モトーラ世理奈の神がかった女優ぶりにベテラン俳優も舌を巻く! 映画『風の電話』諏訪敦彦監督インタビュー

関西ウォーカー

東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県大槌町の小高い丘の上には、ガーデンデザイナーの佐々木格さんが自宅の庭に設置した「風の電話」と呼ばれる電話ボックスがある。電話線はつながっていないが、亡くなった人に思いを伝えたい人々が集まり、すでに3万人以上が訪れている。

この実在する電話ボックスをモチーフに『M/OTHER』(99・カンヌ国際映画祭批評家連盟賞ほか)、『不完全なふたり』(05・ロカルノ国際映画祭審査員賞特別賞等)、フランスの伝説的俳優ジャン=ピエール・レオーを主演にした『ライオンは今夜死ぬ』(17)など、ヨーロッパでも活躍する諏訪敦彦監督が挑んだのが『風の電話』。広島から岩手まで、ロードムービーのように旅をしながら撮影した今作について、監督が託した思いを聞いた。

ドキュメンタリー風にセリフを決めずに撮影を行う場面も多い諏訪敦彦監督


■西日本豪雨の広島から、東日本大震災の岩手県大槌町へ。瀕死の女子高生の立ち直りの旅路。


今作は、東日本大震災で家族を亡くした女子高生ハル(モトーラ世理奈)が、伯母の広子(渡辺真起子)と共に暮らす広島から故郷の岩手県大槌町までヒッチハイクをしながら心の旅をする物語。最終目的地は「風の電話」。果たしてハルはどんな言葉で亡き家族とつながろうとするのだろう。

【写真を見る】心身共に瀕死の状態のハル。森尾(西島秀俊)が付き添い、故郷の大槌町に戻るも・・・(C)2020映画「風の電話」製作委員会


監督にとってロードムービーのように移動しながら撮影することは初めてに近しい経験で、主人公ハルがそこにたどり着くまでの道のりで、何を経験したかを重視して作品をつくったそうだ。

「ハルが出会う人たちは、みんな優しいんですよ。これをヨーロッパを舞台に撮影したら、こうはいかなかったなと思います。もっと危険な目にもあうでしょう。例えば、少女の旅でいうとテオ・アンゲロプロスの『霧の中の風景』という作品がありますが、いろんな受難や困難を乗り越えて成長していくという物語があるわけですよね。でも、僕はこの作品を、悪い人や怖い人が立ちはだかるというドラマにはしたくなかったんです。こんなに傷ついて瀕死の女の子をなんとか生かす、生きていく力を与える人たちに出会うという話にしたかった。傷ついた人が生きる力を得られる、そこに寄り添う映画にしたかった」。

確かに、泣き叫び疲れ果てたハルを介抱してくれた公平(三浦友和)やシングルマザーにこれからなることを決意した妊婦(山本未來)、原発で働きながら家族を亡くした森尾(西島秀俊)など、ヒッチハイクで出会う人たちは、みながハルを静かに優しくいたわる。そして、いたわる人たちもまたみなどこか傷ついた人たちでもあるのだ。

「震災もそうですが、日本全体が傷だらけだと思いました。もう日本は崩壊していっているというか。だからこの傷ついた国の中で毎日生きているそんな人たちを讃えたいと思う」と監督は言う。少女の目の高さで見ていく日本。だからこそ三浦演じる公平が心の崩壊寸前のハルに掛ける言葉はとにかく「食え」という言葉だった。

「食って生きようよ、それだけでも十分じゃないかと。ハルが大槌から来たことを知った公平は、それ以上なにも聞かず、とにかく食べろと自ら作った料理を勧める。「それはもう、『生きろ』というメッセージなんですよね。言葉で励ましたって意味はない。わかったよ、生きてるんだから食えよ、という。そういう風に寄り添っていけばいいと思たんですよね」。

■描きたかった『時間の層』。残された人の記憶


「東日本大震災から8年たち、ハルが大槌町に帰っていくと、自分が知っていた場所が失われているわけです。でも、8年前の体験が彼女の中にはありありと残っている。家族と一緒に楽しく暮らしていた大槌の思い出もある。ハルのなかに『時間の層』があるんですよね」。

その『時間の層』をわかりやすく表現しているのが、ハルが友達のお母さんと再会するシーンだ。娘の友達だったハルの成長ぶりに驚きながらも、娘が生きていたらこんなに大きくなってたのだということを思い知る母。その重なった時間の層をこの場面は繊細に描いている。

「例えば、ハルの中には8年前に家族と楽しく暮らしていた記憶がしっかり残っている。でも今はすべてが震災で消えてしまった。福島もそうです。避難解除された地域では人がぽつりぽつりと住んでいて倒壊した建物もなく整備されているけれど、フェンスの向こうは帰宅困難地域があるという異様な風景。でも、数々の思い出や記憶があるけれど、表面的には映らない。その層を映し出すことを映画なら表現できるはずだと。そこは非常に僕にとっては重要なポイントでしたね」。

