連載第29回 2017年「愛しあってるかい!名セリフ&名場面で振り返る平成ドラマ30年史」

東京ウォーカー(全国版)

名セリフ&名場面で振り返る平成ドラマ30年史


私がこのドラマ、何とかしてあげる。みんなには内緒ね


2017年―。ブルゾンちえみwithBの「35億」ネタが大流行。音楽では欅坂46の「不協和音」が大ヒットした年である。そして、大阪府立登美丘高校ダンス部「バブリーダンス」が話題沸騰し、その楽曲「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」を歌唱していた荻野目洋子も再ブレイク。将棋界では藤井聡太フィーバーが吹き荒れていた。テレビドラマの動きは「2017年は、視聴率という面では、『ドクターX~外科医・大門未知子~』や『緊急取調室』など続編が上位にきているんですが、また別で、オリジナル脚本のパワーを感じる力作が多い年ですね」と影山貴彦氏。「まずはこれを語らせてください!」と、迷いなくリストから選んだ1本とは…。

―「2017年はこの作品の年」と言いきるほど思い入れのある1本があるそうですね。

はい、「カルテット」です。内容的にはかなり複雑なドラマなんですよね。おとなのファンタジーといいますか、おとぎ話的な感じの中にすごい生々しさが混じっているんです。その隙の無い構成に舌を巻きました。脚本は坂元裕二さん。物語は避暑地で見ず知らずに等しい4人が共同生活をするところから始まるのですが、そもそもルームシェアは、一昔前ならかなり特殊な感覚のものでした。しかし今では「住んでみないとわからないし、いろんな人と出会える」と普通に受け入れられていて、「カルテット」はその時代性もしっかりと反映させていた。私が現代の若者たちに感心するのは、合わないと思っても全面的に拒否するのではなく、スッと距離を取れることです。そういった人間関係を希薄なのではないかと疑問を呈する人もいますが、それは違う。彼らなりの心地よさがあるんですよね。カルテットのテーマは、まさにその「距離感」だった気がします。それほど深く結ばれていたわけではない4人が徐々に絆を深め、秘密を打ち明けていくのですが、グレーゾーンの残し方が絶妙でした。

―「カルテット」といえば、なんといっても心に突き刺さる名ゼリフの数々も話題になりました。

私は同志社女子大学で教鞭を取っているのですが、当時のゼミの3年生が全員カルテットを観ていたこともあり、「カルテット」のシナリオ上下巻を購入して、一番心を打ったセリフを発表する課題を出したんです。いやあ、盛り上がりましたね! 個人的には、松たか子さん演じる真紀が、「泣きながらご飯を食べたことある人、生きていけます」と満島ひかりさん演じるすずめに言った言葉が、温かくて本当に好きでした。また、脚本の坂元さんは松たか子さん、松田龍平さん、高橋一生さん、満島ひかりさんという主役4人に対して、深い愛情の眼差しを持って描いているのですが、同時に少し突き放している感じもある。それもまた「カルテット」の面白さを作っていたと思います。ドキッとしたのは、「志のある三流は四流だからね」。4人に対して、音楽プロデューサーの男性が言う一言なのですが、なんというところをついてくるのか、と胸を押さえましたよ! このドラマのおとぎ話感に対して、視聴者が思うであろう「世間はそんなに甘くないんじゃないか」という感想までも、しっかりセリフとして組まれているんですね。坂元さんは、視聴者がどう観るか、その先の先まで予測しているのだと思います。もう、かなわないですよね。

脚本はもちろんですが、主演の4人全員が、うまいを通り越して凄みを感じました。松たか子さんは、回を追うごとにオーラがうねりながら出てくる感じで、怖いほど美しくなっていくし、満島ひかりさんは泣きの芝居が最高。泣きながらも、うっすら笑うんですよね。2016年には「トットてれび」で黒柳徹子さんを演じていましたが、このときもまるで黒柳さんが憑依しているようでした。高橋一生さんは、2015年の「民王」での秘書・貝原役ですでにブレイクはしていましたが、この「カルテット」で揺るぎない存在感を示しました。誠実さの中に、何層にも重なった野心を感じる人です。そしてなにより深みのある声! あの声を感情豊かに操ってくるのですから、心に響かないわけがない。今放送中の「凪のお暇」も素晴らしいです。そして松田龍平さん。彼は、静かだけど狂気と殺気を放つ俳優さんです。しかし「カルテット」では、それを小指の欠片ほどしか出していなかった。彼が、そうして抑えた演技をしたからこそ、4人のバランスが取れたと思います。つまり、名優4人が、それぞれの役割を完璧に理解し奏でた、ということですよね。全員が常に真剣勝負という感じを受けたドラマでした。楽屋風景が想像できないほどに(笑)。

小栗旬のストイックさが際立った「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」


―2017年は、アクションが素晴らしいドラマも多かったですね。「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」「奥様は、取り扱い注意」という、金城一紀さん原案・脚本の2本が話題になりました。

「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」は、骨太なドラマでしたね。視聴後もずっしりと心に残る重みがありました。小栗旬さんは、ストイックな役が本当によく似合います。小栗さんと原案・脚本の金城一紀さんとは、2014年「BORDER警視庁捜査一課殺人犯捜査第4係」でもタッグを組んでいて、この出会いは大きかったでしょう。小栗さんのダークな魅力を見事に引き出したと思います。2019年7月19日に公開された映画「天気の子」では声優としても参加していて、もう声だけでもうまい! 私の中では「小栗旬出演作品に外れなし」です(笑)。ハリウッド進出を目指して米国移住、というニュースが最近流れましたが、世界に出たくなるのも仕方ないですね。あり余る力を持っていらっしゃるので。私としては、もっともっと日本の作品で活躍する彼を見ていたいですが……。

