壮絶な人生を送った母親と、長らく確執の続いていた子供たちの魂が共鳴する様を、重厚なタッチで映し出した人間ドラマ『灼熱の魂』(12月17日公開)。そんな本作を手がけたのが、『渦』(00)で世界中の映画業界から注目された鬼才ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督だ。今回はヴィルヌーヴ監督に、作品に込めた思いや、映画製作に対する独自の考えについて語ってもらった。
カナダ出身の劇作家ワジディ・ムアワッドによる戯曲「Incedies」の映画化作品でもある本作。まずは監督に、どういった考えで本作の製作に取り組んだのかを聞いてみた。「実は『Incedies』に出会うまで、私のなかに“戯曲を映画化する”といった考えは全くありませんでした。けれどもこの作品を見た途端、まるで一目ぼれのように魅せられてしまい、『何としても映画化したい』と強く思うようになったんです。特に、作品のテーマである“怒り”の表現が素晴らしかった。劇中では、ある家族のなかで長年にわたり蓄積されてきた怒りが、静かに、それでいてリアルに描かれていました。そして物語自体も、私がこれまでの人生で経験したもののなかで最も力強く、美しい内容でした。こんなに複雑で奥の深い、オリジナリティにあふれた物語を映画化しないのはもったいないと感じたのが、映画化を希望した一番の理由ですね」。
続いては、ヴィルヌーヴ監督ならではの演出方法や、こだわりの鑑賞スタイルについて話してもらった。「個人的に、フラッシュバックという手法があまり好きではなくて。2つの時代を交互に描くストーリー構成ではあるけれども、できる限り時系列に沿って物語を描くよう心がけました。2時間11分という尺の中で、ある親子が20年間どんな暮らしを送ってきたのかを、観客の皆さんにちゃんと理解していただくことが一つの目標でしたね。それと、ちょっと矛盾してしまいますが、積極的に物語の中に入り込もうとする心構えがないと、なかなか理解できないタイプの映画が好きなので、本作のなかにも、あえてわかりにくく表現した部分が幾つかあります。ご覧になる際は、是非、積極的に物語を理解しようとする鑑賞スタイルで臨んでもらえると嬉しいですね」。
本作は、とある理由で子供たちに心を閉ざしてしまった母親ナワルが主人公だが、監督はその人物像をどのようにとらえていたのだろう?「子供たちをちゃんと学校に通わせて、ほしがるものも買い与えていたので、表面的には子供の要求に応えてくれる普通の母親だったと思います。けれども、気持ちのうえでは非常に冷たく、距離も取っていたので、“そこにいながらにしていない母親”と表現するのがふさわしいですね」。
一方、そんな主人公の子供であるジャンヌとシモンは、自分たちの出自にまつわる衝撃的な事実を知ることになるのだが、最終的に親子は理解し合うことができたのだろうか?「母親の態度や冷たさ、沈黙、怒りの理由が理解できて、ほっとしたんじゃないでしょうか。自分たちが生まれ、これまで生きてきたことには意味があったと、心から思えたはずです。とはいえ、それは私個人の考えであって、彼らの抱える問題は全てが解決したわけではない。様々な問題に姉弟が立ち向かっていく姿は、今後、誰か別の監督が描くことになるかもしれませんね」。
重厚なストーリーや緻密な人物描写に加え、映像面でも強烈なインパクトを放つ本作。撮影時、ビジュアルに関してはどういった点にこだわったのだろうか?「自分の考えや世の中に対するメッセージなど、強い意志のこもったパワーのある映像を生み出すことが、私が監督業を続けるうえで一番好きなところです。見るだけで多くのことを思い起こさせる映像を、いかにシンプルに、いかにピュアに描き出すか? そういった点に、これからもこだわっていきたいですね」。
最後に「今後も面白い戯曲に出会ったら、映画化してみたいですか?」という質問を投げかけてみた。「やってみたいですね。あらゆるインスピレーションに対して、常にオープンマインドでいたいと思っているので。私は映画を作る際、人生の中から直に出てくるリアルな物語を描きたいと思っているのですが、『灼熱の魂』の撮影を通して、もっと謙虚な姿勢でいないといけないことを学びました。本作の製作に携わっている間、非常に刺激的で、深い喜びに満ちた毎日が過ごせたので、機会があればまたそういった思いで、映画作りに取り組んでみたいですね」。
ヨルダンでの長期ロケを敢行し、現地キャストも多数起用するなど、全編至るところにヴィルヌーヴ監督のこだわりが光る『灼熱の魂』。その壮絶すぎる物語の顛末は、是非スクリーンで確認してほしい。【六壁露伴/Movie Walker】