「家族を考えるきっかけになれば」草彅 剛主演映画『台風家族』市井昌秀監督インタビュー

関西ウォーカー

映画『箱入り息子の恋』(2013年)などで知られる市井昌秀監督の最新作『台風家族』が、9月6日(金)より3週間限定で全国公開される。本作は市井監督が12年間温めてきた両親への想いをヒントに脚本を書き、主人公の小鉄役に草彅剛を迎えて作り上げたオリジナル作品だ。



12年間構想してきた映画『台風家族』を手掛けた市井昌秀監督


台風が近づく夏のある日、長男の小鉄は、妻の美代子と娘のユズキを連れて帰省し、鈴木家の4きょうだいらが10年ぶりに実家に集まった。10年前に2000万円を強盗して行方が分からなくなった両親の見せかけの葬儀をするために。しかし本当の目的は財産分与。集まった人々それぞれの思惑が絡み合いながら、そこで起こる騒動が描かれる。

12年温めてきたからこそ描けたもの


12年温めてきたという本作が満を持して制作されることとなった背景にはどのような思いがあったのだろうか。『台風家族』では鈴木家の家族模様が描かれていることから、監督自身が育ってきた家庭環境にも触れながら作品への思いを伺った。



主演の草彅剛は鈴木家の長男・小鉄を演じる。©2019「台風家族」フィルムパートナーズ


「12年前に家族の話を描きたいと思ったときに、最初は老夫婦の話だったのですが、途中から遺された家族を描きたいと思いまして」と、『台風家族』の原案は12年の間に浮かんでは消え、消えては浮かんだりしながら、ずっと心にあったと話す市井監督。12年の間には舞台化の話が出たこともあったそうで、そのときに残された家族を描くことで一つの舞台のようなものができるかもしれないと思い、視点を変えて書き出したという。それが映画『台風家族』に近いストーリーとなった。確かに本作は舞台のように、実家でのワンシーンの長回しが印象的だ。

「そうしていくうちに舞台でなく映画で撮りたいとなりまして。映画にできたらなと思っていたんですけど、12年経つ頃に今の時代の内容的にユーチューバーなど今だからこその要素も入れて、ようやく現在の段階になりました」。

構想し始めたころから12年温めてきたからこそ膨らんでいった設定も多く反映され、満を持しての映画制作となった。

台風と掛け合わせて描きたかった家族の姿


『台風家族』は両親への想いをヒントに作られたというが、市井監督はどのような家庭環境で育ってきたのだろうか。

「そもそもが正確に言うと13年くらい前、僕が30歳のときに、ずっと親元から離れて長男なのにあまり実家に帰ってなかったんですね。それで、両親に捧げるというと大げさですけど、両親に向けた映画を作りたいと思いました」。

4人家族で育ってきた市井監督。子どもの頃の家族との思い出で、特に鮮明に覚えているのが、当時住んでいた実家の富山に台風が来た夜のことだそう。

「小学校5年生くらいのときに家族内がちょっと不和だったんですけど、台風がやってきた夜中に停電になって。台風が過ぎ去った後に夜中なのにちょっと外に出たんですよ。台風が去った後の非現実的な散らかった街を見て、無邪気に家族4人ではしゃいだ記憶がある。そのときにすごく距離感がぎゅっと縮まった経験がありました」。

このときのことがとても心に残っていると語る市井監督。その経験を経て、「なにか家族を描くときには台風と掛け合わせたものを」という思いがあったという。

監督自身にもある兄弟コンプレックス


本作では両親の姿だけでなく、兄と弟、兄と妹、弟と妹などきょうだい間の関係性もありありと描かれるが、監督自身、4人家族の長男ということで、鈴木家の長男である小鉄には自身を投影した部分があったという。

市井監督は、「僕は弟がいて、今は仲いいんですけど、中学2年生か3年生のときには、身長を抜かされて、成績的にも弟がものすごくできて。別に両親から比較されたわけじゃないんですけど、自分の中でそれがものすごくコンプレックスになっていた」とうち明ける。

そのくすぶった思いは、弟を避けて近くに住んでいた祖父母宅から学校に通おうと思うほどだったそう。

「今は本当仲いいんですけど、長男の小鉄と(次男の)京介の身長差もあるような設定にはしましたね」と自らの境遇が作中にも反映されていることを明かした。また、「小鉄に投影していたし、不思議な話、末っ子の千尋にも似てるんじゃないかなって思いながら共感できる部分がありながら書いた」と言う。市井監督が「どこか似ている」という小鉄と千尋の描写には、監督自身の抱く兄弟に対する羨望にも似た劣等感が反映されていたようだ。



