【その1】“笑いと恐怖は紙一重”!? 「悪の教典」の貴志祐介が書き下ろした新作「雀蜂」の中身とは!?

関西ウォーカー

多くの物議を呼び、世間を震憾させた代表作「悪の教典」が記憶に新しいなか、作家・貴志祐介が書き下ろしの新作を発表。「雀蜂」と題されたその内容とは?

_今回はタイトルにもある通り、物語の中心が雀蜂との攻防戦となっていますが、これまでの作品の中では特に異色ですよね。

貴志「そうですね。最近の私の作品は長編が多くなってきているので、短いものが書きたいなと思っていたんです。できれば、移動中の新幹線の中なんかでパッと読んでもらえるような。一気読みができて、なおかつ群像劇ではなく登場人物もしぼって、できれば一人にしたいな、などと考えていまして。そこで出て来たのが『動物パニック』モノだったんです。主人公が動物を相手に苦闘するという。その時にまず考えなければならなかったのが『どのくらいの知能を持った生き物を相手にするか』ということだったんですが、蜂って知能なんてほとんど無いに等しいんだけど、あたかも知能があるように振る舞いますよね(笑)。ほとんど知能は無いにもかかわらず、かなりの頭脳戦になるというようなストーリーを書きたいなというところから始まったんです」

_動物パニックものと言うと、ヒッチコックの『鳥』をすぐに連想したのですが、雀蜂というと、もっとストレートに攻撃的なイメージですね。

貴志「そうなんですよ。やっぱり“死”の危険を感じないとホラーにはならないんですよね。ホラーというのは、生命の危険を直接感じないといけないので。雀蜂というのは、実は日本で一番人間を殺している生き物ですし、そういう意味でも相応しい生き物だなと」

_物語のメインとなっているのが、先程もお話した雀蜂との攻防戦となっていますが…、もし先生がそのつもりでお書きになられたのでなければ大変失礼な感想なのですが、その攻防戦のシーンが、かなり笑ってしまうシチュエーションが多くてですね…(笑)。

貴志「いやいや、それは計算通りなので嬉しいです(笑)」

_あれは意図されての描写だったんですね!(笑)。

貴志「本当に意図通りです(笑)。『黒い家』の映画を撮ってくださった森田芳光監督とも生前にお話したことがあるんですが、やっぱり“笑いと恐怖は紙一重”だなと。以前、桂枝雀さんも『緊張と緩和によって笑いが生まれる』と仰られていて、緊張だけで終わっていれば、それは“恐怖”なんですよ。そこにカタルシスがあるから笑いに変わるということなんですよね。今回に関して言えば、やはり本人は本当に死の恐怖に怯えて必死になっているわけなんですが、それをひいたところから第三者的に見ると、かなり滑稽なことになっているんですよね(笑)。そこらにあるもので完全武装してヨタヨタと蜂と闘いにいくなんて…ちょっと正気の沙汰じゃないですよね(笑)」

_そうなんですよ…。それで『これはホラー小説である』という確固たる認識で読み始めたものですから、そういう描写が出てくるたびに『ホラー小説』の定義がわからなくなってきて(笑)。

貴志「笑。読者の方には主人公と一緒に死の恐怖に怯えていただきながらも、もうひとつ“外からの視線”で見ていただきたいというのがありますね。こっちから見たりあっちから見たり…恐怖の向こう側にある笑いを感じたり、逆に『笑えるんだけど実はすごく恐ろしい状況』というのにハッと気付いていただいたり、というのを意図したんですよ」

_それで、あの蜂との攻防戦がすごい結末に結ばれていくわけなんですが、この展開はとにかく『エー!?』という感じでした(笑)。人間の精神性の恐さという。

貴志「そうですね。ただ最初に考えたのは本当にシンプルなストーリーで、一番最初にアイデアノートに書いたのは、蜂との戦い方についてだけだったんですよ。具体的にどう戦うかってことだけで、それを一本のストーリーにまとめるというラインがすごく曖昧だったんです。そして最後まで書き進めていったんですが、エンタテインメントとしてどうなのかと考えた時に、納得のいかないことが多すぎたんですね。なんでこんなに面倒な事をして殺そうとするのか?とか…自分の作品なんですけど、人が書いたものとして読み直してみたら『これは裏にもうひとつのストーリーがあるな』と思って、最終形がこうなりました」

_登場人物の“小説家”は、もしかして先生ご自身をモデルにされている部分もあるのでは?とも…

貴志「あの…そこだけはですね、そうは思ってほしくなかったですねえ(笑)」

_すみません(笑)。

貴志「だって、彼はすごく嫌な奴ですよね(笑)。小説家としても人間としても。私はこんな人間ではないつもりなんだけど…(笑)。これってひとつの類型ですよね。彼はわりと苦労せずに小説家という立場になり、大ベストセラーこそないものの作品を作り続けて別荘まで手に入れて。そういう恵まれた立場にありながら“ああいうこと”を目論むというのは、本当にこいつは嫌な奴ですよ(笑)」

※【その2】に続く

【取材・文=三好千夏】

注目情報