全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも関東エリアは、伝統的な喫茶店から最先端のカフェまで、さまざまなスタイルの店が共存する、まさに日本のコーヒー文化の中心地。
東京をはじめ、関東近郊にある注目店を紹介する当連載。焙煎士や店主たちが教える“今、注目すべき”ショップをつなぐ、コーヒーリレーの旅へ。
第27回は神奈川県大和市にある「STORY BOX and coffee roaster(ストーリー ボックス アンド コーヒー ロースター)」。ここは大和駅からほど近く、住宅街に佇むスペシャルティコーヒー専門の自家焙煎ロースターだ。店主はバリスタとして、日本で約10年、メルボルンでは5年のキャリアを持ち、特にメルボルンでは現地のカフェでヘッドバリスタを務めるなど確かな実力の持ち主。帰国後に開業した同店では、その技術をいかんなく発揮。高品質ながらも、あくまで日々の親しみやすいコーヒーを提供している。今回は、「かっこいい」からはじまったバリスタへの道から、現在自身の店でこだわり抜いているコーヒーづくりについて聞いてみた。
Profile|岩川純典(いわかわ・よしのり)
高知県出身。日本のカフェやイタリアンレストランに約10年勤め、バリスタとしての経験を積む。さらなる技術の向上を目指し、2014年にオーストラリア・メルボルンへ渡航。現地のカフェを巡り、焙煎を始めるなど新たな技術を身に付けた。最終的には有名店でヘッドバリスタまで上り詰めた、高い技術を持つ人物だ。帰国後、広島での起業などを経て、2022年3月に神奈川県大和市に「STORY BOX and coffee roaster」を開業した。
バリスタへの憧れから、“聖地”メルボルンを目指す
岩川さんがコーヒーの世界に入ったのは、まずバリスタという職業に興味を持ったことがはじまり。そのきっかけは、実に率直なものだった。
「20歳のころ、『バリスタという言葉がかっこいい』と思ったのがきっかけ(笑)。それでコーヒーの世界に足を踏み入れることになったんです。最初は地元のカフェやイタリアンレストランでバリスタとして10年ほど経験を積みました。単純な理由からスタートしましたが、後に開業につながる、よい決断だったと思います」
そして転機が訪れたのは2014年のこと。この年は、ワーキングホリデービザの年齢制限となるギリギリのタイミング、岩川さんが31歳になる年。オーストラリア・メルボルンにわたることになるのだが、その理由は周りの人たちの言葉があったから。
「当時バリスタとして悩んでいた時期でした。そんなときに同僚や他業種の人たちから、『メルボルンに行くのはどうか』とすすめられて。メルボルンは言わずと知れたコーヒーの聖地。コーヒーの技術や知識をさらに高めるため、新しい環境に身を置くのもよいのではと考え、思い切って渡航を決意したんです」
「現地で、いざバリスタの仕事を探し始めたんですが、当時はまだ日本人バリスタ自体が少ないこともあって、なかなか雇ってもらえなかったんです。現地のカフェに面接をお願いしていると、『オーストラリアで働いた経験はある?』と言われることもしばしば。日本での経験はあるものの、もちろん現地での経験はなく、“聖地”の厳しい現実を痛感させられました。しかしそんななか、当時、長谷川晃平さんがヘッドバリスタを務めていた『Krimper(クリンパー)』で雇ってもらえて、すごく助けられました」
長谷川さんは第26回で紹介した「BREATHER COFFEE(ブリーザー コーヒー)」の店主。同じくメルボルンでの厳しい修行の日々を乗り越えた人物として、今回の連載につないでくれた。
100枚以上もの履歴書を配り、メールや直接の訪問で仕事を探し続けた末に、ようやく飛び込んだメルボルンのカフェ。そこは日本の現場とは全く違う環境だったと語る岩川さん。
「バリスタはドリンク作りに専念するなど、役割が完全に分業化されているのが基本。特に忙しい店ではエスプレッソマシンに3、4人が付いて、抽出、ミルクのスチームといった、さらに細かく役割が分かれていましたね。どのカフェも行列は当たり前のコーヒー大国だからこそ、安定感だけでなくスピードやチームワークも重視される現場。日本のマルチタスク型でクオリティ重視のスタイルとは違った世界でした。そのなかで、コーヒーの技術や知識も格段に上げられたと思います」
紆余曲折を乗り越え、大和で“物語の箱”を開く
