【林 信行さんロングインタビュー】2012年、魔法の時代がやってくる!~ITが拓く未来~(その4)

関西ウォーカー

く普及した現在、ITの世界は岐路に立っているといえる。これから先、私たちとITの関係はどう変化していくのだろうか。長年ITやソーシャルメディアなど、次代の最先端の取材を続けてきたITジャーナリストの林信行さんに、2012年の動向を聞いた。

「スティーブ・ジョブズの功績とAppleは今後どうなる?」

—iPhoneやiPadがここまで発展した背景にはAppleの前CEO、スティーブ・ジョブズの功績が大きいと思います。彼が他界して今後Appleやそれをとりまく状況はどう変化するでしょうか。

林 スティーブ・ジョブズはさまざまな能力を身につけた、数十年に一人の人でした。もちろん、いまのAppleの重役も一人一人非常に優秀で、それぞれ独り立ちして活躍できる人ばかりですが、ティム・クックには交渉力はあっても、プレゼンテーション能力はそれほどではありません。フィル・シラーにはプレゼンテーション能力はあっても、交渉力はない。これからのAppleはチームワークになるでしょう。普通の会社であれば、こうしたことをチームワークでやるものですが、ジョブズの場合、それらすべてが一人に集約されていた点が特筆すべき点。

ジョブズの本質は「世の中を変えて見返してやろう」という思いじゃないかと思っています。これは彼が幼少時、養子に出されたことや、一度は名声を得たものの、自ら創業した会社を追い出されたというトラウマ

に起因しているのではないかと思います。彼の場合、そのエネルギーが半端ではなく、絶対妥協しなかったのが凄いところです。自分がやりたいことがあれば、必ずトップの人と組みました。だからAppleを宣伝するために一流の広告代理店の社長に直電して契約し、Appleのロゴマークを作らせたりしています。「自分は世界を変える」というミッションを背負っていると信じ、実践してしまったのはすごいことです。

彼は非常に未来志向で、常々未来しか見ていないと話していました。彼の生涯、特に最後の15年を通じてわれわれが学ぶべきは「本質主義の重要性」。Appleは徹底的に正しいことを実行して成功した会社だと僕は感じています。例えば、iTunesもいま、世界ナンバーワンになっていますが、これをほかのPCメーカーが思いつけば「そんなことは音楽レーベルが許可しない」とその場限りの話で終わってしまっていたでしょう。

でも、Appleはそれについてディスカッションを続け、実際にそれをやり遂げるばかりか、世界最大の音楽販売会社にまで持っていってしまうあたりが凄いと思います。1パソコンメーカーが5大レーベルの音楽すべてを扱うとは本当にすごいことで、そんなことが可能とは他の誰も思っていなかったでしょう。それだけに、いざ、それを成し遂げてしまうと、後追いの会社は追いつくこともできません。

正しいことがあれば、それまでのやり方やルールを変えてでもやりとげてしまう。そこまでして、やりとげてしまった頃には、「そんなことは無理だ」と、あきらめていたライバル企業は、すっかり置いてきぼり。これが今のアップルが、ライバル無しで一番強い製品ばかりを立て続けに出せた理由だと思います。

日本ではなかなか世界を変えようという人は出てきません。組織がそういう人を生み出さない仕組みになっています。ベンチャー大会の審査員などをしても、日本のベンチャーコンテストはたいていがビジネスモデルで、他社に比べ収益性が高いとか、いついつまでに黒字化できるといった話題ばかりが出て来ます。

シリコンバレーのベンチャー大会などでは、自社の商品が世界にいる何万人の自閉症の人の世界を変えるとか、お母さんの暮らしを変えるなど、もっと大きく「世界を変える」といった目標を目を輝かせながら語っている人が大勢います。そういうのを見て帰ってくると、なんだか日本がすごく狭い世界に見えて残念に思えてしまいます。

—11月に林さんが監修、執筆を務められた「スティーブ・ジョブズは何を遺したのか パソコンを生み、進化させ、葬った男(日経BP社刊)」が出版されました。この本では4つのキーワードからジョブズを語っています。これは通り一遍のストーリーとは違い、興味深い切り口ですね。

林 ジョブズについて語るベストな方法を考えて出て来たのが「人、仕事、作品、言葉」という4つの軸です.発売時期を考えると、読者がジョブズの公式伝記を読んでいることを前提で作らなければならないと考えました。例えば、ジョブズが愛したお寿司と懐石の店「桂月」の佐久間俊雄さんなど、伝記には登場しない人物を掲載する一方で、伝記に何度も登場するジョブズと親しい人物や、彼が愛した逸品が、一体どんな人、どんなものかを確認できるように、そうしたページも用意しました。

たくさんあるジョブズ本に埋もれないように、やや重めで生々しい横顔の写真を選んで、つい最近まで生きていた1人の人間としての重みを感じてもらいつつ、最後には何か未来に向けて開けている印象、明るく終わる雰囲気をつくりたかったので、一番、最後のページはUFOのような新社屋の写真で、そこに夢のある一言を添えることは最初にひらめいて決めていました。あとは必死で写真を集め、公式伝記にない話題を入れています。

この中で元Apple日本法人のマーケティングコミュニケーション部長だった河南順一さんが、「最初はジョブズ体制が不安だった」と正直に語ってくれました。実は僕も当初不安でした。ジョブズは完璧主義と聞いているが、それは本当なのだろうか.Apple社員もそう考えていたそうです。ところが、日本でMacワールド東京を開催した際、ジョブズが「垂れ幕の糸がたるんでいるからやり直せ」といったそう。それで彼の完璧主義を実感し、みんな背筋が伸びたという話を聞きました。

やはり一歩妥協する度どんどん妥協することになってしまう。僕もこの話に力を得て、この本づくりにさらに心血を注ぎました。デザイナーさんにもずいぶん指示を出しましたが、かなりこだわって作った本。公式伝記の副読本としても使える構成になっています。ぜひ、そのあたりも感じていただければうれしく思います。(了)

※その1に戻る→http://news.walkerplus.com/2012/0104/12/

【取材・文=鳴川和代】

注目情報