映画「シャニダールの花」(7/20(土)公開)は、女性の胸に咲く謎の花を巡り運命の歯車を狂わせていく男女の姿を描いたミステリアスなラブストーリー。本作の主人公で花を研究する植物学者・大瀧を演じた人気俳優の綾野 剛が、作品についての思いを語ってくれた。
─限られた女性の胸から花が咲くという設定がとても不思議な物語ですが、最初にこの脚本を読んだ時の感想は?
「(本作のメガホンをとる)石井岳龍監督が醸す世界観がそのまま作品になったような印象で、それが映像になるということでぜひ参加したいという思いで脚本を読ませていただきました。でも、読んでいるうちに“これは自分にとって困難な作品になる”と思いました。人の胸から花が咲くというファンタジー的な設定ですけど、“ザ・ファンタジー”といった誇張した表現は許されないし、映画を観ている人が“人の胸から花なんて咲かないよ”って思ってしまったらすべてがダメになってしまうので、すごく難しい作品だなって。“虚構”である台本を虚構にせず、現場ではすべて“事実”にしていくという作業が求められました」
─今回、綾野さんが演じられた大瀧というキャラクターは、冷静で繊細で時に取り乱したりと感情の揺れ動きが激しいキャラクターです。役作りでポイントにおいていた点は?
「植物学者の役なので、植物に関する知識は頭に入れて撮影にのぞみましたが、具体的な役作りは本当にそれだけです。むしろ“こんなふうに演じよう”とか決めて行かなかったですし、つねにフラットな状態で“作らない”ということを決めていました。本来であればそれが非常に難しいところなのですが、なるべく役を作らず大瀧として現場に存在することを心がけていました。現場のスタッフも石井監督が持っている世界観を具現化したいという思いが強く、衣装部のスタッフは僕らが着る白衣も一から作っているんです。大瀧の白衣は風が通るようにできていて、黒木 華さん演じるヒロイン・響子の白衣はちょっと丸みを帯びたシルエットで作られているんです。そんな細かいニュアンスに対しても労をまったく惜しむことのないスタッフに囲まれた現場は、いい意味で緊張感があってスリリングでした。それに、別の作品で培った役作りのアプローチをこの現場で使うのは役に対して失礼だと思うし、そういったこれまでに培ってきたものを捨てて撮影に挑む勇気を、この現場は持っていました」
─まさにそういったキャストの中で、ヒロインの響子を演じる黒木華さんも特別な存在感を放っていました。
「彼女は今後の映画界を担っていく役者だと思いますし、美しさと毒の両方を兼ね備えています。芝居のふり幅がものすごく広く、そのバランスもすごくいいと思います。また、刈谷友衣子さんは女性の意志の強さ、山下リオさんは花を咲かすことができず、女性としての生命力の衰えに戸惑う姿をしっかり表現してくださって、胸を花に咲かせる女性たちを演じた役者も絶妙なキャスティングだったと思います」
─自分の命を脅かしかねない花を育てる女性の姿は、母性の表れのようにも見えます。大瀧はこういった女性の心理に少し戸惑いを覚えているようにも感じられたりと、実にさまざまな捉え方のできる映画ですが、ご自身ではどう思われていますか?
「監督の脳内をのぞいているような作品だと思うので、理解しようとしたら敗北です。“こういうふうに観てほしい”という意図をもって作られた作品は僕も実際に出演していますし、嫌いではないですが、今回の作品はそういったふうに作られたものではないですし、“映画に答えがないと観ない”っていうスタンスはもうそろそろいいんじゃないかなとも思うので、一度観てほしい。それで自分なりの理解や結論にたどり着いてもらえるとうれしいし、映画を観た人が感じるものが答えだと思います」
─ちなみに…この物語は“花”がもう1つの主役でもありますが、実生活でお花を誰にプレゼントする機会はありますか?(笑)
「花束や生け花って、一度命を絶ったものをもう一度生かしているものですごく刹那的なもの。それくらい花は生命力が強いし、渡した瞬間に花束にしか引き出せない人の笑顔だったり喜びだったりを見たくて、渡していたような気がします」
取材・文=リワークス 撮影=福井麻衣子