても真面目な優しい女性だ。本作で初めてインガのことを知ったのだが、抑え気味ながらも胸にグッとくる芝居に心をつかまれてしまった。この作品でさらに注目度が高まっていると思われるインガの今後の活躍が楽しみだ。

ノーラの妹・アグネス(インガ・イブスドッテル・リレオース)(C) 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE


ノーラとアグネスの父親で映画監督のグスタヴを演じたのは、50年以上にわたるキャリアを持つスウェーデンの名優ステラン・スカルスガルド。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997年)、『マンマ・ミーア!』(2008年) や、ラース・フォン・トリアー 監督作『奇跡の海』(1996年)、『メランコリア』(2011年)、『ニンフォマニアック』(2013年) などに出演している。

個人的には、ステランといえば『DUNE/デューン』シリーズ(2020・2024年) で演じた恐ろしいハルコンネン男爵がパッと思い浮かんでしまう。想像以上のとんでもない姿で登場するため最初は驚いたが、その不気味なビジュアルがいい味を出していた。また、息子を殺した人物に次々と復讐(ふくしゅう)していく父親を演じた『ファイティング・ダディ 怒りの除雪車』も最高におもしろいのでおすすめしたい。

『センチメンタル・バリュー』でステランが演じたグスタヴは、娘たちが幼いころに家族を捨てて家を出て行った最低な父親だ。娘の気持ちになってグスタヴを見ると“とっとと消えて!”という気持ちになるが、彼の哀愁漂う背中や寂しそうな瞳を見ていると嫌いになれず、気づけばグスタヴにも感情移入していた。やはりベテラン俳優の芝居の重みは違う。ちなみにステランは俳優のアレクサンダー・スカルスガルド、グスタフ・スカルスガルド、ビル・スカルスガルドの父親で、筆者はいつもステランパパと勝手に呼んでいる。

ノーラとアグネスの父親で映画監督のグスタヴ(ステラン・スカルスガルド)(C) 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE


アメリカの人気若手俳優レイチェル・ケンプを演じたのは、『マレフィセント』シリーズ(2014、2019年)、『ネオン・デーモン』(2016年)、『20センチュリー・ウーマン』(2016年)、近年はアカデミー賞ノミネート作品『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2025年)やプレデターシリーズ最新作『プレデター バッドランド』(2025年)などに出演するエル・ファニング。本作では、人気若手俳優というエルと共通する役柄を生き生きと演じていたのが印象的だったのと、彼女自身の愛らしいキャラクターがレイチェルにピッタリと合っていた。

本作でエルが演じたレイチェルは、父親の映画に出演するのを断ったノーラの代役として選ばれる若手人気女優だ。かつての子役スターであり、世界的ヒット作に出演してきたというレイチェルの経歴もエル本人と重なる。レイチェルが役を完璧に演じるためにストイックに向き合うシーンは“もしかしたらエルもこんな風に役作りをしているのだろうか?”と感じて、とても興味深かった。

アメリカの人気若手俳優レイチェル(エル・ファニング)(C) 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE


“家族”、“家”、“映画”をテーマに、愛憎入り混じる親子の姿を真摯に描いた物語が涙を誘う

個人的な話になるが、筆者の父親は幼いころに浮気をして家を出て行ったことがある。まだ小学生だった自分は何が起きているのかわからず、突然父親がいなくなったことを不思議に思っていた。それから1年ほど経ったころ、結局家族のもとに父親は戻ってきたのだ。だからノーラとアグネスに比べたらまだましだが、一度捨てられている身としては、この姉妹の気持ちが痛いほど理解できた。

筆者には年の離れた妹がいる。妹は父親が戻ってきてからできた子どもであるため、捨てられた経験がない。だからノーラとアグネスのように“捨てられた”という思いは妹と共有できないが、そんなことよりもかわいい妹をこの世に誕生させてくれたことを両親には感謝している。

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ノーラに感情移入できてしまうぶん、グスタヴとノーラのヒリヒリするやり取りには心をえぐられ、かつて自身が父親とぶつかったことを思い出すなどしてつらかった。そんなつらい気持ちに優しく寄り添ってくれたのは、姉のノーラを常に気にかけてくれるアグネスの存在だ。きっと自分だっていろいろつらいに違いないが、父とノーラの間に入ってケアし続けるアグネスを抱きしめてあげたくなった。

鑑賞中、ノーラに対して羨ましいと感じる部分があった。それはノーラが俳優、グスタヴが映画監督であるため、“お芝居”“作品を作ること”といった2人が大切にしていることが共通しているところだ。劇中で、アグネスの幼い息子への誕生日プレゼントにグスタヴが選んだのがミヒャエル・ハネケの『ピアニスト』(2001)やギャスパー・ノエの『アレックス』(2002)という絶対に子どもに見せてはいけない映画のDVDで、そのユーモアのセンスにノーラが思わず笑ってしまうシーンがあった。

そんな2人をつなぐ“映画”は、本作のクライマックスで素晴らしい役割を果たす。ラスト数分間は、モヤモヤと抱えてきた筆者の亡き父への思いを、優しく受け止めてくれたような気がして涙が止まらなかった。

素晴らしかったのは俳優陣の芝居だけではない。劇中に登場するノーラとアグネスの実家は古いけれどとても美しい家で、レイチェルが役作りのためにこの家で台本の読み合わせをするシーンや、グスタヴが一人でまったり感慨に耽るシーンがとても印象的だった。

“家族”“家”“映画”をテーマに愛憎入り混じる親子の姿を真摯に描いた本作。ぜひ劇場で鑑賞してもらいたい。

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文=奥村百恵

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