2014年頃から一般に広く浸透した「御朱印」。一時は「御朱印ガール」なる言葉が誕生するほどのムーブメントを巻き起こしたことも記憶に新しい。そして現在、新たに注目を集めているのは「御朱印」ならぬ「御城印」だ。来城記念に発行されるこの御城印を販売する城は現在進行形で増え続けていて、2018年末に約70城だったものが現在その倍以上の約150城まで急増。限定版などが発行されれば行列ができるほど盛り上がりを見せている。2019年、ブームは御朱印から御城印へ。独自の魅力やその歴史について、日本全国の城に関する情報を扱うウェブサイト「攻城団」を運営する攻城団合同会社の代表・河野武さんから話をうかがった。
ブーム便乗ではない!? 「御城印」の誕生はおよそ30年前
1991年頃、長野県の松本城が販売を開始した「登閣記念証」が、御城印の先駆けだと言われている。本記事内では「御城印」で統一するが、「御城朱印」「登城記念証」「城郭符」などさまざまな呼び方が存在し、価格は一枚数百円程度。城名の揮毫(筆で文字を書くこと)に、家紋や城主のサインである花押をあしらったものがほとんどだという。
河野さん「御朱印ブームに追従したと思われがちですが、実は30年近くの歴史があるんです。本格的に全国に普及し始めたのはここ2~3年のこと。特に、御城印目当ての観光客が増え、現状のブームを感じたのは今年に入ってからですね。実際、私たちが確認する限りでも、2018年末には70城ほどだったのが、今年に入りおよそ150城ほどまで一気に数を増やしました」。
もともと城には現地ならではの土産品が少なく、来城記念になるようなコレクション性の高いグッズを求める声も多くあった。御城印は低価格でコレクションしやすく、それぞれに個性があり、後から見返しても楽しめる。“お城ファン”のニーズと見事に合致した上に、販売側の負担が少ないというメリットもあって全国へ広まったと考えられる。
河野さん「これまでは『日本100名城』でスタンプラリーが開催されていたものの、多くの城を巻き込むような仕掛けはありませんでした。御城印は名称も統一されてなければ、サイズもデザインもバラバラですが、基本的に現在発行されているものは御朱印をモデルにしているため、なんとなくの統一感があるのも事実。そこが面白いところでもあります」。
御城印目当てに長蛇の列。豊かな個性とコレクション性がカギ
御城印ブームは“お城ファン”の間のみにとどまらず、一般観光客や訪日客へも伝播。城巡りの裾野を広げ、城に興味を持つきっかけや現地へ足を運ぶ目的になっているという。では、実際にどのようにして「御城印集め」を楽しんでいるのだろう。
河野さん「自分が欲しいデザインの御城印を買いにいくことが、皆さん共通の楽しみ方だと思います。ちなみに私のお気に入りは、初めて買った京都府・二条城と、出土品の瓦から家紋を写し取ってデザインした佐賀県・名護屋城のもの。コレクション方法は、ポケットタイプの御城印帳に収納するか、通常の御朱印帳に貼り付けて保管するのが一般的。最近では、城オリジナルの御城印帳が販売されるケースも増えています」。
独自の魅力としては、歴史を尊重し地域性を色濃く反映しているという点が挙げられる。例えば、江戸時代まで存在していた城の多くは、複数の家紋が押されていることから、その変遷や歴史の長さをうかがい知ることができる。また、「地元産和紙を使用する」「地元の書家や高校の書道部が揮毫する」など、土地の伝統や特色を生かし、地域振興に貢献しているものもあるのだそう。
河野さん「家紋が複数あるものは豪華な印象を受けますが、個人的には一つの家紋を中央にドンと配置したものがシンプルでカッコいいと思います。こうした好みや意見を言い合えることも、御城印の豊かな個性の表れですね」。
