戸田恵梨香と大原櫻子を主演に迎え、太平洋戦争末期に実際にあった疎開保育園を描いた映画「あの日のオルガン」。東京大空襲前に若い保母たちが幼い園児とともに集団で疎開し、さまざまな問題に直面しながらも強く明るく生きる姿を活写している。メガホンをとったのは、山田洋次監督の助監督と知られる平松恵美子監督。疎開保育園を描いた思い、子どもたちとの撮影の裏話など平松監督に話を伺った。
映画「あの日のオルガン」は、1944年に実際にあった疎開保育園の話をベースに、園児たちと毎日を必死で生きる保母を描く作品。保母たちのリーダーとなる主任保母の板倉楓を戸田が、子どものように明るい新米保母の野々宮光枝を大原が好演。他にも佐久間由衣、三浦透子、堀田真由など期待の新鋭女優陣が保母を演じている。原作は久保つぎこの「あの日のオルガン 疎開保育園物語」。脚本は平松監督自らが手がけた。
「こうした方がいい」と周りを巻き込んで変えていく姿に尊敬
ー最初に疎開保育園のことを聞いたときの印象を教えてください。
原作を読むまで疎開保育園のことは知りませんでした。幼い子どもたちを疎開させるべきだと考えて、所長や周りも巻き込み親御さんたちを説得するまで導いたのが現場にいた20代の若い保母さんだったことに驚きましたね。
ー特に戸田さんが演じた楓は、たくましくて強い女性ですよね。
働き方改革ではないですが、職場の何かを変えたいと思ったときに「こうした方がいい」と周りを巻き込んで変えていく姿は尊敬できますよね。
ー今回、平松監督自らが脚本を担当されています。脚本にあたって「監督の自分への挑戦状」だと執筆したとか?
「子どもたちがこんなに出てきて撮影できるかな?」みたいなことは考えずに、日常生活を丹念に描くように執筆しました。
ー脚本を執筆する際には、モデルの方たちに取材されたんですか?
当時、一番若かった保母さんにお会いしました。疎開保育園の様子などを伺ったんですが、もう100歳近いのにすごく明るくて「大変だったけど楽しかった」って大笑いする。そのエネルギッシュさがあったから、田舎の疎開場所で24時間保育という誰も経験したことのないことをやってのけたんだなと思いました。
久しぶりの監督作。「最後でいいや」の気持ちで取り組んだ
ー戦争の悲惨さを描くのではなく、子どもたちとの日常を色濃く描いているのが印象的でした。
原作の久保つぎこさんが仰った「物事を始めることは、楽しくて前向きである」という言葉が印象的で。疎開生活のはじまりは村人たちとのいざこざや子どもたちのおねしょとか問題がいろいろあるけれど、元気で明るくてとりあえず前向きなんですよね。その部分は大事に描きました。
ー久しぶりにメガホンを取られたわけですが、心境はいかがでしたか?
「これで最後でいいや」のつもりで取り組んだんですが、意外にも肩の力が抜けていました。映画は私一人の力だけではできないので、頼れるところはみんなに頼ったからでしょうね。そういう意味では、劇中の疎開生活と同じです(笑)戸田さんをはじめ保母役の女優さんにも子どものことをお任せました。私が全員を見ることができないので、撮影が始める前からお願いしていました。
保母を演じた女優たちについて
ー保母たちのリーダーでもある楓を演じた戸田さんですが、その時代をたくましく生きた芯の強い女性を見事に体現されていますね。
戸田さん自身が持つ芯の強さを感じていたので、深い陰影のある表現ができると信じていました。彼女の役はストレスのかかる芝居が多くて、怒る芝居でもそれぞれに理由があるから全部違う感情で怒るようにしてほしいと伝えました。今、振り返ってみても、やっぱり綺麗ですよね。見ていて本当に飽きない(笑)
ー大原さんが演じた光枝は太陽のような明るさで子どもたちにも慕われています。大原さんにぴったりな役ですね。
明るさとエネルギッシュさがあるから大丈夫だろうとは思っていたんですけど、もう素晴らしくてそれどころではなかったですね。
ー他にも佐久間さん、三浦さん、堀田さんなどこれから注目される女優陣も起用されています。彼女たちはオーディションで選ばれたと伺いました。選んだ決め手は?
オーディションでは童謡を歌ってもらいました。芝居ができるということもありますが、決め手は人柄かな。子どもたちと接してもらうことになるので、話をしているときの表情や人柄が大事でした。
子供たちとの撮影秘話。現役の保育士も共感
ー劇中では、子どもたちの表情ひとつで笑ったり切なくなったりと感情が揺さぶられます。子どもたちにはどんな演技指導をしたんですか?
例えば後半の女の子2人が離れ離れになるシーンで、手を離した女の子が泣き出すところがあるんですけど「この子とずっと仲良くしてて、分かれて離れ離れになる。ずっと繋いでいた手を離したらどんな気持ちになる?」って、ここぞというシーンのときだけ、ここぞという子に直接話をしました。
ー抽象的な指導でもあれだけの繊細な演技ができるんですね!子どもたちとの撮影で大変だったことはありますか?
撮影中に一人がトイレに行きたいって言うと、周りの子たちも必ず言い出すんです(笑)トイレ以外でも「お水飲みたい」って言うと、私も僕もってなって。撮影があっという間に30分ぐらい停滞しちゃうので大変でしたね(笑)
ーすでに現役の保育士さんにも本作をご覧いただいているそうですが、感想などは寄せられていますか?
保育のヒントがたくさんあると言っていただきました。ベテランの保育士さんは戸田さんが演じた楓にものすごく共感していましたね。中間管理職だから(笑)若い保育士さんたちは大原さんが演じた光枝に感情移入したと感想をいただきましたね。
「保育の現状について議論するきかっけになれば」
ー戦争、女性、保育と、さまざまな側面に切り込んだ作品になっていると思います。
原作をどう料理するかを考えたとき、子ども目線か保母さん目線でいくかで違うものが出来上がったと思います。私の場合は保母さん、特に戸田さんのモデルになった方に魅力を抱きました。本作は保育の原点が描かれていると思います。保育士の皆さんはきっと子供が好きで保育士になられた方が多いはず。
でも、いざ働いてみると待遇面など思うところがあって保育士の道を断念する方もいる。この作品を見た保育士さんのなかには「初心を思い出しました」と言ってくださる方も多くて。人の命を預かる大事な仕事だからこそ、もっと保育士は評価されるべきなんです。この作品が保育の現状について議論するきっかけになってくれれば。
ー山田洋次監督は作品をご覧になったのでしょうか?
「男はつらいよ」の新作の撮影前で忙しそうだったので、見ていないだろうなと思っていたんですが、私が知らないうちに見てらっしゃいました(笑)
ー何か感想などはお聞きしましたか?
いろいろありましたけど、なんて言われたのかは秘密です(笑)
■映画「あの日のオルガン」 2月22日(金)よりなんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹ほか全国ロードショー
URL:https://www.anohi-organ.com/
山根翼