Xで「さす九」という言葉をめぐる議論が広がっている。「さす九」とは、九州出身の男性に見られるとされる亭主関白的な言動を「さすが九州」と略したインターネットスラングだ。イラストレーターのオカン羊
(@shimizoon)
さんが投稿した漫画「我が家のさす九」には、多くの反響が寄せられた。熊本出身のオカン羊さんに、漫画を描いた経緯や「さす九」という言葉に込めた思いを聞いた。
「男はやらんでよか」
今回の漫画を描くきっかけとなったのは、Xで話題になったある投稿だった。九州出身の男性が、自分の父親が訪ねてきた際、妻がテーブルで食事をしていることに激怒したという。理由は「土間で正座して食べていないから」。現在では驚いてしまうような価値観に、多くの反応が集まった。
その後、九州出身の男性にまつわる亭主関白的なエピソードが次々と投稿され、「さす九」という言葉が使われるようになった。一方で、何でも「さす九」と呼ぶことは地域への偏見や差別ではないかという議論にも発展した。
そんな中、女性たちからは自身が経験してきたことを語る投稿も相次いだ。オカン羊さんは当時の様子を「さながら#metoo運動のようだと眺めていました。元熊本女子として、ささやかながら参戦した次第です」と振り返る。
産後にブチッ!
熊本出身のオカン羊さんが漫画で描いたのは、自身の父親との出来事だった。出産後、父親から電話があり、「おめでとう!この子は賢くなる」「子育ては素晴らしかよ!」と声をかけられたという。
しかし、家事や育児をほとんどしてこなかった父親からの言葉に、オカン羊さんは思わず腹が立った。「育児など一切しなかった父親に何がわかる!」。そう感じた思いを父親に伝えると、「あぎゃんのは、女の仕事ったい!馬鹿が」と怒鳴られたという。
九州では、「男はそげんことせんでよか=男はそんなことしなくていい」といった言葉を耳にすることもあった。お酌やお茶くみを女性が担うこと、妻が台所に近い場所へ座ることなども、当たり前のように語られる場合があるという。
「九州だけじゃない」
もちろん、こうした価値観は九州だけにあるものではない。オカン羊さんも「『九州だけじゃない』という指摘は正しいというか、そもそも『九州特有の文化だ』と断定している人は、ほとんどいないのではないでしょうか」と話す。
オカン羊さんは、「だけじゃない」とされる背景について、閉鎖的で保守的な環境の中で古い価値観が固定され、変化を拒む空気が生まれることがあると考えているという。その中で、性別によって役割が決められ、一方が優位な立場に置かれる構造が続けば、問題そのものが認識されにくくなることもある。
「広義のこの現象の中から、『九州人』という属性でしぼったものを『さす九』と呼んでいるのだと私は考えています」とオカン羊さん。「九州には『保守的で、変化を拒む文化が色濃く残っている』と共感する人が一定数いるからこそ『さす九』が“あるある”として通じるのだと思います」と語る。
父もまた、失ったもの
一方で、「さす九」という言葉が出身者への偏見や差別につながる可能性があるという意見についても、オカン羊さんは理解を示している。ただ、多くの場合は地域全体を攻撃することではなく、「私はこう扱われたくない」「嫌だった」という経験から生まれた拒絶の表明ではないかと考えているという。
オカン羊さん自身も、家事や育児をしない一方で、家族の中での権威だけを保とうとする父親を見て育った。「私自身、家事育児をしないのに権威性だけ維持しようとする父を『嫌だなぁダサいなぁ』と見て育ちました」と振り返る。
周囲の大人たちも、それを疑問視することなく受け入れていた。その経験は単なる家庭内の問題ではなく、「文化の一部だったと思います」とオカン羊さんは語る。そして、その価値観の中で生きてきた父親もまた、年に1度しか会えない孫との接し方がわからず、そばでテレビを見ることしかできなくなってしまったという。
「男尊女卑は、加害者/被害者という単純な構図ではなく、個人同士の幸せな関係性を奪う側面があるのです。私は、父のことも母のことも、どちらも男尊女卑文化の被害者だと思っています。だからこそなくなって欲しい」と、その思いを明かした。
「馬鹿!!」で終わらせない
九州で過ごした時間や、九州の友人、おいしい水や食べ物を愛しているからこそ、九州を一括りに批判されれば傷つく気持ちも理解できるというオカン羊さん。
「私とて、九州に暮らしていた時間も、九州の友人達も、おいしい水も食べ物も愛しておりますので、九州の悪口を言われたらチクっとしちゃう気持ちもわかります。でもそこで『馬鹿!!』と怒鳴って終わらせてしまうのではなく、一度立ち止まって考えてみてほしいのです」と語る。「悪口なのは間違いないので、本当は言わずに、言われずに済む九州になってほしいと願っています」という言葉には、故郷への愛情と、これまで息苦しさを感じてきた人への思いが重なる。
性別によって役割を決められ、それに従うことを求められる環境の中で、苦しさを感じてきた人たち。今ではSNSを通して、かつて口にできなかった経験を共有し、声を上げることができる。「さす九」という言葉をめぐる議論の背景には、そうした長年の記憶や、それぞれの人生で感じてきた違和感があるのかもしれない。
■取材協力:オカン羊(@shimizoon)
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