_少し壮大なことを言っているかも知れませんが、個人的には宮永さんの作品に死生観を感じました。
「外国で展覧会をやると、『これは日本人にしか作れない作品だ』と言われることがあります。感覚が東洋的だとか。私はそのことを特に意識しているわけではないですが、自分が生まれ育った場所の影響は、潜在的にあるのかもしれませんね。そこに引っ張られ過ぎるのは好みませんが」
_最初の展示作品では、18mのケースの中で、作品をパズルのピースで繋いでいます。
「今回展示した作品はすべて新作ですが、過去の作品に繋がるモチーフを選んでいます。うさぎのぬいぐるみや蝶のモチーフは、宮永愛子を以前から知る人にとっては見覚えのあるもの。パズルもそうですね。パズルは私にとって言葉の隙間を想像させるモチーフです。私にとって言葉はすごく不思議なもので、例えば私が『赤い』と言っても、それが聞き手の想像する『赤』とまったく同じかどうかわからない。言葉って便利で解り合えてるようなんだけど、いつも少しずつずれている気がするんです。でも、わざわざそこを細かく確認することなく、なんとなく帳尻を合わせて暮らしているというか。なんかそれって一個一個を繋げていくパズルのようなものだなと思うのです。でもよく考えると言葉だけじゃなく、世の中のあらゆることが少しずつずれながらも、ちょうどいい状態でそこにある、という気がしてきて・・・これが入り口の作品世界です。何か話が大きくなってきましたが、別に宗教家じゃないですよ(笑)」
_でも、すごくわかります、そういった感覚。3番目の作品の椅子は、また違った存在感がありました。
「『waiting for awakening』。目覚めを待つ、という意味のタイトルを持つ最新作です。ナフタリンの椅子を透明樹脂で封入しているのですが、椅子の足元の樹脂には穴が開いており、そこを塞いでいるシールを剥がすと、そこからナフタリンの昇華が始まります。眠っていた椅子が文字通り目覚め、変化が始まる。最後にはナフタリンが全て気化し、透明樹脂の中に、かつて椅子が在った痕跡が中空の形としてあらわれることになります」
_実物大の椅子だから、とても大きい作品ですよね。
「500キロくらいの重さがあって、今までで一番の大作です。そう、この作品を鑑賞するときは、是非横から見て欲しい。透明樹脂が何重もの層になっていますが、あれは私があの作品にかけた『時間の層』です」
_作品にかけた時間が、目に見えるかたちで示されている?
「そうなんです。ナフタリンは非常に熱に弱い物質。一方透明樹脂は、液体から固体に変化するときにすごい熱エネルギーを放出する。つまり、本当はあまり相性が良くないんですね。毎日少しずつ樹脂を重ねてゆく必要があったので、とても時間がかかりました。でも毎日重ねてゆく層の間に、その日の時間として気泡を取り入れてゆくことは、この作品の中で重要なポイントになりました」
_あのシールはいつ剥がされるんでしょうか?
「どうでしょう(笑)。もしあの作品が“お嫁に行く”ことになれば、持ち主になる方に決めていただきたいですね」
_宮永さんの作品には、そういったトリックというか、単純に驚けるわかりやすさがありますよね。それが純粋に作品に近づける魅力です。最後の部屋にある、薄いベールのような作品の・・・あれはよく見たら葉っぱなんですね。びっくりしました、とても綺麗で。
「あれは、日本各地から集めた金木犀の葉っぱです。葉の緑を全部落として、水の道である『葉脈』だけを残しました。集めた葉っぱは、生まれ育った庭の土地から水を吸って育っていたわけですが、同じ金木犀でも、北海道から来た葉と徳島から来た葉では全然違うんですよ。同じ金木犀なのに、その土地土地で全然違うの」
_葉っぱにも個性があるんですね。
「これもはじまりは偶然で、一枚の葉っぱの葉脈を眺めていたら、ふとGoogle Mapを俯瞰しているような感覚になったんですよ。『あれ、このへん環状線?』みたいな(笑)。それで、ワクワクするような感じで『新しい地図を作ってみたい』と思って・・・それであんなサイズになっちゃったんです。タイトルは『景色のはじまり』。あれを見て、圧巻で綺麗というだけでもいいし、もっと近づいて水の路が見えたら、森と海を繋ぐ道が見えてくるかもしれない」
_一枚ずつ葉を繋げてあのサイズの作品を作るとなると、かなり時間がかかったんじゃないですか?
「今回の作品のサイズは、幅4m、長さ30mとかなり大きいです。これは昨年ミヅマ アート ギャラリーで開催した個展から繋がる作品。当時、本当は東京で作業をする予定だったのですが。制作の途中で震災が起こり、京都で作業を進めました。震災で日本中が揺れ動く中、作品と向き合うことで私自身いろいろなことを考え、感じましたし、思い出深い作品のひとつです」
_12月上旬には、作品集も出版されるんですよね。
「はい、はじめての作品集です。今回の展覧会の出品作品はもちろん、過去作品からも何点か取り上げました。この作品集の特徴は、私がどんな景色を見て、何を考えながら作品を作っているのかを辿っていける点です。自分で撮影した写真や制作ノートの一部もあり、とても素敵な作品集になりました」
【取材・文=三好千夏】