日常の慌ただしさからふっと抜け出して、JR武蔵野線に揺られながら向かう先にあるのは、個性豊かな隠れ家カフェたち。森の秘密基地のような空間で殻付きくるみをパキッと割る体験に、心地よいジャズの音色とともに楽しむ濃厚スイーツとのペアリング、そしてコーヒーの常識を鮮やかに覆すジューシーでフルーティーな一杯との出合い。
西国分寺・新秋津・新座で見つけた、心惹かれるカフェとコーヒーを巡るひととき。香ばしいコーヒーの香りに誘われて、武蔵野線でゆったりとカフェ巡りへ出かけてみては?
森の中の秘密基地へ迷い込む。絵本のようなカフェで過ごす、とっておきの時間
クルミドコーヒー【西国分寺】
西国分寺駅の改札を抜けて歩くことわずか1分。見慣れたマンション群が立ち並ぶ駅前を歩いていると、緑が生い茂る不思議な木立が現れる。
木々の間にはスタッフ手作りの愛らしいバードハウス(鳥の巣箱)がちょこんと掛けられていて、春には本物の小鳥が遊びにやってくるという。ずっしりと重い木の扉をそっと押し開けると、そこはもう完全に別世界。まるで森の奥深くに佇む秘密基地に迷い込んだかのような、温もりあふれる空間が広がる「クルミドコーヒー」だ。
店内に入ると、香ばしく焙煎されたコーヒーの香りと、木の温もりに包まれたほっこりとした空気感が優しく迎えてくれる。見上げれば開放感たっぷりの吹き抜けがあり、地下フロアから2階、3階へと秘密の通路のような入り組んだ階段が伸びている。小さな隠し部屋のような席や見晴らしのよい窓際席など、お気に入りの居場所を探すだけでも楽しい。
席に着くと、テーブルの上にはかごに入った北海道美唄市・上村農園さんの殻付き「美唄くるみ」と、かわいらしいきのこ型のくるみ割り器が用意されている。木製ネジをくるくると回して殻をパキッと割る体験は、まるで童話の主人公になったかのようで思わず夢中になってしまうはず。北の大地から届いた割れたてのくるみは驚くほど香ばしく、豊かな風味と優しい甘味が口いっぱいに広がる。
数ある席の中でも、特に物語の世界へ引き込まれるのが地下フロアだ。階段を降りた先に広がるのは、樹齢300年の木を裁断した重厚な一枚板のテーブルが主役の特別な空間。その中央には、理科の実験器具を思わせる巨大な水出しコーヒーの装置が鎮座している。
オープン前からカチカチとメトロノームのリズムを刻みながら、浄水を使って一滴一滴じっくりと6時間ほどかけてコーヒーを抽出していく姿は圧巻。開店直後に訪れれば、水とコーヒーが織りなす美しい抽出の仕掛けを目の前でじっくり眺めることができ、わざわざこの光景を目当てに地下席を選ぶファンがいるというのもうなずける。
ワクワクしながらメニューを広げると、丁寧に作られた心惹かれる品々がずらりと並ぶ。真っ先に味わいたいのが、お店の看板スイーツである「クルミドケーキアイス」。
十勝産の小麦粉や卵、ハチミツ、きび砂糖を使って丁寧に焼き上げられたお花の形(ひまわり、スミレ、バラ)の自家製ケーキは、注文ごとに温められて熱々の状態で運ばれてくる。その香ばしいケーキに冷たい自家製アイスを挟んで頬張れば、熱々とひんやりが口の中でとけ合う温度差の魔法に、思わず顔がほころんでしまう。
軽食として楽しみたいのが、トマトマフィンでサンドした「クルミドサンド バジル香る夏野菜のマリネ」だ。国分寺産の力強いバジルの香りをまとったナスやピーマン、ゴーヤ、ズッキーニなどの色鮮やかな夏野菜のマリネに、旨味たっぷりの生ハムを合わせた贅沢仕立て。バルサミコ酢で香ばしく炒めた生姜とトマト、仕上げのサワークリームが爽やかなアクセントとなり、暑い季節でもさっぱりとおいしく小腹を満たしてくれる。※メニュー内容は取材時のものです。時期により変更となる場合があります。
これらのおやつや軽食に合わせたいのが、職人気質の一杯だ。深くじっくりと焙煎された「深々煎り珈琲」は、ブランデーのような芳醇な香りとスモーキーなコクがケーキの甘味をぐっと引き立ててくれる本格派。また、熱湯ではなく常温水でじっくり落とすことで雑味のないまろやかな角の取れた味わいを実現した「アイスコーヒー」(700円)は、コーヒーが苦手な人でもブラックですっきりとおいしく飲めるクリアな後味が魅力だ。