さらに、ブームを加速させている背景には、“限定御城印”の存在もある。曜日限定や季節限定、複数の城を巡ることでゲットできるイベント限定などの希少性が高いもの、別バージョン、リニューアル版などもあり、狙って来城するコレクターも多い。今年で言えば、平成から令和へ元号が変わる4月30日と5月1日に販売された御城印が話題となり、京都府・二条城などでは早朝から行列ができるほどの盛況ぶりだったそうだ。
人気急増の背景にある、SNSとの親和性と消費者ニーズ
河野さんが運営するサイトでは、夏頃から全国の御城印情報の掲載を始めた。随時更新されるリストによると、10月22日時点で販売中の城は151カ所。ほんの3年前までは数えるほどしか無かったことを踏まえると、近年飛躍的に増加したことは明らかだ。
河野さん「ブーム最大の要因は、ツイッターやインスタグラムなどのSNSによる、観光客同士の情報交換・情報共有にあると思います。現地で『御城印はありませんか?』と聞かれて、その存在を知った運営側も多いと聞いています。旅先の風景とコレクショングッズである御城印の組み合わせは、“映える”ことから投稿意欲を促しますし、『他者に自慢したい』コンテンツなのではないでしょうか」。
SNSのシェア文化に加え、近年の消費傾向にも着目したい。商品を購入する「モノ消費」から体験型の「コト消費」へと傾向が変化する中、消費することで社会に貢献できる「イミ消費」や、その時その場でしか味わえない盛り上がりを楽しむ「トキ消費」も新時代の消費スタイルとして注目を集めている。そんな現代の消費者ニーズとフィットする部分が「御城印集め」にもあるのではないだろうか。社会的・文化的な付加価値を伴う「イミ消費」に当てはまる実例として、岐阜県・郡上八幡城の取り組みが挙げられる。
河野さん「郡上八幡城は単なる営利目的ではない、御城印の活用に取り組んでいます。売上金を熊本城の復興支援として寄付するなど、各地の城同士で連携し、継続可能な支援体制を築こうと積極的に働きかけているんですよ」。
実際に城を訪ね、御城印を購入し、旅の思い出としてコレクションできる。さらには、購入を通して復興支援や地域振興に貢献し、“その時その場限り”の御城印を入手すれば特別感も味わえる。日本全国の城がそれぞれにオリジナリティーを発揮したことで生まれた御城印の多様性が、SNS時代を生きる現代人の承認欲求・消費欲求を刺激しているのかもしれない。
“ご当地魅力再発掘ブーム”に乗り、地方創生のツールとして期待
ブームの影響は、特に地方の城において顕著にあらわれている。例えば、御城印をきっかけに来城者が1,000人増えたとして、観光名所のような城にとっては誤差の範囲内かもしれないが、地方の城からすれば増益を見込めるほどの大きな数字だ。
河野さん「城の整備には費用がかかるので、このブームにはどんどん乗るべきだと思います。中にはトイレが無かったり、ボランティア同然のためガイドの質に差があったりと、サービスが十分でない城もあります。御城印ブームは、城に収益機会を与えると共に、観光客を受け入れる心構えについて再考するいいきっかけになるでしょう。御城印の収益が運営費に充てられ、それによって城や地域の魅力発信が加速するような好循環が生まれてほしいですね」。
スターバックスジャパンが日本各地のいいものを掘り起こし魅力を発信する「JAPAN WONDER PROJECT」や、“世界に日本を発信する”BEAMSのコンセプトショップ「BEAMS JAPAN」のように、大手企業が地方の“いいもの”に目を向け、事業展開を行っている昨今。東京五輪開催も契機となって、“ご当地魅力再発掘ブーム”とも言える風潮がある。一枚の御城印をきっかけに、城とその地域、ひいては日本の歴史や魅力を知るのは面白いことかもしれない。そして、御城印をこのままブームで終わらせないためにも、城同士はもちろん、地方自治体や他ジャンルとも連携を図り、新たな文化として定着することに期待したい。
佐藤理沙子