地下鉄大手町駅に直結する複合施設「Otemachi One」。高層ビルが立ち並ぶオフィス街の中心でありながら、足元には約6000平方メートルもの豊かな緑が広がる「Otemachi One GARDEN」を備え、都心のオアシスとして親しまれている。そんな都会の真ん中で、自然とアートに囲まれてほっと一息つける休息の場を定期的に届けているのが、アートプロジェクト「Otemachi One ART BREAK」だ。
今回は、現代アート作家・江上越(えがみ・えつ)さんを迎え、アートイベント『Otemachi One 平行線が語る顔のゆくえ』が2026年12月25日(金)まで開催されている。
国内外で話題を集める彼女にとって、国内初となる今回のパブリックアート展示。オフィスビルの日常に溶け込むカラフルな作品たちと、夕暮れの芝生で楽しむ心地よい時間。仕事の合間や休日にふらりと立ち寄りたくなるアート散歩の魅力を、企画者と作家の言葉とともに巡ってみよう。
年2回のアート入れ替え。オフィス街に「コーヒーブレイク」のような休息を
「Otemachi One」はオフィスをはじめ、フォーシーズンズホテル東京大手町やホール、カンファレンス、皇居ランナーのためのランニングステーションなどがそろう複合施設だ。目の前に皇居の豊かな森を望む緑豊かなガーデンは、都心の緑地として日々多くの人々に親しまれている。
ここで展開されているのが、自然とアートが調和する空間を目指す取り組み「Otemachi One ART BREAK」。企画を担当する三井物産のOtemachi One事業室・佐藤奈菜美さんは、プロジェクト名に込めた意図をこう話してくれた。
「『ブレイク』と聞くと物を壊すイメージを持つかもしれませんが、そうではなくて、コーヒーブレイクのように『ほっと一息、一休憩しましょう』という休息の意味を込めています」
約2万人が勤務するオフィスビルだからこそ、ただ働くだけの場所にはしたくないという。季節の移ろいとともに年2回ほどアートを入れ替えていて、訪れるたびに新しい彩りや発見に出合える試みを続けているとのこと。風のそよぎや街の気配を感じながら眺めるアートは、忙しい毎日にちょうどいい息抜きの時間を届けてくれる。
すれ違いも前向きに捉え直す。「平行線」から生まれたカラフルな色彩
海外での留学や滞在経験をもとに、一貫して「コミュニケーション」をテーマに制作を続けてきた江上越さん。大胆な筆のストロークと鮮やかな色彩で世界的に活躍する彼女が、日本のオフィス街を象徴するOtemachi Oneの空間全体を舞台に、キャンバスの枠を超えた国内初のパブリックアートへ挑むことになった。
何度も現地へ足を運び、昼間にさまざまな人々が行き交う様子を肌で感じながら、この場所で作品をつくる意味を深く考え抜くなかで生まれたテーマが、『Otemachi One 平行線が語る顔のゆくえ』だ。言葉や文化が異なる海外生活のなかで幾度となく直面してきた、コミュニケーションのズレや伝えたいことが伝わらないもどかしさ、そして誤解の数々。タイトルにある「平行線」という言葉に込めた想いを、自身の原体験と重ね合わせながらこう語ってくれた。
「平行線というと、どこか交わらないグレーゾーンのようなイメージがありました。でも、いろいろな人と話していくなかで、言葉が100パーセント伝わらなくても、お互いに違っていてもいいんじゃないか。コミュニケーションというのは人を無理に近づけるためだけではなくて、お互いの『距離を知る』ためのものではないかと強く感じたのです。その距離を見つめた先にこそ、コミュニケーションの本当の形があるのではないかと。そう考えると、交わらない平行線はグレーではなくて、それぞれが美しく輝く『虹色』に見えてきました。交わらなくてもそれぞれが美しい、それこそが多様性なんじゃないかなと感じています」
外資系企業をはじめ、世界中から多様な国籍や文化、バックグラウンドを持つ人々が集まり、日々交差する大手町という街。その特性にも深く目を向けたという。
「Otemachi Oneは本当にいろいろな国の人々が交わる場所なので、そういう多様性を象徴する場になったらいいなと思いました。ただオフィスに通うだけの場所ではなくて、リラックスして散歩しながら自分自身の人生を見つめ直したり、人とのつながりを感じたり。そこから新しい会話やコミュニティが生まれる場所にしていけたらうれしいです」
無理に違いを埋めようとせず、違ったままでいい。そんな心地よい距離感をそっと肯定してくれる作品の数々からは、人を優しく包み込むような温もりがふわりと伝わってくるようだ。
芝生から館内へと巡る。作家の想いが息づく4つのアート作品
今回の展示は、屋外の緑地から館内のオフィスロビーにかけて4つのアート作品に出合える構成になっている。
