※【その1】の続き
_ここまで数多くの人間性を描いていらして、先生ご自身は人好きなタイプですか?
垣根「うん。僕はね、けっこう人間大好きですよ。大好きっていうか、眺めてて『うん、面白い面白い』って思うタイプ(笑)。」
_普段から人間観察されるんですか?
垣根「どうだろう?しないかなあ。意識してはしないですね、たぶん。意識して人を見るとね、かえってわからなくなるんですよね。その時は何も考えずに関わっていて、後々になって『なんでああいう風に感じたんだろう?』って思うことがありますけど。同時並行ができないんですよね。その瞬間は『感じる』ことに集中したほうがいいので、何となく自分のなかでひっかかりがあれば、後で自分で考えて『あ、こういうことなんだな』って腑に落ちることもあれば…まあ腑に落ちないことのほうが多いですよね(笑)。『何だかよくわからなかったな』っていう。」
_なるほど。この小説の中には、いわゆる『名言』なる言葉や台詞が本当にたくさん出てくるのですが、特に愚息の台詞『良いなら良いなりに 悪いなら悪いなりに収まるところに収まっていく』という台詞にしびれてしまいました(笑)。この台詞は、垣根先生ご自身がご友人に言われた台詞だったそうですね。
垣根「そう、それね(笑)。意外と響きましたよ。『しょうがないよ、時間さえ経てば、悪けりゃ悪いなりに収まっていくから』って友人に言われて。『そうねえ』って思って(笑)。『確かにそうねえ』って(笑)。悪けりゃ悪いなりに収まれば、あとはもう気楽になるんだからって(笑)。」
_悪くても収まってしまえばよい!という(笑)。今回の主人公に明智光秀を選んだ理由というのは?
垣根「やっぱりモダンな精神なところかな。当時の男としては側室も置かず。なぜ側室を置かなかったのか?と考えたら、やっぱり理由はひとつしか思い当たらなくて。『なんか悪いから』っていうか、まあ『妻はいい気持ちはしないだろうな』っていうことだったんじゃないかなと思うんですよね。この当時の男だったら『お前のことは好きは好き』『だけど世継ぎに関する価値観は別』っていうのが当たり前だったにも関わらずですよ。おそらく理由はそれ以外に考えられない。それがまずひとつ。もうひとつの理由は、光秀には斉藤利光という部下がいるんですけど、えらく有能な奴だったから、稲葉一徳という人物が「うちの配下に返せ」って言ってくるんですけど、斉藤は「明智の配下にいたい」と。斉藤を稲葉の配下に返せと信長から言われても拒否した。それってすごい越権行為じゃないですか。織田信長株式会社の人事異動を拒否してるわけだから、この時代だったら首を飛ばされたり切腹を命ぜられたりしておかしくない。縦の人間関係は強烈に確立されていても、横の人間関係…例えば友情だったり仲間意識というものが薄弱な時代に、それに近い感覚で人と関わっていたということがもうひとつの理由です。3つ目は、山崎の戦の時に、これは完全に負け戦だったんですけど、明智側の五家老は誰も逃げ出していない。みんな討ち死にしちゃった。みんな負けるのわかっていたはずなのに。これってやっぱり、そうさせるに足るだけの”何か”が光秀にあったんじゃないかと思うんです。人的な魅力がね。そう考えると、結果論として見るといわゆる”逆賊”なんですけど、そのポイントだけ見て彼の人生を評価するのはちょっと気の毒じゃない?って思ったので。」
_読み進めていくうちに、先生ご自身の光秀に対する愛着や愛情を感じたのですが。
垣根「アハハ(笑)。歴史ってね、結局勝者によって語られるしかないじゃないですか。敗者は何も言えないんですよ。うまく言えないんですけど、たまには敗者の代弁をする人がいてもいいんじゃない?って思って(笑)。」
_今作は完成までにどれくらいの時間をかけられたのですか?
垣根「歴史小説を書くための勉強が10年かかったので、資料集めたりなどは、それから1年くらいですかね。」
_こうして、ご自身の目標のひとつであった歴史小説を書かれた感触というのはいかがですか?
垣根「市場に受け入れられればまた書きたいですよ(笑)。現代小説を書くより3倍くらい手間がかかるんですけど、3倍売れてくれれば頑張ります(笑)。」
_ハハハ!先程の善悪の二分法のお話に戻りますが、この物語の中で、誰ひとりとしてそう組み分けされていないことがすごく嬉しかったんです。必ずそのどちらかに物事や人間を分け置くということに疑問を感じていた時期だったので。
垣根「そうですよね。サイードっていうパレスチナ系アメリカ人がいるんですけど、彼が言ってるんですよ。『私は一筋の潮流だ』と。『絶えず自分の中に矛盾したものを抱えているんだけど、私はかえってその精神状態のほうが好ましい』と。やっぱりその通りだなと思います。極論を言いますけど、自分の絶対正義を信じて疑わない人間ほど見ていてやりきれないものは無いです。『こうすべきだ』とか『人生はこう生きるべき』だとか。見ていてやりきれないです。『お前はいったい何にすがっているのか』と。それはお前自身の価値観じゃないだろう?って。」
_この物語によって、自分にとって何か明確な答えをもらったようでした。ところで、先生ご自身の『人生の楽しみ』とは何ですか?
垣根「………それ書きますか?」
_じゃあ、書かないので教えてください(笑)。
垣根「やっぱり書くだろうから、一番のものは言わない(笑)。」
_ハハハ!
垣根「あ、あと車が自分の思い通りに動く時とか。あとは、いろんな場面で『ああ〜、そうそう、こういう感じこういう感じ』っていう感触が得られた時、かな(笑)。」
【取材・文=三好千夏】