さらに、お店と人、人と人を優しく結ぶユニークな取り組みが「お手紙コーヒー」(700円)だ。店長の間渕さんは「お手紙が不特定多数の方宛てに置いてあり、これは自分の手紙だと感じたものを受け取ることができます。書いてくださった方がすでにコーヒー1杯分の料金をお支払いいただいているので、受け取った方はご馳走になれる仕組みなんです。受け取った方のお返事は最終的に送り主のご本人様へ郵送されるので、温かなつながりが生まれています」と笑顔を見せる。
お店への想いについて、間渕さんは「クルミドコーヒーは『まちのカフェ』であることを大事にしているので、より身近な人にひらかれている場所であれたらと思っています。また、ひとりの時間を大切に過ごされたい方や、ここに来て一杯のコーヒーを飲んで、自分自身を取り戻すための時間を過ごしに来てくださっている方も多くいらっしゃいます。日常のふとしたときに『クルミドコーヒーに行こう』と思い出してくださったら、とてもうれしいです」 と優しく語ってくれた。
木のぬくもりに包まれ、仕掛け時計のような空間で過ごすひととき。日常の忙しさをすっかり忘れ、森の秘密基地でのんびりと自分を取り戻す贅沢なくつろぎ時間を心ゆくまで楽しみたい。
クルミドコーヒー
住所:東京都国分寺市泉町3-37-34 マージュ西国分寺 1階
電話:042-401-0321
営業時間:日~水曜 11:00~19:00(LO18:30)、金・土曜 11:00~20:00(LO19:30)
定休日:木曜
交通:JR武蔵野線西国分寺駅から徒歩約1分
ジャズの調べと極上スイーツ。大人が夢中になる洗練ロースターでペアリング体験
IKENOYA COFFEE ROASTERS【新秋津】
にぎやかな商店街を抜けて西武池袋線と交差する新秋津駅から秋津駅方面へ。人通りの多いメインストリートから路地を1本曲がると、先ほどまでのにぎわいがうそのように穏やかな住宅街が広がる。その静けさに溶け込むように佇むシックなレンガ調の建物が「IKENOYA COFFEE ROASTERS」だ。
ガラス扉を開けると、落ち着いたアンティーク調の照明に照らされた洗練の空間が広がり、心地よいジャズの音色が耳を優しく撫でる。店内を見渡すと、中央にはピアノが置かれ、部屋の奥にはドラムセットが置かれ、ジャズを連想させるおしゃれなオブジェがさりげなく空間を彩る。洗練された音楽とインテリアが調和し、大人の遊び心が空間の隅々にまで感じられる。
「シングルオリジンといって、国別のコーヒーをできるだけたくさん出すようにしています。常時10種類ほど用意していて、浅煎りから深煎りまでバランスよくそろえていますね」と語る店主の池田さん。店頭に並ぶコーヒー豆のパッケージには、それぞれの豆の産地の国獣である動物のイラストが描かれており、思わず手に取りたくなる愛らしさにあふれている。国ごとの個性を動物の温かなタッチで表現したデザインは、コーヒーを選ぶ時間そのものをワクワクと楽しいものにしてくれる。
「浅煎りと深煎りで抽出温度を変えたり、豆の個性に合わせて挽き目や湯量を細かく調節しています。この豆のここを活かしたい、というおいしさのポイントを引き出すのがこだわりです」と、一杯にかける情熱をのぞかせる。カウンター奥には池田さんお気に入りの水出しコーヒー器具「ポタ」をはじめとする多彩な抽出器具が並び、眺めているだけでもコーヒーへの好奇心が刺激される。
ドリップだけでなく、エスプレッソやミルクビバレッジへのアプローチも実に緻密だ。エスプレッソに使用する豆について、池田さんは「たまにこの豆を入れ替えるときがあって、そのときにいろいろ試して、合うものがあればその都度って感じですね」と語り、常に理想の味わいを探求し続けている。
特に、イエメンやインドネシアなどの深煎り豆を合わせる「カフェオレ」は、熱くしすぎると風味が損なわれてしまうためミルクを80度以下に抑えて滑らかにスチーム。深煎り豆の豊かなコクと優しいミルクのまろやかさが見事に調和し、ホッとする飲み心地がじんわりと染み渡っていく。