メルボルンには約5年滞在。いくつかのカフェを経験し、最後にはヘッドバリスタに。“聖地”で認められた確かな技を引っさげ、2019年10月に帰国。その後は、すぐに大和市で開業したわけではなく、実は最初に向かったのは広島だった。
「開業するにあたり、スペシャルティコーヒーの店がまだ少ない場所というのもあって選んだのが広島でした。広島では、ホテルのスペースを借りてポップアップ営業をスタート。しかし直後にコロナ禍に襲われ、営業は休止に。そして開業直後の窮地を立て直すため、実はカフェを閉めて一度就職したんです。京都のカフェに勤務していましたが、開業への思いは捨てきれず、1年足らずで店舗探しを再開していましたね」
紆余曲折を経て、再起のため新天地に選んだのが神奈川県。物件探しも順調に進み、こうして2022年3月、「STORY BOX and coffee roaster」が誕生した。大和エリアは渋谷、横浜、湘南の各方面からもアクセスがよく、街の雰囲気も穏やか。日常に寄り添うカフェを展開したい、という岩川さんの思いにぴったり合ったのも理由のひとつだ。
店内でひときわ存在感を放つのは焙煎機「Joper(ジーパー)」。2022年の「SCAJ」(=日本最大級のスペシャルティコーヒー展示会)で日本に初めてローンチされた、国内の導入例がまだ少ない希少なマシンだ。
「焙煎は基本的に浅煎りで、それぞれの豆の個性を最大限に引き出すように。そして『本当に100点か』と現状に満足せず、さらなるおいしさを追求することを心がけています。だからこそ焙き方のレシピを固定せず、そのときどきで微調整。たとえばハゼのあとの急冷の時間を変えてみたり、気候や湿度、ガス圧変動を考慮して温度を調整したり、毎回細かくコントロールしています」
豆の選定基準は味や香りは当然ながら、客層に合うか、日常的に飲める価格帯で出せるか、そしてすっきりとしたあと味で「飲み疲れしない」味わいがどうか。
「豆は常時7〜8種類。豆の種類は季節ごとに変わりますが、エチオピアといった定番も一部用意しています。そして、最近力を入れているのがブレンド。現在販売しているのは『ロングバケーション』で、メインの豆に嫌気性発酵を施した『アナエロビックファーメンテーション』の個性的な豆を数%加えることで、飲みやすさのなかにユニークな風味を感じる仕上がりになっています。これだと、シングルオリジンだと高価な豆も、アクセントとして適度に入れることで、より手軽に楽しめるかなと。また次のイチオシのブレンドを構想中なので、ぜひチェックしてみてください」
「オリガミ」は抽出のコントロールがしやすいのが特徴。酸味に加え、甘みや奥行きのある味わいを引き出すため、岩川さんの技術が重なれば最善のアイテムとなる。
コーヒーと並んで手作りのスイーツも人気。カヌレやベイクドチーズケーキ、バナナブレッド、クッキー、ティラミスアフォガードの5種類ほどを用意。甘さをほんのり控えめにしているのは、主役のコーヒーの風味を邪魔しないようにするこだわりだ。
メルボルンでの苦労、帰国後のコロナ禍での窮地を乗り越え、見事に再起を果たした「STORY BOX and coffee roaster」。店に詰まった“物語”のなかでも、コーヒーに真摯に向き合い、最善を尽くしてきた岩川さんのコーヒー人生が一番のストーリーだと感じた。
【岩川さんレコメンドのコーヒーショップは「SESSION COFFEE BASE」】
「神奈川県茅ヶ崎市にある『SESSION COFFEE BASE(セッション コーヒー ベース)』。店主はメルボルン時代に出会ったリク(古賀陸斗)さん。店舗と、週末にはキッチンカーでの営業も行っているお店です。メルボルンのカフェ文化を茅ヶ崎の街に合った形で再解釈しながら、常連客でにぎわう理想的なコミュニティを築き上げています。活気ある空間でおいしいコーヒーが飲める、地元に根差したおすすめの一軒です」(岩川さん)
【「STORY BOX and coffee roaster」のコーヒーデータ】
●焙煎機/Joper 3キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(オリガミ)、エスプレッソマシン(イーグルワン プリマ)
●焙煎度合い/浅煎り
●テイクアウト/あり(500円〜)
●豆の販売/150グラム1650円〜
取材・文/GAKU(のららいと)
撮影/大野博之(FAKE.)
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