まず屋外の芝生エリア「インペリアルグリーン」で出迎えてくれるのが、展示のメイン作品である立体アート
『交差する光 — 顔、顔、顔…』
だ。当初は芝生をキャンバスに見立てて巨大な立体筆跡を置くアイデアもあったそうだが、「人が集まり、雨風をしのぎながらぬくもりを分かち合える場所にしたい」という思いから、ぽこぽこと並ぶドーム型テントの形へいたったという。
ドームの表面には、江上さんが日記や手紙を徹底的に読み込み、人生の歩みを色と線に重ね合わせた偉人たちのポートレートが描かれている。ひまわりの鮮やかな黄色と青を基調に麦わら帽子姿などさまざまな時代の顔が浮かび上がるゴッホ。赤や青、白と黒が交差して人間の複雑な内面を伝えるピカソ。印象派らしい青みがかったトーンから晩年の温かなピンクやオレンジへと色彩が移り変わるルノワール。そして、ビートルズ時代からオノ・ヨーコと過ごした日々までの表情の変遷を1冊の本のようにめくって楽しめるジョン・レノンのポートレート。近くで見ると伸びやかな線のうねりがおもしろく、少し離れると表情がくっきりと浮かび上がってくる。夕暮れ時を迎えると内側にぽっと温かな明かりが灯り、柔らかな光が芝生を優しく照らし出す光景も印象的だ。
芝生を抜けて館内のロビーに入ると、ひときわ目を引く金屏風作品
『虹色の舞』
が現れる。三井記念美術館が所蔵する国宝級の屏風絵や、Otemachi Oneに展示されている金色の神輿からインスピレーションを受け、自身初となる屏風制作に挑んだ大作らしい。普段はキャンバスに油絵具で描く江上さんにとって、なめらかな金箔の上に絵具を定着させる作業は試行錯誤の連続だったとのこと。何度も実験を重ねて、最終的にアクリル絵具や蛍光塗料、パールオレンジを採用したという。立ち止まる位置や照明の当たり方によってきらめきが繊細に変化する画面には、踊る女性たちの姿が描かれていて、歩きながら見え方の変化をじっくり楽しめる仕掛けになっている。
そのすぐそばの大きな窓に広がるのが、初のウィンドウラッピング作品
『にじいろ』
だ。屏風作品『虹色の舞』のイメージをベースにしながら、オフィスロビーののびやかな空間を保つよう、あえて外の緑地が見える透け感を残してデザインされている。晴れた日中には太陽の光が差し込み、ステンドグラスのように色鮮やかな影が足元やフロアに映し出されるという。絵を視覚で鑑賞するだけでなく、光と色のエネルギーを空間全体で心地よく体感できるのもうれしいところ。
そしてオフィスロビーの奥には、江上さんのおなじみのスタイルであるキャンバス作品
『イマジン』
が飾られている。平和と多様性を歌ったジョン・レノンの日常や言葉から感じ取ったという、静かな海のような深いブルーと、希望を感じさせる明るい黄色が鮮やかだ。「オフィスを行き交う人たちや近くに住んでいる方に、自分の人生を見つめ直したり、新しい人生の1ページに添えられるような体験になってほしいなと思っています」という江上さんの言葉どおり、通りがかる人々の足を自然と止めさせ、日常に優しい会話を生み出してくれそうだ。
10月の木曜夜は芝生広場で乾杯。キッチンカーと楽しむ秋の夜風
アート鑑賞と一緒に楽しみたいのが、秋の夜風が心地よいグルメイベントだ。10月の毎週木曜(17時から21時まで)には、Otemachi One GARDENにて「木曜日は、GARDEN NIGHT OUT」が開催されている。
心地よい音楽に包まれながら、各キッチンカーこだわりのフードやドリンクとアートでリラックス。ほんのり照らされた光のドームを眺めながら、おいしいお酒を片手に語り合う時間は、仕事終わりの気軽なご褒美にぴったりかもしれない。
また、10月19日(月)の夜(18時30分から19時30分まで)には、江上越さん本人と医師の中田航太郎さん(株式会社ウェルネス創業者)によるトークセッション「世界で活躍するアーティスト 江上越と考える アートとウェルネス、豊かな生き方」も開催予定とのこと。日々の暮らしや思考をほぐすヒントに触れられる機会として、こちらも合わせて心に留めておきたい(参加無料・公式サイトより要事前申込)。
仕事帰りや休日にふらりと。日常に心地よい彩りをくれる散歩道
普段は足早に通り過ぎてしまいがちなオフィス街も、少し目線を向けてみるだけで、日常を彩るアートがあちこちに息づいているのがわかる。
キャンバスを飛び出して街へ広がった江上越さんのカラフルな線と、夜の芝生をあたたかく照らす灯り。仕事の合間の気分転換にはもちろん、休日の夕暮れに大切な人とふらりと訪れてみるのもよさそうだ。心地よい秋風を感じながら、大手町でほっと一息、気ままなアート散歩に出かけてみるのもいいかもしれない。
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取材・文・撮影=北村康行