全国約1400店舗を展開するスターバックスで2016年から展開する「JIMOTO made series」。これまでに全国9箇所で、日本各地の“地元”で活躍する伝統工芸やその職人とコラボレーションして製作したグラスやマグカップを地元のスターバックス限定で販売し、地域の人びとが地元のすばらしさを再発見するきっかけを創造してきた。今年も新たなシリーズが登場、第10弾は愛媛県・中予エリアの砥部焼のマグが発売される。地域の人々と一緒にどのように作られたのか、現地で取材を行った。
バリスタや現地スタッフの声で“地元の誇り”を商品化する「JIMOTO made series」
「JIMOTO made series」では、江戸切子のアイスグラスや、九州・佐世保の三川内焼のコーヒーカップ、広島の伝統工芸である宮島御砂焼のマグカップなど、ユニークな事例を展開している。過去9事例の中には、スターバックスの現地パートナーから製品化希望の声が上がり、形になったものもあるという。
甲賀名物の“信楽焼の狸の焼き物”をイメージしたマグを作った際には、この取り組みを通じて改めて地域の文化・産業などを知り、地元に対する愛着や誇りから「もっと地域を代表する伝統工芸をお客に伝えていきたい」と、店舗発案の“信楽焼たぬき”が設置された。市長が店を訪れて記念撮影をするなど地元名物に発展したという事例もあり、若者にとっての狸の焼き物のイメージも変わりつつあるという。
そんな「JIMOTO made series」の新作が今年も登場。第10弾は愛媛県の「砥部焼」に着目する。日本有数の焼き物の地として知られる愛媛県・中予の地域を、山間の梅が咲き乱れる季節に取材した。
240年の歴史がある伝統工芸品・砥部焼
3月とはいえまだ肌寒い。砥部焼のアート作品が展示されるスターバックスコーヒー松山中央店でテイクアウトしたコーヒーで体を温めつつ、砥部焼のふるさとを目指した。砥部町に入ると、至る所で砥部焼のアートやモニュメントが出迎えてくれた。
今回、着目した「砥部焼」は、ぽってりとした厚みのある白磁に“呉須色”と呼ばれる青色の文様が特徴。砥部町では約100もの窯元があり、それぞれにオリジナリティーある商品を生み出している。「焼き物」は大きく2つに分類できる。土を砕いた粉からできる「陶器」、そして石を砕いた粉からできる「磁器」だ。砥部焼は石を主原料にした磁器の焼き物だ。
割れづらく日常使いに長け、中予の人々の暮らしに溶け込む砥部焼
砥部焼の夫婦茶碗は、別名「けんか茶碗」といわれる。昭和のテレビドラマやアニメでは、ちゃぶ台をひっくり返して、お茶碗を投げ合う夫婦げんかをしても、ひび一つ入らない――砥部焼の丈夫さをおもしろおかしく表す例えとして、いつからか広まった呼び名だ。そして、砥部焼の頑丈さをあらわす話がもう一つ。砥部焼販売協同組合の理事長を務める泉本明英さんに話を聞くと、こんなエピソードを語ってくれた。
「あるラーメン屋さんから、ラーメン鉢の注文を受けたんです。今使っている鉢と同じ厚み、同じ形の砥部焼のラーメン丼を作ってほしいと。そのお店ではなんでも1年間に約800個も割れていたんだとか。ところが、砥部焼のラーメン鉢に切り替えたら、年間100個弱しか壊れなくなったそうです。同じ形状と厚みで作ったわけですから、丈夫さの秘密は砥部焼の原材料にあるのかと思ったのですが、強度検査で出てくる数値のデータで比べてみても、他とそんなに変わらない。とても不思議なんです」(泉本さん)
まさに、長い年月をかけて編み出された、人から人へ伝承されてきたノウハウのなせる技だ。
ところがその砥部焼が、今岐路に立たされている。
「砥部焼の出荷量は1990年代をピークに減少しています。高齢化で熟練の職人さんが一線を退き、人手が足りなくなっている問題もあります」
砥部焼は、ほとんど工程が「手作り」で、受注生産が基本だ。職人がろくろを挽き、絵付けも筆で一つ一つ描かれる。1970年代から80年代の隆盛期には、そんな手作業を1日200個のペースでこなす熟練の職人たちが数多くいたという。砥部焼きは世代交代の過渡期に入っているのだ。
しかし、たしかな希望もある。砥部焼の従事者数は減っているが、実は窯元の件数は最盛期(1980年代)の約60軒から、100軒以上に増えているのだ。ガス釜の普及などもあって、窯に火をくべる作業が、以前ほどの重労働ではなくなった。そのため伝統工芸に関心を持った若い世代が小所帯ながらも窯を開くようになったのだという。もちろん、陶芸塾を開いて後進を育てる、などといった取り組みの成果もある。次の世代への伝統の橋渡し――これは「JIMOTO made series」プロジェクトの精神に重なる部分であるといえるだろう。
