「どんな願いでもかなえてくれる道具」は、物語の中で何度も描かれてきた。しかし、欲しいものが必ずしも望んだ形で手に入るとは限らない。今回紹介するのは、「欲しい」と思ったものがなぜか届いてしまう謎のポストを描いた短編ホラー漫画。願いをかなえるはずの存在が、想像を超える“代償”を生み出していく恐ろしい物語だ。漫画家・的野アンジ(
@matonotoma
)さんに、本作のアイデアやホラーを描く際のこだわりを聞いた。
郵便受けに「欲しい」が届く
ある朝、バイトに遅れそうになっていた鈴木は、髪のセットに手間取り「俺も店長みたいにサラサラな髪質がほしかったなぁ~!」とぼやく。その直後、マンションのメールボックスから物音がした。
そこは以前の住人が、まるで何かを封じるようにテープで何重にも塞いでいた郵便受けだった。なぜか開いていることを不審に思い、中をのぞいた鈴木は、人間のものと思われる毛髪を発見する。
その後、職場で顔中にピアスを付けた同僚・コーイチから「鈴木くんにも、あげようかね~」と声をかけられた鈴木は、軽い調子で「ほしいっス」と返す。すると次の瞬間、コーイチのピアスが一斉に弾き飛び、傷だらけになった本人はその場に倒れ込んでしまう。
さらに、サラサラの髪を持つ店長も何者かにバリカンで襲われ、入院したという。帰宅した鈴木が例のポストを確認すると、そこには血まみれのピアスが入っていた。
欲しいものの“代償”
偶然ではないのではないか。鈴木の疑いは、パートの女性が見せてきたネイルによって確信へ変わる。鈴木が「して…ほしいです」と答えた直後、女性のネイルとともに爪が弾き飛んだのだ。そしてポストの中には、そのネイルが入っていた。
髪、ピアス、ネイル。鈴木が欲しいと思ったものは、持ち主から切り離され、次々とポストに届けられていた。何かがおかしいと気付いた鈴木は、ポストを塞ぐことを決意する。
心の中の願いまで!?
郵便受けを塞ぐため、ホームセンターへ向かった鈴木。そこで偶然、職場の山本さんと出会う。密かに憧れていた相手との偶然の再会に戸惑う鈴木だったが、隣には見知らぬ男性がいた。山本さんにはすでに夫がいたのだ。
夫は鈴木を「子供」扱いしながら、「俺が買ってあげるよ。何が欲しいの」と声をかける。失恋したばかりの鈴木は、反発するように心の中で「俺が欲しいのはアンタの、妻だ」と思う。
次の瞬間、目の前にいた山本さんの姿が消えた。「…だって俺、言ってないよ…?」。口に出していないはずなのに、ポストは心の中の願いまで聞き取っていたのか。鈴木が自宅へ戻り、震える手でポストを開けると、そこには涙を流す生首がのぞいていた。
怖いのは「出る前」
本作は、的野さんが連載するホラーオムニバス漫画『僕が死ぬだけの百物語』の一篇だ。初めての長期連載だったことから、続きものよりも1話で完結する形式が描きやすいと考えたという。「ホラーでオムニバスと考えると百物語が一番しっくりきました」と、百物語という形式を選んだ理由を明かす。
各短編のアイデアは、日常の中にある不安から生まれることが多い。「夜に怖い気持ちでいるときは、あらゆる物や音が気になってしまいます。そういうときに目に入ったものでどんな怖いことがあったら嫌かを想像して描き始めることがよくあります」と的野さん。身近なものほど、想像が膨らみやすいのかもしれない。
恐怖を描く際に意識しているのは、怪異そのものよりも、それが現れるかもしれないと待っている時間だという。「明確な恐怖の対象が出てくるよりも、今に何かが出てくるのではないかという状態で待っているときが一番辛く怖いと思うので、怪奇現象よりも、ハラハラ汗水垂らしている人間を描いていることが多いように思います」と語る。
日常に潜む恐怖
ホラー漫画を描くことになった的野さんは、大学時代にオカルト研究会へ入会したという。研究会では十物語やこっくりさん、ブラッディー・メアリーなどが行われていたものの、「怖がりなので降霊会は全く参加出来ませんでした」と話す。
作品づくりでは、郵便受けや鏡など、日常で誰もが目にするものを題材にすることも意識している。「漫画の中だけのお話になってしまわないよう、郵便受けや鏡など、なるべく身近なものをテーマに置いています。読んだ後にも気になったり、嫌な気持ちになって頂きたいです」と的野さん。
何気なく毎日開けている郵便受け。その中から、もし自分が欲しいと思ったものが届いたら――。読み終えたあと、いつものポストを見る目が少し変わってしまうかもしれない。
■取材協力:的野アンジ(@matonotoma)
※記事内に価格表示がある場合、特に注記等がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。