「リング」シリーズなどを手がけ、Jホラーブームの先駆者としてハリウッドでも活躍する中田秀夫監督の最新作「クロユリ団地」が現在大ヒット公開中だ。老朽化した団地を舞台に、そこに越してきたヒロインが恐るべき事態に巻き込まれる姿を描いた本作。ヒロインを演じた前田敦子の魅力や、社会問題にも踏み込んだ本作の見どころを中田秀夫監督が語った。
―AKB48を卒業後、本格的に女優としての活動をスタートさせた前田敦子さんの熱演が光っていました。
中田監督(以下N):リハーサルが始まるときに僕は彼女に「アイドルとしての衣を脱いだ生身の“前田敦子”の中にあるものを持って、ヒロインの明日香を演じて欲しい」と伝えました。演じるキャラクターに、自分を近づけていくのではなくて、前田敦子本人の方へ、ヒロインの役柄を寄せて演じて欲しいとも伝えましたね。撮影中はAKB48に在籍中でしたが、少女の面影が残る彼女が大人の女性へと移り変わる貴重な数ヶ月を一緒に撮影させてもらいました。
―撮影を経て改めて前田敦子さんをご覧になっていかがですか?
N:映画が完成し数ヶ月たち、いまはキャンペーンで一緒になる機会もありますが、ずいぶん大人っぽくなったなと感じています。彼女は本当に映画が好きで、古今東西のあらゆる作品を映画館やDVDで見ているようですね。新作から旧作、娯楽作品から芸術性の高い作品まで、すさまじい勢いで見ていると聞きます。純粋に映画が好きという気持ちもあると思いますが、すべて自分で吸収して女優としてステップアップするために映画から何かを学びたいという気持ちで観ているんだと思います。僕自身も映画が好きでこの世界に入ったので、彼女を見ていてすごく嬉しいです。
―本作は老朽化した団地を舞台に、お年寄りの孤独死や、痛ましい事故など、映画の中で描かれる出来事が、近年の日本で発生した事件・事故を想起させるものが多いように感じました。
N:今回はオリジナルストーリーの映画なので、プロデューサーと僕、そして今回の脚本を担当した加藤淳也さんと三宅隆太さんをまじえて、「どんな話にしようか」とそれぞれにアイディアを出し合いました。そのアイディアを脚本家が統合し物語へと紡いでいくんですが、たとえば“孤独死”というのは、ニュースで聴いたことがあるから、それを取り入れようとしたんじゃなくて、物語を作っていくなかで、そういうニュースが次々と出てきたので驚きました。ホラー映画とはいえ、団地で生活する人々の孤独感がテーマの一つなので、どこかで現実に寄り添うというのはありましたね。
―撮影を担当された林淳一郎さんは「リング」以降の中田監督作品には欠かせない存在ですね。
N:今回の映画は、物語の9割が団地の中で進行していきます。そしてクライマックスは、ヒロインたちがこの世なるざるモノと対峙しているわけですから、異次元に入った感じを出すというか、単に暗い夜だと盛り上がりにかけるという話になりました。そのときに僕が思い出したのが、エドヴァルト・ムンクの「叫び」という絵なんです。以前テレビの取材でノルウェーのオスロに行って、ムンク美術館で「叫び」を摸写するという企画がありまして。絵の中にオレンジ色のオドロオドロしい夕景があるんですが、よく見るとオレンジ色だけでなく、シルバーが混ざっていたり、金色があったりするんですね。それを林さんをはじめ撮影スタッフに見てもらって、いろいろとカメラテストを経ながら、映像を作っていきました。
―ハリウッドやイギリスで映画を撮られて、久しぶりに日本で劇映画を撮られたわけですが、それぞれの環境の違いはありますか?
N:やはり日本の方がやりやすいですね。監督がクリエイティブな面で全体的にリーダーシップをとらせてもらえる環境は日本が一番整っています。監督の立場からいうと天国に近いような環境だと思いますが、裏返すと監督が自己満足に陥りやすい。作っていくうちに観客の視点が抜け落ちていくというか。作り手も「コレが面白い」と信念を持って作品を送り出して、お客さんもそれを「面白い」と感じてもらえてヒットする、そんな幸福な関係が一番理想ですね。
【取材・文=関西ウォーカー編集部・鈴木】