職人の仕事を知る、スターバックスパートナーツアー
そしていよいよ、JIMOTO made series 中予の『マグ三唐草』を作る「梅山窯」へ向かう。ここは砥部町で最古の歴史を誇る窯元だ。この日は地元・中予のスターバックスで働く人たちが、自分達が提案した「砥部焼のマグカップ」がいかにして作られるのかを学ぶ「パートナーツアー」が実施された。自分たちの住む土地の「ものづくり」の現場を学ぶために愛媛県のスターバックスのスタッフたちが梅山窯に集った。
地元人たちにとって砥部焼はどういう存在なのか聞いてみると次のような回答が。「シンプルなデザインで普段使いがしやすい印象があります」「家で使っていますが子どもが落としても割れないくらい丈夫です」「手づくりのあたたかみを感じます」。
日ごろから砥部焼に接する人も多いようだが、その想いをさらに深めるために…いざ梅山窯の工房へ。
まずは「ろくろ挽き」の工程。上から眺めたときの円い形や、縁の部分(口縁)の均一な厚みが、ろくろの回転とともに生み出される。シンプルな工具と、無駄のない指さばきで、回転体がカップの形になっていく様はまるで魔法のよう。
取っ手をとりつけてよく乾した後、素焼き窯に入れて約900度で8~10時間かけて焼く。この「素焼き」を経て、ほんのりとしたピンクに色づいたマグカップに、こんどは「下絵付け」を行う。
他の作業場から独立した「下絵付け」の作業場には、静謐でピンと張り詰めた空気が漂う。習字の筆づかいのように一筆で、さまざまな太さや曲線を表現する。描かれるのは、60年近く前から梅山窯に伝わる「唐草模様」だ。一人前になるまでには最低6~7年。最初は真っ直ぐな線を引く練習からはじめるそうだが、それを習得するにも、数か月はかかるという。
下絵付けを施されたマグカップは、「うわぐすり(釉薬)」に浸された後、本焼窯で約1300度で焼かれる。さらに製造工程だけでなく、梅山窯が保持する砥部焼の資料館も見学。
パートナーツアーのラストで、完成品のマグカップとご対面。砥部焼の象徴でもある砥石山をイメージした山なりのシルエットに、カップの底に配した「唐草」模様。完成品を初めて目にするパートナーから歓声が上がった。スターバックスと梅山窯がアイデアを出し合い完成したJIMOTO made CHUYOのマグカップは、三つの唐草模様の意を込めて『マグ三唐草』と名付けられた。
地元名産に光が当たることの価値「会話の時間のお供に」
JIMOTO made CHUYO『マグ三唐草』と砥部焼への想いを、梅山窯の岩橋夫妻が語ってくれた。
「丈夫で長く使える砥部焼は、240年の歴史ある芸術作品ではなく、生活に根ざした“実用品”なんです。今の時代、人の暮らしも多様化して、一家団らんで食卓を囲む機会が少なくなりました。だからこそ、家族や大切な人と過ごす時間を大事にして欲しい。砥部焼は丈夫です。末永くブレイクタイムのお供にしてもらえることが、作り手我々の願いです」
「テーブルに置くと白くてシンプルですが、カップを手にとって飲むと、ほら、底の唐草模様が相手に見えるでしょう? カップの底に模様を入れる試みは、梅山窯でも初めてでしたが、実はスターバックスさんからの提案だったんです。そんな“しかけ”も会話のきかっけになればうれしいですね」
岩橋さんの言葉通り、砥部焼のアイデンティティである手書きの唐草紋様を底面にあしらったのには意味がある。器としての価値を求めるのではなく、コーヒーを飲む時間に生まれる会話の大切さを表現したのだ。スターバックスが大切にしてきた“1杯のコーヒーから生まれるコミュニケーション”を体現するマグカップとなった。
“知ること”で高まる郷土愛、地元の価値を店舗から発信していきたい
梅山窯の見学に参加した現地のスターバックスのパートナーたちも、地元であたためられてきた伝統の理解を深めたようだ。ツアー参加後の感想を聞いてみると、知ったことでさらに地元の愛着が増したようだ。
「絵付け職人の方が『自分が描いた唐草がわかる』とお話しされていたことは、この先ずっと忘れません。マグカップ一つ一つにこめられた想いを、お客様一人一人に伝える橋渡し役になりたいです」、「今日自分が見て感じたことを松山の人間として発信する『責任感』を感じました」、「半年前に松山でくらしはじめたばかりですが、お客様が『砥部焼ってどんな焼き物なんだろう?』と、マグカップを通じて街へやってくるお手伝いをしたい」と、目を輝かせて語っていた。
地元への誇りを持つことの価値を伝える「JIMOTO made series」にまた新たな発信拠点が一つ。愛媛県・中予エリアを訪れる際には、『マグ三唐草』を手に取って、作り手とスターバックスが愛媛・中予にかける思いを感じ取って欲しい。
丹羽毅