映画『舟を編む』石井裕也監督インタビュー&主演・松田龍平コメント【後編】「辞書作りにかける熱い想いを感じてもらえる映画に!」

関西ウォーカー

【前編からの続き】―しかも本作は、若者だけに焦点を絞らず、先行世代の生き方にも触れている。辞書編集部を定年退職する荒木さん(小林薫)、辞書作りを監修する松本先生(加藤剛)の描写は、上の世代への理解にあふれている。僕は、石井監督がオヤジ世代の人生苦闘を描いた『あぜ道のダンディ』の立ち位置が正直分からなかったのですが、今回の先行世代の様子を観て、ピンとくるものがありました。

石井監督(以下、石):上の世代に対して、「あなたたちに、俺の言っていることはきっと分からないだろ!」という反骨心、いらだちは、実は現在もあるんです。ただ、一時期に比べたら少しはマシになっているかな(笑)。なぜかというと、自分も確実にそう(年配に)なってしまう、絶対にそうなる、という自覚が芽生え始めているからです。その自覚の芽を摘んだのが『あぜ道のダンディ』だった。ようやく気づいたんです、「俺もそうなる」と。『あぜ道のダンディ』では、その意識を「男の覚悟」と表現したんですが、その意味で上の世代、下の世代、はたまた異性に対して、共感という言葉はおこがましいですけど、理解できつつあって、次第に興味がわいてきて「映画にしよう!」となったんです。

―なるほど。だって石井監督の初期作品『ガール・スパークス』や『剥き出しにっぽん』は、かなり尖っていましたもんね。

石:『ガール・スパークス』『剥き出しにっぽん』も父親が出てくるけど、ただそこには父親の悩みがない。それは、彼らの立場に気持ちの面で立つことができなかったから。むしろ、息子世代や子どもの姿を描きたいから、物語にとって必要だから父親を出したというくらいのニュアンス。そこの視座に立てるか、どうか。そう考えると『ガール・スパークス』『剥き出しにっぽん』は子どもの視点、視座にしか立てなかった。ある意味ではそれも正解なんでしょうけど。ただ、出来ているか否かは別として、『あぜ道のダンディ』くらいから段々と自分の視点をそこ(上の世代)に持っていく試みをしています。映画監督としての成長と呼べるかは分からないですが、変容はしていますね。

―それはまさに感じます。『ガールスパークス』『むきだしニッポン』『川の底からこんにちは』は確かに“俺らの世代の映画”だった。でも、『舟を編む』を観ると明らかに作家としての幅が広がっていますよね。

石:僕の話だけに特化するのは大変申し訳ないです。今回は脚本家の方がいて、原作もあって、それにスタッフの平均年齢もグッとあがって、カメラマンさん、照明さんも60歳以上の方々。そういう人たちの経験、人生観、技術が加わり、視点も幅広くなったと思うんです。僕だけの功績ではなく、みんなで作り上げられた映画です。

―新しい人やモノ、かつての時代を知る人やモノ。辞書(紙媒体)とネットの関係性もそうですが、何よりこの映画は35ミリフィルムで撮影されているところもポイント。デジタル上映が主流の時代で、あえて35ミリで撮影しているのは、まさしくこの映画のメッセージを象徴していると思います。

石:同じですよね。こういう言葉は使いたくないのですが…「鎮魂歌」に近いのかも知れない。編集部が長年にわたって作り続ける辞書「大渡海(だいとかい)」は、もしかしたら今の時代では大ヒットしないかもしれない。そして映画のフィルムも、時代の流れの中で失われゆくもの。重なるところがあった…というか、重ね合わせた。しかし一方で、誰かが辞書を通して言葉の文化を継承し、作っていかねばならない。誰かが、言葉を見つめなければいけない。そういう地道な作業をしている人に照射し、映画にする。そこに自然と心が引っ張られたような気持ちです。その想いが、「35ミリフィルムで撮るぞ」というムードになった。だからこそ、あらゆる世代にこの映画を観て欲しいし、感じてもらえるものも大きいと思います。

単独インタビュー後、石井監督は、主人公・馬締(まじめ)を演じた松田龍平とともに完成披露試写会で舞台挨拶も行った。松田は、今回の役について「口ベタで自分の気持ちを伝えるのが苦手な青年。セリフの量も決して多くはない。だけど、石井監督とは『辞書作りにかける一生懸命さ、言葉が少ないながらの熱い想いを感じてもらうようにしよう』と話し合いました」と語り、石井監督も「辞書作りは確かに派手ではない。淡々としているけど、長い年月をかけた作業をコツコツと続ける人たちの情熱を映画にしました」とPR。

『舟を編む』は私たちが常日頃、何気なく使っている当たり前の言葉について改めて向き合うとともに、気持ちをこめた言葉が、果たして相手にどのように伝わるのか、どのように感じてもらえるのか、そんな言葉をめぐる思いやり、気遣いについても深く考えさせられる映画だ。

【取材・文=映画評論家・田辺ユウキ】

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