『アヒルと鴨のコインロッカー』(04)や『ゴールデンスランバー』(08)などで知られる人気ベストセラー作家、伊坂幸太郎の唯一の恋愛小説集『アイネクライネナハトムジーク』を、群像劇の名手、今泉力哉監督によって、オール仙台・宮城ロケで映画化。平凡な人々が織りあげていく10年間の恋と愛の物語をつむいだ今泉監督に、作品に込めた思いを伺った。
■始まりは伊坂幸太郎とミュージシャン斉藤和義の運命的な絆から
この作品の原作『アイネクライネナハトムジーク』が生まれたのは、斉藤和義が伊坂幸太郎に当てた「歌詞を書いてほしい」というオファーがきっかけ。伊坂は斉藤の大ファンで、彼のために「小説なら」と短編『アイネクライネ』を書きおろした。その作品をもとに斉藤は新たに『べリー ベリー ストロング~アイネクライネ~』という曲を作ると、その返答にと伊坂が『ライトヘビー』を書きあげた。この2編に新たな4編を加えたものが、累計発行部数54万部を売り上げる小説『アイネクライネナハトムジーク』だ。
内容は、10人以上の人生が10年をかけて交差していく物語。映画化するなら彼に、と伊坂が直々に指名したのが恋愛群像劇を得意とする今泉力哉監督だった。オファーが来たとの気持ちはどんなものだったのだろう。
「すごくありがたかったし、あまり小説を読んでなかった自分でも、伊坂さんの小説は映画化されたこともあって、よく読んでいました。ただ、原作があるものをまとめていくというのはオリジナルとは別の作業で。当初は自分で脚本を書いてみたいと思い3か月くらい時間をいただいたのですが、全然書けなかったんです。というのも、映画化ってそぎ落としていく作業なんですね。でも、僕はサブエピソードのような小さな話も大好きだからそれを全部落としていかないといけないのがもったいなくて。それで、伊坂作品を手掛けている脚本家の鈴木謙一さんに入ってもらったんです」。
落としたくなかったところは?と聞くと「そんなのいっぱいありますよ!(笑) 藤間さん(原田泰造)が自動車免許の更新をする話も、僕は好きだったんですが、丸ごと落としています。あと、でてくる言葉やつながりを再構築して、登場人物を減らしていたり。でも落とした部分にも彼らの人間性がでていて、僕が脚本を書いていた時は落とせなかった。やっぱりね、原作って一回完成されているので、そこへのリスペクトもあります。でも、映画化するなら、原作とはまた違った面白さにならないといけないと思うから。今回は、すごくそこを意識していました」と監督。
■「この小説の主題は、出会った人が、後になってその人でよかったと思えること。でも、後っていつなの?」
この作品は、10人以上の人々が10年の歳月をかけて愛をはぐくみ、成長し、さまざまな出会いを紡ぐ物語だ。場所は仙台駅前。大型ビジョンには、日本人が挑むボクシング世界王座をかけたタイトルマッチが流れる。そこで街頭アンケートに立つ会社員・佐藤(三浦春馬)とアンケートに答えた女性・紗季(多部未華子)の出会いを中心に、佐藤の上司・藤間(原田泰造)、大学の同級生で佐藤の親友・一真(矢本悠馬)とその妻・由美(森絵梨佳)、その娘・美緒(恒松祐里)と同級生の和人(萩原利久)、さらに、声しか知らない男に恋をする由美の同級生・美奈子(貫地谷しほり)などさまざまな人々が人生が絡み合う群像劇だ。
「原作の一番の主題は、どういう風に人と人が出会うかということよりも、出会った人が後になって、その人で本当に良かったと思えるかどうかということなんです。それってすごくおもしろい視点だし、本当にそうだなって思ったんですが、細かく考えていけば行くほど、後というのは、いつなんだろう?と思えてきちゃって。例えば、高校生の二人の出会いでも、よい出会いだったとわかるのはまだずっと先ですし、藤間さんが奥さんと出会った瞬間、付き合った時、結婚した時、現在まで時を経て、どのタイミングでこの質問をするかによって、思うことや答えはきっと違うよね、と。だから、原作にもうひとつ、映画化だけにしかないものをのせるとしたら『後っていつなの?』という問いかけでした」と教えてくれた。それは、後半に、美緒がさらりと言い放つセリフに集約されている。「作品をつくる時いつも意識しているのは、映画が終わった時に、すべての問題が解決しちゃわないこと。そういうことでこの人たちはこれからどうなるんだろう? 例えばこの高校生二人はこの先付きあうのかな? 佐藤と紗季の関係も、今はハッピーエンドだけど、この先どうなるのかな?と想像する。そういう部分があると、映画って、閉ざされないで、先への想像が膨らみますよね」と語る監督だからこそ、今回は特に、主人公たちの行く末を観客にゆだねているのだ。