友達の母親との再会。『時間の層』が表現された重要なシーン(C)2020映画「風の電話」製作委員会


■僕が見せたかったのは今の日本の風景。クルド人の難民も隣人であること。


ハルが岩手の大槌町までヒッチハイクをする途中で不良たちにからまれたとき、西島秀俊扮する通りすがりの男・森尾に助けられる。彼はひとりのクルド人男性を探して、埼玉の蕨市へ立ち寄る。少し唐突とも思えるこの場面について監督は「彼らも日本の隣人。今回登場してくれたクルド人は、本当に蕨市に住んでいるクルド難民の家族です。森尾が探す男性は福島にボランティアに来ていた人で、福島出身の森尾は彼を探していたという設定。でも、実際にこの男性はボランティアに参加していて、森尾がみせて回る写真は、本当にこの男性が写っているボランティア時の写真なんです。フィクションとノンフィクションが場面の中で交差するシーン。あの場面は、セリフを決めずに自由に1時間食事をしてもらった」と監督。

この場面ではモトーラと年齢の近い娘のネスリハンちゃんとの会話が大切だと感じた監督は、撮影前に二人を対面させ、撮影当日は、二人の女の子のガールズトークがとても自然な場面となった。そこでネスリハンちゃんが話す内容も実際彼女が抱えている話。看護師になるために勉強をしているし、いっしょにがんばろうね、と彼女はハルを励ます。しかし、ネスリハンちゃんの現実は、看護師になるための学校へ通ってはいるけれど、正式な滞在許可がないので多分就職はできない。そんな環境に生きている人たちがいる。それもまた今の日本なのだと、監督は言う。

■モトーラ世理奈のすごさにベテラン俳優がほれ込んだ。


モデルの仕事も多く、おとなしいイメージのモトーラ世理奈。彼女の姿は、監督にはどう映っていたのだろう。

「モトーラさんは、俳優ですね」と深くうなづきながら語る監督。西田敏行、三浦友和、西島秀俊など、ベテラン俳優と共演することはモトーラにとって緊張するできごとなのでは?と想像するけれど「僕から見ていて全く緊張していなかった。実は彼女は『西島さんと話をした記憶がないっていうんですよ。ハルは話したけど』というんです」と。

また最終シーンの電話ボックスの場面についても「『電話ボックスの中に、私は入っていないんです。ハルは入ったけど』って言う。西島さんを筆頭に西田さん、三浦さんも、モトーラさんにびっくりしてました」と彼女の役への変容ぶりにベテランたちは舌を巻いた。「西田さんは『あの歳で受けの芝居ができるっていうのはすごい』と、西島さんは『彼女の演技には嘘がない』、三浦さんは『ひさびさに映画女優を見たよ』と絶賛なんです」と現場での様子を話してくれた。

「彼女は役作りをしてくる感じじゃない。ハルは難しい役だったと思うし、彼女は家族が大好きだから、家族を失う今作の台本さえ最初は辛くて読めなかったと言ってました。でも、彼女は回路を見つけたんです。ハルだって昔は普通の女の子だったはず。私と変わらなかったはずだと。事前に演技を考えてああしようこうしようとひとりで考えるのではなく、その場に行って、相手を感じることで演技が生まれるリアクションの人なんですね。それが西田さんのいう受けの芝居なんだと思います。それがこの映画にフィットしたんだと思う」。

ベテラン俳優をうならせたモトーラ世理奈(C)2020映画「風の電話」製作委員会


■最高の見せ場、モトーラに託された約10分の天国への電話


そんな彼女が真にすばらしき才能を見せつけるのは、風の電話で家族に話をするラストシーン。

「今思えば、この映画は本当に無謀だったなと(笑)。なぜなら、ラストの風の電話のシーンの芝居が映画のすべてを左右するんですから。だけどあそこでモトーラさんにセリフを全部任せたんです」と監督は話す。前々日から天候が悪く、やっと晴れた撮影日。突風が吹き荒れ、木々が揺れ、雲が勢いよく流れて光がどんどん変わっていく。設置者の佐々木さんも普段はこんなことないよというほどの天候だったが、モトーラには「これは神様が迎えてくれたんだよ」と話していたそうだ。

「モトーラさんは、本番まであの電話ボックスに一度も入らなかった。実際使ったカットは2回目の撮影。1回目は『自分のやっていることが嘘に思えて』と彼女がNGを出した」。

セリフはすべてモトーラに任せた監督は、真っ白な状態でハルになった彼女の口から出たセリフに風の電話の本質を感じた。

「風の電話で亡くなった人と話すことで自分自身が変われるんです。元気にしてる?こっちは元気だよ、と話しかけることで、どんどん言葉が生まれ、心の変化が起こる。モトーラさんの即興的な演技の中でもそれが起こり、彼女の心の変化がそのまま撮れたと思う」と話してくれた。カットのOKやNGは普通監督が決める権限があるが、このシーンだけは「モトーラさんが決めるべきだと思った」と監督。

彼女が亡くなった家族へどんな言葉を話すのか。約10分あるラストシーンに最高の見せ場が待っている。

映画『風の電話』は、2020年1月24日(金)から

なんばパークスシネマ・MOVIX京都・神戸国際松竹ほか全国ロードショー

■映画『風の電話』公式HP:http://www.kazenodenwa.com/

田村のりこ

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