現在、JR京都伊勢丹 美術館「えき」KYOTOで「山口晃展」、平等院養林庵書院で襖絵が公開中の画家・山口晃氏。8年ぶりの作品集も発売と話題続きの彼に初インタビューを敢行。その内容とは…公開中の作品の成り立ちから人柄までも感じるものに! ぜひ、読んで展覧会&平等院まで足を運んでいただきたい!
_今日は、インタビュー前にちょっと寄り道をしまして、京都伊勢丹で開催中の「山口晃展」と、山口さんが描かれた襖絵が公開されている平等院養林庵書院へ観覧に伺ってきました。襖絵はこれまでに描かれたご経験はおありだったんですか?
それが初めてでして。ですから、気持ちとしましては、まるで無免許医のところにオファーが来たような感覚ですよね。日本画ですとか、大和絵ですとかああいうやわらかい筆を使う絵というものは、ちまちま絵を入れ込むよりもまず「運筆」が重要なんですよ。こう…(筆を扱う仕草をしながら)スーっという筆の運びが。だけど僕の場合は、そもそもそこがなっていないので、「ああ、プロの方から笑われているんだろうな…」と。
_歴史的建造物の中というシチュエーションでも、日本画や大和絵としての襖絵とはまた違う世界観がすごく素敵で。
そうですね。「かつての時代にはなかったもの」という点ではギリギリアリなのかも知れませんね。でも自分としては、やはりオーソドックスな部分をきちんとふまえた上で描きたかった…というのがありまして。
_パノラマ状の京都の街の中に、よく見ると死者がまばらに電車に降りたり乗ってたり(笑)。
はい。いわゆる「来迎図」という主題で描いておりまして、徳を積んだ人から阿弥陀様が運転する列車の一等車であの世へ向かう、という。隣の部屋を「極楽の宇治」と見立てて、「南無阿弥陀佛」と描かれた最後の襖を開くと極楽へ繋がる…という。
_8年振りとなる画集「山口晃 大画面作品集 」も発売されますが、初めて山口先生の作品を見た時、「なんてパンクな方なの!」と思いました(笑)。
おや、なんと! どちらかと言うと長いものに巻かれて生きてきたものですから(笑)。でもそう言って頂けると嬉しいです。
_日本画という伝統や継承文化を持ちながら、そこからちゃんと、完全にはずれたものを描かれていて。
……「はずれた」……あ、まぁありがとうございます。日本画というか日本の古い絵に関しましては、私はもともとは何も無いところから始まったといいますか、美術学校でも油絵科出身者でして、家でも学校でも触れる機会の無かったものですから、逆に「あっ、なんだこの日本の古い絵って」「おもしろいぞ」というきっかけから始まったように思います。
_「メカごころ」は大好きな作品のひとつなのですが、これは…(笑)。
これは、自分が小さい頃から落書きで書いていたようなものでして。何て言うんでしょうか、自分の発達過程のものを全部取り入れちゃってるような(笑)。そういうものなんですね。
_本当に、子供の頃に教科書の隅に書いていたようなものの延長のような。
はい(笑)。まさにそれでして。ですから「アート」なんて言うと、みなさん「解らないのが偉いんでしょ」となりますけれども、アートという世界は…いわゆる「最前線」だけを出しちゃうんですね。アーティストと呼ばれる立場になっている方だってもともと、私の落書きみたいな、海のものとも山のものともつかない事をやっていたはずです。それがこう…ちょっとお絵描きからデッサンやって、それからアートをかじって、例えば…缶を九つくらい並べて「これが作品です」なんて言い出すあたりからもう、門外漢はついていけないものになってしまっているんですね。だけど創り手本人からすると、もうずっと地続きで繋がっていて、隣同士でその時その時のものを並べて見せてやれば「あ、こんなの私もやってた」ということになるんですよね。だけど、本当に最先端の、最新の部分だけしか見せないものですから、その先端の部分に居る人にしか共感できないものになっているんですね。私は、今おっしゃってくださったように、子供の頃のものから、自分の中での最先端のものまで本当にすべて並列で描いてしまうものですから、画学生の方がひっかかってくれるものであったり、画がわからないという方でも「あ、これなんか面白い」と言ってくださる事が多いのだと思います。なんて言うんでしょう…私としましては、出来ることならば入り口を広くして、突端のところまで楽しみながら来ていただけたら、と言うのが理想かなと。
_「万人に理解されない」どころか、ついついツッコミどころを探してしまう新しい面白さがあります(笑)。「當世おばか合戦」は、もう完全にギャグのような…(笑)。画の完璧さのなかにある抜け穴のような面白さで。弓で射られる女子高生とか、合戦を尻目にエロサイト見ている武士とか…(笑)。
……そうですね(笑)。いまおっしゃっていただいたくらいのものでしたら、かなり反射神経を使って描いているように思いますね。「ここに兵隊がひとりいて誰かと話してて、その相手は果物屋さんだったら面白いかな?」とか「そしたら果物屋さんから果物が転がって、またその先に…」という具合に、筆を進めながら仕上がっていくことが多いので。わりと思いつきで入れていっちゃうんですよね。
_連鎖で仕上がっていくなら、ラフスケッチのようなものは無いのですか?
いえ、一応あるんですけれども、人が見たらマルとサンカクしか無いような、本当にラフなスケッチで(笑)。画面の大枠での流れと、それが持ってる画面の中での意味と言いますか、画の観賞後の印象みたいなものが最初にふわっと浮かんで、そこから逆算して創っていくというような感じなんです。
_細々したキャラ設定とか、それらの行動はラフの時点では、まだ生まれてきていないんですね。
ええ。そしてそれが画面の中でひとつしか起こっていないと、すごく意味を持っちゃうんですけど、方々で起こっていますので、逆に意味が消えてっちゃうんですよね。女子高生が弓で射られてようが、武士がエロサイト見てようが、そういうのがみっつよっつ…20ぐらい出てくると、そんなにそれぞれに意味がなくなってくるんですよね。そうあることで、何か中心が拡散しているような、そんな気がしますね。そしてさらに全体を引いてみると、より大写しのものが見えるっていう。だから主題が一見してバッと見えすぎちゃうというものは…自分で照れてしまうというか、駄目なんですよね(笑)。
※【その2】に続く!
【取材・文=三好千夏】