「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」で小栗さんの相棒を演じたのが西島秀俊さん。彼と綾瀬はるかさんが夫婦を演じた「奥様は、取り扱い注意」も素晴らしかったですね。綾瀬さん演じる奥様がスパイ、西島さん演じる夫が公安。西島さんは刑事役が多かったので、アクションもお手の物だと思うのですが、それにガッツリと組み合った綾瀬はるかさんの運動神経の良さに感心しました。「JIN~仁~」の咲さんのように抑えた役から、こんなアクティブな演技もこなす、多岐に渡る才能の持ち主。まちがいなく、日本を代表する女優のひとりだと思います。綾瀬さんと西島さんは、来年公開の映画で共演、しかも激しいアクションがあるということ。待ち遠しくて仕方ありません!

悪役として凄みを見せた石黒賢、東出昌大


そして、「CRISIS 公安機動捜査隊特捜班」で悪徳政治家、「奥様は、取り扱い注意」ではパワハラ亭主の役を演じた石黒賢さんも、大好きな俳優です。若い頃は「振り返れば奴がいる」など、正義感の強い爽やかな役柄が多かったですが、ある時期から悪役で活路を見出し、今では大勢を操る凶悪を演じられる、稀有な存在感を発揮しています。上品で理知的な立ち姿が、暗躍する政治家や表裏のあるエリート役にバシッとハマるんです。石黒さんが出てきたら「おっ、大きな事件が動くな」と身を乗り出してしまいますから。

悪役開眼という意味では、2017年の「あなたのことはそれほど」の東出昌大さんも語らねばなりませんね。いろんなことを眼鏡越しに観察し、眼鏡越しに語る。少し不気味なのだけれど、どこか悲しくて。彼の悪役はまた見てみたいですね。また、波瑠さん演じる主人公・美都の浮気相手・有島を演じた鈴木伸之さんのたたずまいはとても貴重。ギリギリのところでちゃんと普通さと優しさを出す演技をするんですよね。性格の良さが滲み出ているというか、気持ちの大きさを感じます。

画面をグッと締める重厚さと、若手の瑞々しさのバランスが素晴らしい「陸王」


―2017年、他に気になった作品や俳優の方はありますか。

「過保護のカホコ」は、まさに時代の問題を切り取ったテーマだと思いました。「カルテット」でも語った距離感がやはりテーマとしてありましたが、こちらは親との関係。なにかに耐えている人は少しずつ放出すれば爆発を防げるのに、それができないから心の中で溜まって、溜まって。ある日許容量を超えて、いきなりドカーン! と弾けてしまう。そういった、感情の小出しが苦手なタイプの親子関係が、よく描かれていました。

そして最後に「陸王」。主役の役所広司さんのスケールの大きなお芝居は、毎回画面からはみ出るような迫力でした。そして、このドラマのキーパーソンとなる陸上選手の茂木裕人を演じた竹内涼真さん。美しいフォームで走る姿は見惚れましたね。竹内さんのスタイル、若々しさ、自然体の演技が「陸王」というドラマ全体に素晴らしい影響を与えていました。役所さんの息子を演じた山﨑賢人さんも大注目している若手俳優の一人です。才能を感じます。華があるので、漫画原作の実写化で主役をすることが多いですが、王道の人間ドラマも繊細に演じられる人です。時代の風や生活感を運んでくれるんですよね。「陸王」でも「ああ、なんて気持ちのいい役者さんなのだろう」と思って見ていました。映画「キングダム」では、また違った魅力を見せてくれましたし、ものすごい伸びしろを感じます。2020年には、又吉直樹さん原作の映画「劇場」の主演をされるということで、もちろん劇場に見に行きたいと思っています。

「陸王」はご存じの通り、「半沢直樹」や「下町ロケット」と同じ、TBSの日曜劇場枠。現在放送中の「ノーサイド・ゲーム」もヒットしています。2020年4月には「半沢直樹」続編の放送決定が発表されていますが、しばらくこういった下剋上のストーリーが続いているので、ハードルが上がっているのも事実です。見方を変えれば、この流れで再び「半沢直樹」を持ってくるところに制作側の挑戦心を感じます。どう盛り上がっていくのか、とても楽しみです。

元毎日放送プロデューサーの影山教授


【著者プロフィール】影山貴彦(かげやまたかひこ)同志社女子大学 メディア創造学科教授。元毎日放送プロデューサー(「MBSヤングタウン」など)。早稲田大学政経学部卒、ABCラジオ番組審議会委員長、上方漫才大賞審査員、GAORA番組審議委員、日本笑い学会理事。著書に「テレビドラマでわかる平成社会風俗史」(実業之日本社)、「テレビのゆくえ」(世界思想社)など。

【インタビュアー】田中稲/ライター。昭和歌謡、都市伝説、刑事ドラマ、世代研究、懐かしのアイドルを中心に執筆。「昭和歌謡[出る単]1008語」(誠文堂新光社)。CREA WEBにて「田中稲の勝手に再ブーム」連載。

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