このこだわり抜かれたコーヒーとともに味わいたいのが、コーヒーとの相性を突き詰めた絶品スイーツの数々だ。「スイーツはコーヒーに合うように、そしてコーヒーの強い風味に負けないよう、全体的に少し濃いめの味立てにしています」という言葉どおり、計算し尽くされた極上のペアリングが体験できる。
おすすめは、選りすぐりの一杯と日替わりケーキがセットになった「ドリンク+日替わりケーキセット」。この日登場した濃厚なチョコブラウニーは、カカオの深いコクが口いっぱいに広がり、すっきりとしたシングルオリジンコーヒーと合わせることで、互いのよさを引き立て合う最高のマリアージュを奏でてくれる。
さらに、スイーツ好きの心をつかんで離さないのが「プリン」だ。昔ながらの喫茶店をイメージしたというプリンは、スプーンを入れるとしっかりとした弾力を感じる濃密な固め仕立て。ほろ苦いカラメルソースと上にトッピングされたバニラアイスが絶妙に絡み合い、ひとくちごとに至福の甘味が広がる。
また、見た目のキュートさに思わず「かわいい」と声を出してしまうのが「クマフォガート」だ。グラスの中にはバニラアイスとチョコクッキー、オレンジ風味のチョコレート、そしてちょこんと乗ったキュートなクマのクッキー。そこへ別添えの熱々エスプレッソを自分でとろりと注ぎ入れる。エスプレッソの本格的な苦味とアイスのまろやかさ、クッキーの食感やオレンジショコラのアクセントが一体となり、見た目のかわいらしさと大人の味わいのギャップに誰もが夢中になってしまう。
「ひとりでゆっくりできる空間なので、読書や勉強など、自分の時間を過ごしに来てほしいですね」という池田さんの言葉どおり、日常を忘れてゆったりと落ち着く時間が流れていた。
IKENOYA COFFEE ROASTERS
住所:東京都清瀬市野塩5-291-2 ハミングバード 1階
電話:042-458-1151
営業時間:12:00~19:00(LO18:30)
定休日:火、金曜
交通:JR武蔵野線新秋津駅から徒歩約7分
日本一のサイフォニストが魅せる。コーヒーの常識を覆すフルーティーな新世界
Kondo Coffee Stand【新座】
のどかな空気と豊かな武蔵野の自然が色濃く残る新座駅周辺。駅から少し歩いた閑静な住宅街の一角、アパートの1階をリノベーションしたスタイリッシュな外観で迎えてくれるのが「Kondo Coffee Stand」だ。
ドアを開けると、白とナチュラルウッドを基調にした明るい空間に、香ばしい焙煎の香りが漂う。迎えてくれるのは、国内最高峰の競技会ジャパン サイフォニスト チャンピオンシップ 2022で頂点に輝いた日本一のサイフォニスト・近藤寛之さんだ。カウンターに立つ近藤さんの前には、フラスコとロートが組み合わさった美しいサイフォン器具が並ぶ。
下部のフラスコでお湯を温める工程から、すでに近藤さんの緻密な科学的アプローチが始まっている。近藤さんは「水の中に溶け込んでいる気体(ガス)があると、お湯が上へ上がるときにポコポコと泡立ってしまい、お湯の流れや対流が乱れてしまうんです。そうすると粉とお湯が均一に触れ合わなくなってしまうので、しっかり沸騰させて中のガスをしっかり抜いてから、気泡のないきれいなお湯を上へ押し上げるようにしています」とわかりやすく解説してくれる。
さらに「抽出って淹れ方の技術が注目されがちですが、実はそれ以前に『お湯とコーヒーをいかにムラなく均一に触れ合わせるか』で味の良し悪しが決まります。だからこそ、抽出にムラが出る原因を最初から徹底して取り除く手段を最優先にしています。淹れ方はその次ですね」と、一切のブレを許さないプロのこだわりを明かしてくれた。
フラスコから上部のロートへと一気に駆け上がったお湯がコーヒー粉と混ざり合い、再びクリアな液体となって下りてくる。その一連の流れるような手さばきは、まるで精密な科学実験を目の当たりにしているようで、思わず息をのんで見入ってしまう。
