今年『翔んで埼玉』で大ヒットを飛ばした漫画家・魔夜峰央の作品がまたしても映画化する。6月28日(金)公開の『劇場版「パタリロ!」』のコミックスは101巻に達し、連載は40年以上続く漫画界のレジェンド的作品。BLブームに沸く近年よりも遥か昔から男性同士の恋愛を描いてきた。爆発的ヒットを記録した『翔んで埼玉』から間髪を入れずに本作の公開を控える魔夜氏に、『パタリロ!』で美少年を描くに至ったきっかけ、加熱するBLブームへの見解、今後の展望を聞いた。
『翔んで埼玉』ヒットの理由、「GACKTだからこそ虚構の世界が成り立った」
――『翔んで埼玉』が今年これだけ大ヒット(※2019年6月時点で興行収入36億円超え)してからの『パタリロ!』公開はすごく良い流れですよね。『翔んで埼玉』の大ヒットはある程度予測していたんですか?
魔夜:そうですね。直感ですが、これはけっこういくだろうなと思っていました。GACKTが主演をやってくれると決まった瞬間に「あ、いくぞ」と。ある意味、GACKTが役を引き受けてくれば、『翔んで埼玉』は映画としてまず間違いないだろうと感じていましたから。『翔んで埼玉』でGACKTが演じた麻実麗をできる役者は他にいないんです。そこら辺の薄っぺらいイケメンじゃあの世界を背負って立てない。GACKTだからこそ、あの“大きな虚構の世界”が成立したんです。
「BLの元祖は私じゃない」男性同士の恋愛を描き続ける理由とは
――『翔んで埼玉』も然りですが、魔夜先生の作品には男性同士の恋愛要素が盛り込まれていて、『パタリロ!』は“少女漫画界の元祖BL(ボーイズラブ)作品”というイメージを持っている人も少なくないと思います。
魔夜:実際に私自身も“BLの元祖”なんて言われたりすることもあります。けど、BLの元祖は私じゃない。『パタリロ!』よりも前に竹宮惠子さん、萩尾望都さんというBLの基礎を築いた2大巨頭の漫画家がいて、私はただその後をついて行っているだけ。私がBLの元祖なんておこがましい話ですよ。
――それでも魔夜先生が『パタリロ!』を描き始めたのは70年代。その当時、男性同士の恋愛ものを描く、というのは世間の風当たりも強かったのではないでしょうか?
魔夜:それはまったくないです。先程も言いましたように、竹宮惠子、萩尾望都という伝説的な先発投手がBLの世界を作ってくれていたので、男の私が男性同士の恋愛ものを描くことについて、誰かに何か言われたことは一切ありませんでした。ただ、私自身をゲイだと勘違いして、好意をほのめかすお手紙を頂くことが多々あって、それにはちょっと閉口しましたけどね(笑)。勝手に「こういうセリフを書けるってことはこの作者は本物だ!」とか思われていたみたいで、そのたびに「違うんだけどな~。想像で描いているだけなんだけどな~」と心の中で静かに思っていました。
――では、なぜあの作風が出来あがったのでしょうか。
魔夜:私は女性を描くのがどうも苦手で。少年漫画を見て思うのが、作品に出てくる女性ってだいたいワンパターンなんです。それはつまらないなと。これをどうにか面白くしようと試行錯誤しているうちに、女の子の心を持った男の子、男の子の体を持った女の子、みたいなのだったら描けるなと気づいて。しかも、そうするといろんなバリエーションが組めるんですよね。結果として美青年と美少年が絡む画が最も綺麗だなと着地したわけです。
「男性は誰しも美少年に憧れる心を持っている」
――近年は『翔んで埼玉』やドラマ『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)が大ヒットしたように、BLもひとつのジャンルとして人気を博しています。魔夜先生はこの加熱するBLブームについてどう思われていますか?
魔夜:当然こうなるなと思っていたし、不思議な気持ちは全然ないです。実際に『パタリロ!』の舞台をやってみると、1番喜んでいるのっておじさんなんです。あと、以前『帝一の國』の作者の古屋(兎丸)さんと対談したときに知ったんですが、おじさんたちは“自分も美少年になりたい”っていう憧れの心を誰しもが持っているんですって。だから『パタリロ!』なんかのBL作品はそういう内に秘めた美少年への憧れをよく体現しているのかなと思います。
――『パタリロ!』もですが、ここ数年、映画界は空前の実写化ラッシュです。
魔夜:きっと実写専門で書ける優秀な脚本家が少なくなっているんでしょうね。そういう人を育てるくらいなら、既存の作品を出したほうがリスクも低いし、手っ取り早い。『翔んで埼玉』も実は1度GACKTにオファーを断られているんです。理由を聞いたら、GACKT自身もオタクで彼が好きな作品が実写化してがっかりしたことが何度もあるからだと。自分もそれで嫌な思いをしたから断ったと。でも、優れた作品が実写になってがっかりした経験は私自身も何度もあります。
――これだけコンプライアンスの厳しさが叫ばれている時代に『パタリロ!』の実写化はかなりの挑戦ですよね。
魔夜:でも、『パタリロ!』は舞台でまずやっていますからね。舞台はあくまで限られたスペースで、そこでお金を払ってくれる人たちに見せているわけですから。不特定多数の人に見せるテレビでやるんだとしたら、ハードルは高いでしょうけど、テレビに比べたら映画のほうが、映画に比べたら舞台のほうがやりやすくはなりますよね。
「『パタリロ!』は200巻まで続きます」魔夜峰央が語る、好きなことを続ける秘訣
――自身も映画に登場したり、酒豪伝説を残したり、独自のファッションを貫いたりと数いるクリエイターの中でも独創的で突き抜けているイメージです。魔夜先生はある意味“変わっている人”を崩さないというか。
魔夜:自分でも変わっているなとは思います(笑)。でも、それは貫こうとしているんじゃなくて、自然とこうなってしまっただけ。私は昔から嫌なことはやらない…というよりできない性分なんです。『パタリロ!』は40年描いていますけど、それは楽だから続いているんですよね。他の作品も描いてきましたが、みんな途中で苦しくなって続けるのが大変でした。けど、『パタリロ!』だけはものすごく自由に描けるんです。それはなぜかというと、考えなくていいから。『パタリロ!』に関しては本当に適当で行きあたりばったりですよ。だからコミックスが100巻以上も続くんです。続ける秘訣は考えなくていいこと。
頭の中で物語が自然と思い浮かぶというより、パタリロとバンコランが勝手に会話を始めるの。私はその会話を紙の上からペンでなぞって人の目に見えるようにしているだけ。時々ふたりの会話が早すぎてついていけないことはありますけど、全然考えていないです。でも、頭使わなくて済むから楽ですよ。
――魔夜先生にとって『パタリロ!』とはずばり?
魔夜:趣味です。他の漫画は仕事ですけど、『パタリロ!』は趣味。私はその趣味を何となく40年以上続けています。
――これからも『パタリロ!』は続いていくんですね。
魔夜:そうですね、とりあえず200巻まで。あと40年は続きますね。頑張ります(笑)。
近藤加奈子