■「僕の想像を超えて、佐藤を理解していた三浦さん。バスのシーンは本当に憎めない」
今作の中心人物である、佐藤の見せ場は最後のバスのシーンといってもよい。このシーンはクライマックスであり、佐藤の人生にとっても大きな分岐点になる大事なシーンだ。そこで三浦は、監督の想像とは全く違う全開の笑顔の芝居をしたのだそう。「ちょっとまって、そこってそういう笑顔になるかな?と僕が三浦さんに聞いたんですが、三浦さんは僕以上に佐藤を理解していたんですね。佐藤って不器用でバカ(愛をこめて)なのに、僕のほうが佐藤はもっとちゃんとしていると思い込んでいたんです。でも演じている三浦さんは理解していた。編集したら、三浦さんの演技で間違いなかったんです(笑) あのシーンは本当に憎めない。それを受ける多部さんの演技もすばらしいし、佐藤の不器用さが良く出たシーンです」と楽しそうに語った。
ほか、佐藤の同級生の一真には矢本悠馬を起用。実は監督の飲み仲間で俳優の成田凌さんから「うちの事務所に天才がいる!」と聞いていたそうで、それが矢本だった。「今回は野放し状態で好きに演じてもらいました。少し放置しすぎたかな(笑)」と全幅の信頼を置く。また、一真の奥さんである由美はみんなのマドンナだったという設定で「彼女と会った瞬間からみんな『由美がいましたね!』と心を奪われていました。森さん自身がお母さんという点でも説得力がありましたし」。また、由美と一真の娘・この先の出会いを紡いでいく美緒はクールビューティの恒松祐里が演じた。「彼女の魅力って、見た目のシャープな印象に対して声がめちゃかわいいんですよ。そして、自分に自信がある。今回はモテる側の役ですから、堂々としている様もすごく魅力的だったし、そのまんまがスクリーンに活きています」など、キャストも監督が自信をもって選んだ人たちが作品に挑んだ。
■「斉藤和義さんの曲には、すべてを許容する優しさがあると思う」
今作の主題歌は、原作を生み出したキーマン、斉藤和義が書き下ろした。タイトルは『小さな歌』。もともと「アイネクライネナハトムジーク」とはドイツ語で「小さな夜の音楽」の意。物語の途中にも、斉藤さんという名のストリートミュージシャンが登場し、街角でいつも歌っている。「斉藤和義さんの曲って、これがすべてだと決めつけない、いろんなことを認めてくれる『許容』を感じるんですよね。今回も曲を作ってもらうときに、これもいいし、こっちも悪くないよね、ということやりたいんだと伝えました。そしてできたのがこの曲です。佐藤のように不器用だったり、弱い部分のある人がこの作品には登場しますが、それを見た人が、今うまくいってなかったとしても、自分のダメさをそれでいいんだと肯定される、そういう背中の推し方をしてくれる曲になっていると感じてます」。
■「毎日同じことを繰り返しているけれど、もう出会っているのかも。そんな思いや気づきを持ち帰ってください」
監督はこう続けた。「この映画を観たら、自分の周りの友達や家族が愛おしく思えたり、日々の暮らしがちょっとだけ誇れるような気がすると三浦さんがいっていたのですが、本当にそうだと思います。恋愛だけでなくさまざまな出会いが登場しますが、見た後で、何かを持ち帰れるというか。毎日同じことを繰り返しているけれど、もしかしてもう本当の相手に出会っているのではないかという思いもそう。お客さんが映画館から持ち帰った思いがばらばらであればあるほど、それはとても豊かなことだと思うんです。映画から得た小さな感情に気づけるかどうか、それがまた観た人の人生のドラマにつながるのだろうと思います」。
恋愛群像劇の名手とベストセラー作家、そして人気シンガーソングライターが生み出した、出会いのたまもの。遠くから風に乗って聞こえてくる優しい音楽のような余韻に包まれる今作に、ぜひ身をゆだねてみてほしい。
映画『アイネクライネナハトムジーク』はTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、MOVIX京都、OSシネマズミント神戸ほか全国で公開中
■映画『アイネクライネナハトムジーク』公式HP
https://gaga.ne.jp/EinekleineNachtmusik/
田村のりこ