1月22日に大雪が降るなど、寒い日が続く今日この頃。こんな季節には温かい「うどん」や「おでん」で身も心も暖かくなりたいもの。その両方を叶えてくれる店が麻布十番にある。
のれんをくぐれば黒澤映画「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」の世界
「饂飩(うどん)くろさわ」は、六本木ヒルズのすぐ近くにて17年近く営業している店。マンションの1階にあるその店舗は、味はもちろん、内外装でも名高い。店の入り口付近と内装は、アカデミー賞と世界三大映画祭(ヴェネツィア、カンヌ、ベルリン)で賞を得たことのある日本映画界の巨匠、故・黒澤明監督の美術スタッフ「黒澤組」が手がけたものだ。完璧主義者である黒澤監督は映画「赤ひげ」のセットで、絶対に写らないであろう小道具の一つにもこだわったといわれるほど、セットの細部にまで手を抜かず、黒澤組はそれに応えてきた。
そんな黒澤組が作り上げた店内は、まさに「七人の侍」「用心棒」「椿三十郎」の世界。でありながら、どこか懐かしさを感じさせる。これは日本人に流れる血がそうさせるのだろう。店主の「いらっしゃいませ!」という威勢よく通る声もまた、これからの楽しいひと時の期待を、さらに高めてくれる。
冷えた体に京風おでんが染み渡る
まずは、冷えた身体に、おでんで一杯。お邪魔した日は、東京では4年ぶりという大雪が降り、足元から凍てつく寒さ。入店した直後はメガネが白く曇り、周りが何も見えないほどの冷え込みだった。おでんの種類は大根、玉子(半熟と固ゆでの2種類あり)、こんにゃく、がんも、鰯つみれなど7種類。これに季節のネタが加わる。
味付けは京風でダシの味がよく効いたもの。カツオブシだけでも3種類、そして大分県産の干しシイタケと利尻昆布などが加わり、長野産の薄口醤油によって、上品な味に仕上げられている。そんなダシが染みた大根(300円)はまさに極上の一品。
上に乗ったとろろ昆布と大根を一緒に味わうと、えも言われぬ昆布の旨味とカツオの香りが口いっぱいにひろがる。これと焼酎だけで、幸せ気分になれることは間違いナシだ。
ダシの旨味とスパイシーさが両立!名物の「黒豚カレー南蛮」
さて、飲んで楽しんだ後は、シメで麺が恋しくなるもの。「饂飩くろさわ」の名物「黒豚カレー南蛮」(1200円)を楽しむことにしよう。もともと洋食店で働いていた初代店主が生み出したカレー南蛮は、オープン以来、不動の人気を誇る。JA鹿児島から仕入れた特別な黒豚のバラ肉とカレー、そして2階の製麺室で手間暇かけて作られた自家製麺が味わえる一杯だ。
まずはスープをひとすすり。思いのほかスパイシーなカレーの風味の後に、しっかりとカツオと昆布の京風ダシが口に広がる。辛さは抑えられているので、辛いのが苦手な人でも安心だ。麺はやや細身で、讃岐うどんのようなコシの強い食感を楽しむものではなく、小麦の香りで楽しませてくれる。黒豚はカレーの味がしっかり染みてホロホロと柔らか。箸が止まらないとはこのことか、夢中になって食べてしまうことだろう。麺がなくなっても大丈夫。「追加うどん」(300円)のほか、カレースープとうどんがセットの「追加カレー南蛮」(500円)を頼めばよい。
カレーほど濃いのはちょっと……という方には、「黒豚うどん」(1100円)がオススメだ。こちらは、京風の一番ダシ(カレー南蛮に使われているのは二番ダシ)に、うどんと、しゃぶしゃぶのような薄切りの黒豚3枚肉が浮かぶ。豚肉に負けないダシのコクに驚くとともに、心身が暖かくなる。妥協無き映画セットの中で極上のうどんを味わう。寒い日だからこその、粋な大人の過ごし方だ。
美食家としても知られた黒澤監督。そのイズムは映画だけでなく、飲食店にも息づき、それが没後20年経つ今でもしっかりと受け継がれていた。麻布十番~六本木エリアという土地柄、華美な店に目が行きがちだが、ひっそりと居心地のいい空間で、目でも舌でも満足なひと時を過ごす。饂飩くろさわは、それが叶う上質の店だ。
クリタタカシ