扱う生豆のチョイスにも、訪れる人の心をつかむ強いこだわりが光る。農作物であるコーヒー豆の中から、季節ごとに近藤さん自身がよいと感じたものを厳選して仕入れているそう。「一般的なフルーティーなスペシャルティコーヒーももちろんすてきですが、浅煎りコーヒーに対して酸味が苦手という先入観を持っている方にこそ、思いっきり概念を覆すような体験を届けたいんです。コーヒーの範疇を軽々と超えていくようなフルーティーさを一口味わえば、一瞬『本当にコーヒーを飲んでいるのか!?』と驚くはず。そうした体験が、浅煎りコーヒーを好きになってくれるきっかけになればうれしいですね」と近藤さんは熱を込めて語る。
抽出理論では、湯に触れてから立ち上る香りをフローラル、フルーティー、スイートの3段階に分類し、撹拌のタイミングやスピードを緻密にコントロールすることで、狙った果実のような風味を液体の中へ閉じ込めるという。
その真骨頂を体感できる一杯として、この日ラインナップされていたのが「コロンビア ウィラ ブエノスアイレス スーダンルメ サーマルショック アナエロビックナチュラル」だ。美しいカップから立ち上る香りを吸い込み、ひとくち含んだ瞬間、誰もが目を見張るはず。ブルーベリーガムやライチ、上質な赤ワインを思わせるジューシーで甘やかな香りが爆発的に広がり、従来の苦いコーヒーのイメージが一気に吹き飛んでしまう。その時期にしか出合えない一期一会の豆とのめぐり逢いも、ここを訪れる大きな楽しみのひとつだ。
この特別な一杯に寄り添うのが、お店で手作りされるこだわりの焼き菓子たち。「自家製スコーン アールグレイ レモン ホワイトチョコ」は、アールグレイの気品ある香りとレモンの爽やかな酸味、ホワイトチョコのまろやかな甘味が重なり合い、フルーティーな浅煎りコーヒーの風味をぐっと華やかに引き立てる。「自家製サブレクッキー チョコチップ」のザクッとした軽快な食感も、コーヒーブレイクの楽しい気分をさらに盛り上げてくれるはずだ。
※お菓子は日によって異なります
地元への想いについて、近藤さんは「ここは僕の生まれ育った場所なんです。スペシャルティコーヒーの魅力を僕の生まれ育った街から発信して、『新座といえばスペシャルティコーヒー』と言われるようにしたい。サイフォンで淹れるコーヒーの文化も含めて、日本全国に広がっていくような街にしたいですね」と笑顔で話す。
さらに近藤さんは、技術を教えるコンサルタントや教育者としての熱い信念も併せもっている。「やり方や手順だけを教えても応用性がありません。コーヒーの性質や原理という根本から理解することで、自分で淹れる楽しさの幅を広げてほしいんです。新たな知識を得て『へぇ』と満足して持ち帰ってもらい、その人がまた別の人へと伝えていくような連鎖反応を起こしたい。そうした知識が一人ひとりの知的財産として残っていったらうれしいですね」と、コーヒーを通じて知識を広げていくことへの想いを語った。
プロ向けにとどまらず、一般の人がコーヒーに興味を持ち、深く知るきっかけとなる場所を目指しているという近藤さん。市民会館でのワークショップや、新座の名刹・平林寺の厳かな和室で開催されたサイフォンワークショップをはじめ、地域に寄り添いながらコーヒーの楽しさを伝え続けている。一人ひとりの好みに合わせて丁寧に淹れ方を提案してくれる姿も頼もしい。ここでしか体験できない驚きの一杯との出合いが、日々の暮らしをパッと豊かに彩ってくれるはずだ。
Kondo Coffee Stand
住所:埼玉県新座市野火止5-11-54 カーサビアンカ 101
電話:なし
営業時間:12:00~17:00
定休日:不定休
交通:JR武蔵野線新座駅から徒歩約7分
それぞれのカフェで過ごす時間は、日常の忙しさを忘れさせてくれる心地よいひととき。絵本の世界のような空間で味わう手作りおやつ、ジャズの音色に包まれる上質なペアリング、そして世界レベルの技術が魅せるフルーティーな一杯。どのお店も一杯のコーヒーを通じて、毎日の暮らしに小さな幸せと安らぎを届けてくれる。
西国分寺、新秋津、新座には、途中下車して訪れたくなる個性豊かなカフェがある。お気に入りの一杯と心温まる出合いを求めて、JR武蔵野線でカフェ巡りを楽しんでみよう。
文=北村康行、撮影=樋口涼