『まほろ駅前』シリーズ(11・14)や『セトウツミ』(16)、『日々是好日』(18)など軽やかで笑いさえ誘う作品があるかと思えば、『さよなら渓谷』(13)や『光』(17)など、ダークサイドにいる人たちの心を描くアウトサイダー映画も多い大森立嗣監督が、満を持して放つのが、最新作『タロウのバカ』。
学校に一度も行ったことがない少年タロウと、それぞれに悩みを抱える高校生エージとスギオの3人が突き進むその先はいったいどこなのか。作品に込めた想いを、大森監督に伺った。
■「脚本は、色褪せていなかったし、社会もあまり変化してないのでは?」
ネグレクト(育児放棄)を受け、学校にも行ったことがない少年タロウ。「名前がないやつはタロウだ」と言われるままにタロウと名のるこの少年には2人の友達がいた。柔道で挫折を味わい高校をドロップアウトしそうなエージと、その友達のスギオだ。彼らはいつも一緒につるんでいたが、ある日、偶然にもヤクザから一丁の拳銃を奪ってしまったことで、これまで見て見ぬふりをしてきた現実に向き合うことになる。ヤクザから追われ、家族との葛藤や虚空な恋愛、友の死、セックス、ざまざまな現実が彼らを飲み込んでいく。
タロウという存在は、無垢な天使なのか、それともモンスターなのか。それを取り巻く二人の少年は、タロウとかかわることで何を選ぶのか…
監督がこの脚本を書いたのは1990年代。デビュー作として想定していたという20年以上前のものだ。しかし、作品を観ると、弱者への対応は今も昔もまったく時代差を感じない。
「脚本が色あせていなかったんですね。逆に言うと、社会もそんなに変わってなかったんじゃないかと思います。ただ、時代背景的に、冒頭部分の障害者施設の場面や、携帯電話の使い方など、現在にあわせて修正したところはありました」と監督。
この作品は、しょっぱなから重苦しい空気に包まれたシーンから始まる。そこには絶望にしかないような。そんな場面を見せつけられた後、タロウという、無防備で無垢な少年が登場する。
監督はタロウのことを、野生動物のような存在として描いたとういう。サバンナで駆け回っている、そこに善悪などなく、ただただ生きている。だから時に獰猛であり、無垢でもある。「僕はそういう存在を、美しいな、かっこいいなと思うんです。昔からアウトローに憧れがありました」と。荒々しくも純粋。両極端な役を演じきれる役者はいるのか。だからこそタロウを演じる少年を探すオーディションは難航したそうだ。
■「タロウがいた!」主役YOSHIには「そのまんまでいればいいじゃん」
タロウを演じるのは、ストリートブランド「OFF-WHITE」の ヴァージル アブロー(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH)やミニマムなモード系ブランド「ヘルムート ラング(HELMUT LANG)」などのモデルに起用された経験を持つ若干16歳のYOSHI。演技も映画も初挑戦。300人以上の候補者の中から大森立嗣監督自ら選んだ逸材だ。「彼を見たとたん、タロウがいた!と思いましたね。出会った時のパワーが力強かったので、演技経験がなくても、そのまんまでやればいいじゃん、と彼に言いました」。
とはいえ、若手の実力者とも対等に演じなけれはこの作品は成立しない。だからこそ、映画の世界はなにもかも初挑戦のYOSHIに「とにかくセリフだけは覚えてこい。あとは好きにしていいよ」と伝えたそうだ。
■菅田将暉と仲野太賀。一緒の空間を楽しめる2人をキャスティング
YOSHIの脇を固めるのは、若手の実力者、菅田将暉と仲野太賀のふたり。
「菅田君とは『セトウツミ』で一緒にやったことがあり、太賀とは初めてですが面識はありました」という監督。今回は、特に一緒の空間を楽しめる人じゃないとだめだなと思ったそうで、「YOSHI君をいきいきさせよう、YOSHI君に緊張感を与えても、いいことなんて何もないから、俺たちも大人の怖さや上下関係などなしにして、よい空間でのびのびと演じてもらおうよ、と全員がそういう気持ちになっていたと思います」。
狙いは大当たりで、ハードな物語でありながら現場はとても明るかったという。
3人の関係もとてもリラックスしていて「みなで拳銃を持って裸で大騒ぎするシーンでは、菅田君がどんどんアドリブを繰り出してきたので、そのまま撮影しましたし、ある時は、菅田君がタロウを『YOSHI!』と呼び間違えてしまったときもありましたよ」と笑い、完全に打ち解けた3人の関係性が、ザラついたスクリーンの中に、きらめきとしてにじみ出ている。
しかし、彼らの絆が強いほど、過酷なシーンが増えていくのが今作の特徴。スギオ役の仲野太賀は、最大の見せ場を演じるにあたり、監督にたくさんの質問を投げかけたそう。そこで監督はカメラを止め、15分ほど話し合った。「考えろ!と同時に考えるな、と返しました。これ、すごく矛盾しているかもしれないけど、セリフを書くのは俺の仕事で、それを演じるのはお前の仕事。だからこそ、お前の肉体感覚で演じてくれ。お前がどう思うか、俺は信用するよ」と言ったそうだ。破天荒な登場人物が連なるなかで、スギオは一番観客が感情移入しやすい役どころかもしれない。そのスギオを活かしきるために、仲野太賀が監督ととことん話し合った最大の見せ場は、寓話のような物語にひとつの現実味を見せつけてくれる。
■「すきってなに? しぬってなに?」を自分自身にも問いかけてほしい。
信頼関係のある役者と監督、スタッフ一丸となって、向き合った今作。
暴力や死が匂いたち、眼を覆うようなシーンも登場するが、タロウとエージ、スギオの3人の疾走感や儚くどこか寓話のような物語から目が離せない。
「僕はこれまでの作品でも、わからないものに対してどうやって向き合うか、ということをずっとやっている気がします。例えば、タロウのような一般社会から見えない場所にいる人とどうやって向き合うか。それと同じように、わからないもののひとつに『死』というものもあって、自分はどう向き合うんだろうと。だからこそ、何者でもないタロウという、社会に染まっていない無垢な存在を描いて、わからないものに眼を向けられたらいいんじゃないかと思います。好きってなに? 死ぬってなに? というセリフを常に掲げているのも、そこに目を向けてみてはどうですか?と問いかけたいから。経済的な豊かさだけでは、人間として何かが足りないんじゃないですか?」と監督。
「すきってなに?」「しぬってなに?」と、タロウが問いかけるひとことひとことが、観る者の心をざわつかせる今作。なぜタロウがこの問いを繰り返すのか、ぜひ劇場で確かめて。
映画『タロウのバカ』は9/6(金)よりテアトル梅田、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル神戸ほか全国公開
■映画『タロウのバカ』公式HP:www.taro-baka.jp
田村のりこ