事件によって人生を狂わされた鈴木家4きょうだいたち© 2019「台風家族」フィルムパートナーズ


オリジナルだからこそ描けた登場人物の裏設定


撮影に臨むにあたり、市井監督は小鉄役の草彅剛をはじめ、主要キャスト一人一人に、それぞれの役が過去に生きてきた履歴を書いた登場人物表を渡したという。

「あまりそのキャラクターの性格とかは書かずにどういう事実があったかみたいなことを書いて渡して、本当3、4枚の人もいれば、2枚とかでも結構な分量になるので渡した」と話す。

そこには、兄弟らから非難される小鉄の小物っぷりがよくわかるようなエピソードや思わずクスッと笑えるような話も織り込まれていたという。例えば、妹の麗奈は中学1年のときに、小鉄が麗奈の下着を売っていた事実を知った過去があったり、小鉄の娘のユズキは、強盗事件のあった10年前の小学生だった時に祖父が逃げ切ったことを同級生らから讃えられ、一躍ヒーロー扱いされたことがあったり、麗奈は末っ子の弟である千尋をかわいがっているが、実はそんなかわいがってる自分が好きだと思っている一方で、千尋はそれをちゃんとわかっているなど。そんな裏設定の数々を知ると、登場人物の輪郭がより具体化され、いきいきと輝いてくる。

市井監督もその手ごたえを感じていたようで、「この人物表を事前に衣装合わせのときなどで共有させてもらったので、撮影のとき、麗奈役のMEGUMIさんは出来上がってたなと思いましたね」と笑う。実際には紙を渡した後は役者らと裏設定について細かく話すことはなかったというが、俳優たちの役作りに大いに役立ったことが推測される。

市井監督は役者たちに登場人物表を渡し、それぞれの人物がこれまで生きてきた過去を伝えた。©2019「台風家族」フィルムパートナーズ


これまでの草彅さんのイメージにない役を


このように裏設定までしっかり練られて作られていった登場人物たちは、まるであて書きかと思うくらいどの役もぴったりはまっている印象を受けるが、主演の草彅剛を始め、本作の配役はどのように決められていったのだろうか。

「プロットが大体できてるぐらいのときに草彅さんを紹介されて。そのあと小鉄を草彅さんにしたらすごくハマるんじゃないかと思って」。小鉄の性格を形容するなら、クズ、小物、ずる賢いなどが当てはまるであろうこの役は、これまでの草彅のイメージにはあまりない役である。「そういう部分を草彅さんがやったら面白いんじゃないか。草彅さんにこういう台詞言わせたいとか、そういう感じで書いていきました」。

また、シナリオがある程度できあがってから決めたという小鉄の兄弟らのキャスティングは、「基本4きょうだいは、何となく色白という共通点で。プロデューサーと一緒にそういう方向性にしたいと話した」と思いがけない共通点も明かされた。

市井監督が描く女性像


本作では小鉄のずる賢さが際立つが、そんな小鉄を見つめる妹の麗奈や妻の美代子ら女性陣の魅力も無視できない。これまでの市井監督の作品でも女性の優しくも芯のある強い女性が描かれていることが多いことから、監督の中にある女性像について伺うと、「おそらく自分の母や妻を見てきてるからだと思うんですけど、僕はどうしたって女性の方が強いというか男性の方が表面上はつっぱってても、やっぱ女性の方が強いっていうのがすごくありまして」と語る。それがわかるエピソードとして、

「うちの父方の家族が、僕が小さい頃は曾祖父母もいたんですけど、すっごい血気盛んなひいおじいちゃんで。実際僕と会ってたときもそうなんですけど昔はもっとすごかったみたいで、そのときによく曾祖父が祖父とよくけんかしてたらしいんですね。祖父は婿養子だったけれど曾祖父と茶碗を投げ合ったりとかそのぐらいのことがあったみたいで」と、目を細める。「あるとき、そこに曾祖母がいて、茶碗がバンッて額に当たって血が流れたらしいんですよ。でもそのときに普通にそのまま飯を食ってたらしくって。それを聞いたときにやっぱ女性って強いな。強いというか、結局止めるでもなく。それを聞いたときにぞっとした思いが残っている」。市井監督の中に強い女性像というものが意識的に根付いていることを明かしてくれた。



市井監督の作品には優しくも芯のある強い女性たちが描かれている。©2019「台風家族」フィルムパートナーズ


最後に市井監督は映画『台風家族』を観る人たちに向けて、「(笑いどころや泣きどころを)こっちのさじ加減で強調するのはあまり好きではないので、本当にずっと笑っていただいても嬉しいですし、隣の人は笑ってる中、ぐっときていただけるならそれもそれで嬉しいですし、自由に観ていただいて」と楽しみ方を観客に委ねつつ、「本作が、観た方にとって家族っていうものを考えるきっかけになる映画であればいいなと思います」と温かい眼差しで語った。

映画『台風家族』は9月6日(金)より3週間限定で全国ロードショー。

町草告美

注目情報