福岡県大牟田市に実在する「動物福祉」に特化した動物園を舞台に、挫折した青年の心の成長を描く『いのちスケッチ』が公開。11月17日(日)、大阪の第七藝術劇場で瀬木直貴監督が舞台挨拶に登壇し、作品に込めた想いや、動物と向き合いながらの撮影秘話を語った。
今作は、漫画家になる夢に限界を感じ、故郷の福岡に戻った1人の青年が、軽い気持ちで始めた動物園飼育員の仕事を通して命の尊さに触れ、自らの人生と向き合っていく物語。
自然や地域コミュニティーをモチーフとして映画を撮ることを得意とする瀬木監督は、ロケ地である福岡県大牟田市に撮影の8か月前から住み込んで映画作りに打ち込んだ。
瀬木監督は「この映画で描こうとしたのは、動物福祉という言葉なんです。動物を科学的に理解して、それを利用しながらストレスをかけないように健康を維持していこうという地道な取り組み。行動展示のような派手さはないが、だからこそ重要なことをやっているのではないか」と気付き、この映画を思い付いたという。
動物の体重測定や採血時に「人間ならそのたびに全身麻酔をすることはないけれど、動物はしなきゃいけない。採血だってそうで、麻酔の量を微量でも間違えると命を落とすこともある。そういうなかで動物に協力してもらいながら、日本ではじめてライオンの無麻酔採血に成功したのが今回舞台となった大牟田市動物園なんです」。
映画に登場する動物園でのシーンも、監督の体験がほとんどだったそうで「モルモットを見たときに『かわいいですね!』と言ったら、飼育員さんは『それも人間のエゴですよ』と。また、佐藤寛太くんが動物園へ撮影前に勉強に行ったときも、『このライオンは人間でいうと何歳ぐらいですか?』と聞くと、『動物園では動物を人間に例えることはいたしません』と、ぴしっと言われるわけです」などこまかなエピソードを振り返った監督。そんなこまごまとした出来事を自分たちの体験として落とし込んでいった先に、出来上がったのがこの作品だ。
また、主演の田中亮太役に劇団EXILEの佐藤寛太、園長役に武田鉄矢、亮太の父に元チェッカーズの高杢禎彦、飼育員で亮太の先輩・松尾役の林田麻里など福岡出身の俳優が多数登場。「今田美桜さんの出演はシナリオも決定稿までできている時期に決まったので、どうしようと。そこで思いついたのが3年B組の金八先生(武田)とドラマ3年A組(今田は『3年A組-今から皆さんは、人質です-』に出演していた)の戦いをつくろう」と思い付いた。急遽脚本を書き直してもらい、園長の武田と来場者の今田がやり取りをする場面を入れ込んだという。
ベテラン俳優である武田鉄矢との撮影も「非常に楽しい思い出となった」と監督。その理由は武田が「一行たりとも台本にあるセリフを言わなかった」そうで「どこをやっているかほかの俳優も録音部もわからなくなる」と言うと会場は笑いに包まれた。「でも、それは計算づくで、監督はこのシーンではこれが言いたいんだろう、自分だったらこう言うよ、という監督への挑戦なんですよね」と振り返り、その挑戦を受けた監督は、武田が老眼鏡を取るシーンで、リハーサルと本番とで眼鏡の位置を変えてみたそうだ。そうすることで「老眼鏡を探すときのリアリティを俳優がどう出すか。それは僕から俳優へのチャレンジ。武田さんとの撮影は2日間だけだったんですが、非常に楽しかったです」とベテラン俳優との濃密なやりとりを明かしてくれた。
観客からの「動物相手の撮影はスムーズにいきましたか?」という質問には「監督としてはスペクタクルの有るショットを撮りたいのですが、動物にストレスをかけないというのが最大のテーマだったので、難しいこともあった」と返答。「モルモットは、カメラをセットするカチッという小さな音だけで散らばってしまう。虎やライオンもガンマイクの先にじゃれついて、飼育員さんの言うことを聞かなくなってしまうので」と撮影を成立させるための苦労を振り返った。
最後に監督は「命に向き合うということがテーマの作品です。みなさんが飼ってらっしゃるワンちゃんやネコちゃん、またご家族や身近なところにある命とどのように向き合うかということに、少しでも思いを馳せていただけたら」と締めくくり、大きな拍手とともに舞台挨拶は終了した。
田村のりこ